39.宝物庫の真実
神官長が神官の名簿と契約書を手に戻ってきたあと、オティリエはヴァーリックとエアニーとともに神殿の宝物庫へと移動をした。
宝物庫は神殿の奥にある古い小さな建物だ。通常の参拝客が入れないよう厳重な警備が敷かれており、歴史と貴重性を感じさせる。
【オティリエ、僕に君の能力を貸してほしい。神官長の心の声を聞かせてくれるかい?】
(もちろんです)
雑音を減らすため、同行者の数はかなり絞った。このためオティリエはヴァーリックに自分の能力を分け与えると同時に、彼の目としても働かなければならない。
「こちらでございます」
ガチャガチャと音を立て、神官長が宝物庫の鍵をあける。オティリエたちは神官長のあとに続き、建物のなかに入った。
事前に配布された資料にはここで保管されている宝物の数や種類が記されている。異国から贈られた石像、神の声を実際に聞いたとされる聖人の記した経典に、国王から下賜されたという宝石。他にも陶器や十字架、絵画や鏡といった品が置かれている――はずだった。
資料と照らし合わせながらオティリエたちが宝物の数を数えていく。
「これは……」
「うん。明らかに数が足りないね」
「え? そんな、まさか……そんなはずは!」
ヴァーリックの言葉に神官長は焦ったように声を上げる。彼は資料と宝物とを何度も何度も見比べながら「ああ!」と大きな声をあげた。
「――本当だ。数が足りておりません。一体誰がこんなことを……大切な宝物を盗まれてしまうなんて」
【……私はあくまで今気づいた。今気づいたんだ】
まるで自分に言い聞かせるような言葉。神官長は明らかに嘘をついている。ヴァーリックは険しい表情で神官長に詰め寄った。
「最後に宝物庫の中を確認したのは?」
「それは……いつだったでしょう? 覚えておりません」
【そんなこと、どうだっていいだろう? いつの間にかなくなったと言っているのに、どうしてこうもしつこく質問を重ねてくるんだ?】
神官長は揉み手をしながら眉間に薄っすらとシワを寄せる。ヴァーリックは宝物庫の中をぐるりと歩きつつジロリと神官長を睨みつけた。
「それはおかしいな……。状態が悪くならないよう神殿には宝物を適切に管理をする義務がある。専門家を雇うための資金だって渡しているはずだ。帳簿にだって費用は計上されていたはずだけど……」
「そ、それは……その! 私自身が宝物庫を最後に確認した時期がわからなかったというだけで、当然、そういったことはきちんとですね……」
「それに、僕たちが視察に来ることは事前にわかっていただろう? まさか現物も確認もせずに視察用の資料を作ったの?」
「いえ、それは……まさか宝物を盗まれるなんて思っていなかったもので。――毎年同じ数を計上していたものですから」
宝物はいつの間にか失くなっていた。だから自分に落ち度はない……神官長はそういう筋書きでこの場をやり過ごそうとしていたのだろう。けれど、ヴァーリックは管理責任を問いながら、ジワジワと彼を追い詰めていく。
【どうせ現物を確認されることはないと踏んでいたんだろう? 舐められたものだな……】
心のなかでそうつぶやくヴァーリックはとても歯がゆそうだ。オティリエは胸がチクリと痛んだ。
「それで、鍵は? どのように管理をしていたんだい?」
「わ、私の執務室に置いておりました」
「執務室には誰でも入れる状態なの?」
「いや、さすがにそんなことは」
「それじゃあ一体誰が宝物庫から宝物を持ち去ったんだろうね? しかも、せっかく侵入したのに全部を持ち去らないなんておかしいな。持ち出しやすい軽い宝物も随分残っているし。神官長もそう思わない?」
見ているだけで胃がシクシクと痛くなるような応酬。
と、見ればエアニーが宝石の埋め込まれたロザリオをジッと見つめているではないか。
「エアニーさん? どうしたんですか?」
オティリエはエアニーと一緒になってロザリオを覗き込んだ。ロザリオの頂点には大きなルビーが埋め込まれており、周りには小さなダイヤモンドが散りばめられている。たしか、隣国から友好の印としてもらった一品のはずだ。貴重な品のため、実際に手にとって見ることはできないし、薄暗い宝物庫ゆえにイマイチ色彩がわからないけれども。
「これ、レプリカです」
「え? つまり、偽物ってことですか?」
識別の能力者であるエアニーが断言するからには間違いないのだろう。だが、あまりにもだいそれていて信じたくないという気持ちになってしまう。
「本来ここに嵌められているべきなのは隣国産のピジョンブラッドです。けれど、これはよく似た色合いの紅い水晶。他の石もそう。これなどは天然の鉱物ではなく人工的に作られたもので、価値は本物の数百分の一しかありません」
「じゃ……じゃあ、本物の宝石は?」
「おそらく売られてしまったのでしょうね。普通の人間には少し眺める程度で宝石が本物か見分けることはできませんし、神殿側はバレないと高を括っていたのでしょう。例年の視察のような短い時間ならなおさら。正直、宝物の保管数が正しいかを一つ一つ突き合わせることだって稀です。もしもオティリエさんがいなかったら今回も『問題なし』と判断していた可能性が高かった。――偽物を用意したのは万が一のときのための保険だったのでしょう。神殿のやりようは本当に悪質だと思います」
オティリエはエアニーの説明を聞きながら呆然と宝物庫を眺め、胸のあたりをギュッと握る。
(神官たちは本当に国を乗っ取ろうとしているのね)
持ち去られた宝物はその資金集めのために利用されたと考えるのが自然だ。
では、資金はどこに、どのぐらいあるのだろう? 想像するだけで恐ろしい。オティリエの背筋に悪寒が走る。
【落ち着いて、オティリエ。すでに調査をする理由は十分たっている。まずは神殿内を徹底的に捜索しよう】
ヴァーリックの言葉に彼女は小さく頷いた。