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37.繋ぐ

 今から三百年前、ティオリオルン神殿のある古都から現在の王都へと遷都が行われた。

 その理由は宗教的な干渉を逃れるため――神官たちが国政に口出しをするようになったからだ。


『信者たちがこんなことを求めています。ですから国をこう変えるべきです』


 神官たちは口々にそう主張した。

 けれど物事にはバランスというものが存在するし、少数の人間のために現状うまくいっている制度を壊すわけにはいかない場合だってある。それに、信者のためといいながら、実際には神官たちの私利私欲を肥やすための要求も多々あったことから、意見の採用はどうしたって慎重にならざるを得ない。


 そんななか、神官たちは国王ではなく有力な貴族たちにすり寄るようになった。自分たちの要求を通すため、金で貴族たちを買収しはじめたのだ。

 貴族たちにとっても神殿とのつながりは自分の権力を安定させることに通じるため、断るものはほとんどいなかった。


 しかし、これでは正常な国政運営が行えない。


 このため、当時の国王は神殿や神官たちが持てる力を大幅に制限し賄賂を受け取った貴族たちを罰した。そして、現在の王都に都を移したのだ。


 その結果、神殿の力は当時よりも相当弱くなっており、今では単に民たちの心の拠り所として存在している――はずだった。



(謀反……? 神殿が?)



 ヴァーリックと向かい合って説明をしている神官を見つめつつ、オティリエの心臓がバクバクと鳴る。


 もしもこの話が本当なら大変なことだ。神殿の力が衰えているとはいえ、抱えている信者数は相当なもの。ひとたび暴動が起これば抑えるのは一筋縄ではいかないだろう。しかも、帳簿を誤魔化しているのだとしたら、国が想定している数倍の力を保有している可能性だってある。



(えっと……たしか概況説明のあとは古都を周ってすぐに帰城するって言ってたわよね)



 責任者というのは重要な場面だけ出席してあとは現場の文官たちに任せることが多い。ヴァーリックには他にも公務があるしそれは当然のことだろう。


 けれど、このままでは例年どおり、相手から提示された資料の数字を確認するだけで視察が終わってしまうに違いない。そもそも、神殿が謀反を企てているだなんて誰も想像しないわけで。



(私だって未だに信じられない。神官って神に仕える人たちでしょう? それなのにそんな恐ろしいことを考えるものなの? 今は資料を読みあげているからか、あの神官の心の声は聞こえてこないし)



 けれど、オティリエはたしかに神官の心の声を聞いた。決して聞き間違いではないはずだ。


 仮に自信を持てずとも、不安因子があるならしっかりと調査をし、事前に防ぐべきだとオティリエは思う。被害が出てからでは遅いのだ。



(だけど、私が文官たちに詳細な調査をお願いしたところで動いてもらえるはずがない)



 視察はあくまで視察。資料のすべてを引っ張り出させ詳しく調べるためのものではない。文官たちは軽い気持ちで来ているはずだし、下っ端補佐官の根拠のない命令には従わないだろう。


 彼らを動かせるとしたら王太子であるヴァーリックぐらいのものだ。彼がひとこと命じれば、文官たちは疑問を抱きながらも従ってくれるに違いない。


 しかし、この場をなんの引っかかりもなしに終わらせてしまったら、あとから覆すことは難しくなる。『問題なさそうだと言われましたよね?』と相手に付け入る隙を与えてしまう。


 つまり、今年は詳細に調査をすると伝えるなら今なのだ。


 しかし、ヴァーリックとオティリエの席は遠く離れており、彼に直接話しかけることも、手を握って心の声を聞かせることもできない。これでは概況説明が終わってしまう。



(ううん……やるしかない。なんとかしてヴァーリック様に状況を伝えなければ)



 遠く離れた場所から心読みの能力を分け与えること、それはあくまで『できるのではないか』という仮定の話であり、必ずできるという保証はない。ヴァーリックですら触れていない状態で自身の能力を与えることはできないのだ。



(それでも)



 繋がれ、繋がれとオティリエは強く念じる。

 自分の能力を体内から取り出して集め、飛ばすような感覚。音は空気を伝っていくのだ。オティリエの能力も同じことができるに違いない。



(聞いて、私にこたえてください。ヴァーリック様。ヴァーリック様……!)



 オティリエの額に汗が滲む。ズキズキと頭が痛み、ドクンドクンと心臓が鳴る。やっぱりダメなのか――オティリエが諦めかけたそのときだった。



【――オティリエ?】



 と、ヴァーリックの声が聞こえてくる。彼はほんの少しだけこちらを振り返り【今、僕を呼んだの?】とささやいた。



(ヴァーリック様! 私の声が聞こえるんですね!?)


【うん、聞こえるよ。一体どうしたの?】



 ヴァーリックは前を向いたままオティリエへと返事をしてくれる。



(よかった! 繫がった!)



オティリエはグッとガッツポーズを浮かべたあと、キョロキョロと周囲を見回す。ヴァーリック以外の人間に二人の会話は聞こえていないようだ。彼女はぐいと身を乗り出した。



(私、神官の心の声を聞いたんです。『謀反を企てている』って言っていたのを! それに『どうせ今回も気づかない』とも話していたから、おそらくは何年も前から準備をしていたんだと思います)



 ついで聞こえるハッと息を呑む音。表情はこちらからはうかがえないが、彼が動揺をしているのがハッキリとわかる。



(それから、『嘘』があるとも言っていました。財政状況を説明しているときのことです。どんな嘘をついているのかはわかりませんでしたが、おそらくはなにかしらの形で帳簿を誤魔化しているんだと思います。だけど、このままじゃ今年も形ばかりの視察になってしまうから)


【それでなんとかして僕に状況を伝えたかったんだね】


(そうなんです)



 ヴァーリックはオティリエの言葉を疑うことすらせず、すぐに状況を読み取ってくれる。もしも彼がこのまま神官たちの心の声を直接聞くことができたら、状況をひっくり返せるのではないか――?



(あの、今ヴァーリック様に聞こえているのは私の声だけですか?)


【いいや、オティリエ以外の人間の心の声も聞こえているよ】



 心のなかで資料を先読みする声、神官の説明を復唱する声、今日の食事の内容に思いを馳せる声など……おそらくはオティリエが聞いているものと同じ音がヴァーリックにも聞こえているのだろう。



(だとしたら――!)


【僕も同じ考えだ。オティリエ、このまま能力を繋ぎ続けることはできそう? 神官に対していくつか質問を投げかけ、揺さぶりをかけたい。そのときに彼らの心の声を聞いておきたいんだ】


(やります。絶対にこのまま繋ぎ続けてみせます)



 オティリエは力強くそう請け負う。ヴァーリックは【よし】と返事をした。


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