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38.ヴァーリックの質問

「以上がティオリオルン神殿の概況でございます」



 それから数分後、神官からの説明が終わった。その間不穏な心の声は聞こえてこなかったが、オティリエは未だに緊張で身体がこわばったままだ。



(何事もないならそれでいい。だけど、さっきの言葉が本当なら……)



 なんとしても真相を掴まなければならない。オティリエはゴクリとつばを飲んだ。



「説明をありがとう神官長。僕からいくつか質問をしても?」


「もちろんでございます、ヴァーリック殿下。どうぞ、なんなりとお尋ねください」



 神官長――オティリエが心の声を聞いた男性だ――は揉み手をしながらヴァーリックに向かってニコリとほほえむ。



「まずは神官の数なんだけど、この資料に書かれているのはティオリオルン神殿の本殿以外――各支所の神官たちの数も合計しているということで間違いない? 数年前と比べて随分人数が増えているんだね」



 ヴァーリックの質問に神官長の眉がピクリと動く。



【神官の数? そんなこと、去年は尋ねなかったじゃないか。国にとって神官の人数なんてどうでもいいことだろうに。さて、なんとこたえるか……】



 ぶつぶつと文句をつぶやいたあと、神官長はフッと目を細めた。



「……さようでございます。来殿者たちのニーズが高まっておりまして、神官の数を増やさざるを得なかったのですよ」


「その割には来殿者数はほぼ横ばい……増えていないんだよね。ニーズの高まりというのが僕にはイマイチよくわからないな」


「それは……そんなはずは――――。いえ、後日資料をまとめて回答いたします」



 神官長が眉間にシワを寄せる。ヴァーリックは反対にふわりとほほえみを浮かべた。



【ヴァーリック殿下め、一体なんなんだ? 人の揚げ足をとりおってからに。……しかしどう資料をまとめたものか。実際の来殿者数は資料に記載している人数よりもずっと多いから……こちらの数字が間違っていましたと修正するのが一番だろうか? 寄付金の額は絶対にいじりたくないし】


(来殿者数を少なく申告している……?)



 神官長の心の声を聞きながら、オティリエはそれを必死にメモしていく。どういう意味か今はわからずとも、今後の調査の足がかりとなるはずだ。



「そうだ。あわせて神官の名簿を提出してもらえるかな? 支所の分まで含めてよろしくね」


「……承知しました」



 ドクンドクンと神官長の心臓が鳴る。彼の動揺が伝わってくる。



【なんでだ? そんなもの、これまで要求しなかったじゃないか。いや……気まぐれにそういうものを確認したくなることもあるだろうが。しかし……】



 否が応でも高まる緊張感。オティリエはそっと身を乗り出した。



「――それから、神殿の修繕費なんだけどね」


「そちらがなにか」



 神官長の鼓動の音がはやくなる。彼の顔色は今や真っ青で、表情から余裕がまったくなくなっていた。



「あとで修繕箇所を実際に見せてほしい。それから契約書もね」


「承知しました」


【落ち着け。見せるだけ……見せるだけだ。書き写して渡せと言われているわけじゃない。どうせ形だけの確認で終わる。大丈夫だ】



 自分に向かって必死に言い聞かせるような言葉。つまり、見られたくない理由がそこに存在するのだろう。



(本当に閲覧だけで大丈夫なのかしら? すごく怪しいのに……)


【オティリエ、僕たちにはアルドリッヒがいる。彼に見てもらえばあとで書き写すことは十分可能なんだ】


(そうか。それで……!)



 提出までに時間を与えてしまうと、その間に改ざんされる可能性がある。オティリエの兄であるアルドリッヒは一度見たものは決して忘れない。だから、この場で即座に閲覧のみを求めたほうがよいということなのだ。



「あとは……そうだね。今年は宝物庫や神官たちの居住スペースも見学させてもらえるかな?」


「で、殿下がお望みとあらば」



 神官は頭を下げながら心のなかで舌打ちをする。



(よかった。これで詳細に調査をすることの言い訳は立つはず)



 オティリエはホッと胸をなでおろした。



***



 概況説明を終えたあと、オティリエたちはヴァーリックのために準備された控室へと移動をした。部屋に通されたのはエアニーたち補佐官とアルドリッヒを含めた数名の文官たちだけ。彼らはいちように、少し困惑したような表情を浮かべていた。



「ヴァーリック様、一体どういうことでしょう? どうしてあのような……」


「オティリエが神官長の心の声を聞いたんだ。謀反を企んでいる、ってね」



 室内にざわりと動揺が走る。ヴァーリックは視線で彼らを黙らせたのち、ふぅと静かに息をついた。



「そのことを知らせてもらったあと、僕も一緒に神官長の心の声を聞いた。『謀反』の二文字は聞こえなかったけれど、彼に後ろ暗いことがあるのは間違いない」


「だからあのような質問を……」



 エアニーがつぶやく。状況がわかったことで、いろんなことに合点がいったようだ。



「僕はこれから神殿が謀反を企てているものと断定して調査を進めていきたい。アルドリッヒ、神官から提出された資料――特に修繕契約の内容を確認、記憶し、あとから書き写して提出してほしい」


「承知しました」


「すでに手元にある資料の内容については手分けして精査しよう。神官の人数について領主たちに確認を行う。あとから名簿とも照合するように。修繕契約については内容におかしなところはないか――金額の設計について特に詳細に調査したい。修繕箇所の確認は今からするけど、後日有識者も呼んで。施工業者に裏もとるように。それから来殿者数、寄付金額についても最低一週間は調査したい」


「承知しました。采配は僕が行いましょう」



 エアニーがそう返事をする。ヴァーリックは大きくうなずいた。



「オティリエ、この件については君の働きがかなり重要な鍵を握ることになる。……やってくれるね?」



 まだ具体的になにを任されるかはわかっていない。けれど、ヴァーリックの言うようにオティリエにしかできないことがたくさんあるはずだ。多くの人の命が、平和が、オティリエの働きによって守れるかもしれない。



「はい、ヴァーリック様」



 返事をしつつ、オティリエはグッと気を引き締め直した。


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