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28.緊張

 この広場のなかに誰かを殺そうとしている男性がいる。



(どうしよう? 私はどうしたらいいの?)



 キョロキョロと辺りを見回してみるが、様子のおかしい男性は見当たらない。見つけて止めなければと思うものの、方法がまったくわからないのだ。



「オティリエ? どうかしたの?」



 と、ヴァーリックが声をかけてくる。オティリエの様子がおかしいことに気づいてくれたのだ。



「ヴァーリック様、声が……」


「声?」


【許さない。絶対、絶対許さない】



 こうしている間にも、男性の心の声が聞こえてくる。どうしたら一番効率よくヴァーリックに状況を伝えられるだろう? 今は説明している時間が惜しい。



(そうだわ)



 オティリエはハッと思い立ち、ヴァーリックの手のひらを勢いよく握る。



「オティリエ!? 一体どうし……」


【殺してやる。全員、許してなるものか。大丈夫、今日のために準備を積み重ねてきたんだ。絶対に成功させてみせる】



 いきなり手を握られたために一瞬だけ頬を染めたものの、ヴァーリックはすぐに神妙な面持ちへと切り替わった。



(私には聞こえるだけで、どうしたらいいかなんてわからない。だけど、ヴァーリック様なら解決策を見つけてくださるかも)



 伝われ、と念じながら、オティリエは手のひらに自分の能力を集中させる。彼女が聞いている心の声と同じものがヴァーリックにも聞こえるように。働きはじめた翌日に、ヴァーリックと二人で訓練をしたときのことを思い出したのだ。



「オティリエ、僕にも聞こえる。ひとまず状況はわかった。だけどこれは……この声の主はどこにいるんだろう?」


「わかりません。これだけ人が多いからまったく特定ができなくて」



 ヴァーリックはオティリエからそれだけ確認すると、離れたところに控えていた護衛騎士たちを呼んですぐに事態を説明する。騎士たちは一瞬だけ怪訝な表情をしたものの、他でもないヴァーリックからの要請だ。真剣な表情でうなずきあった。



「まずは広場の警備を担当している騎士たちに連絡を。不審な男性を見つけたらただちに対処するようにと」


「承知しました」



 必要最低限の護衛を残し、騎士たちはヴァーリックの指令でそれぞれ動きはじめる。なおも聞こえる心の声に困惑しつつ、オティリエはゴクリと息を呑んだ。



「オティリエ、心の声は大体どのぐらいの距離まで聞こえるものなの?」


「基本的には普通の声が聞こえる程度の距離と同じだと思います。ですから、通常は半径五メートルが限度です。だけど、この声の主はあまり近くにはいない気がしています」


「それはなぜ?」


「聞こえ方がいつもと少し違うんです。くぐもっている感じがするのに、そのくせすごく大きく響いてきて。きっと心の声が……想いがあまりにも大きすぎて、遠くにいるけど私まで聞こえてくるっていう状況なんだと思います」



 オティリエは説明をしながらキョロキョロと辺りを見回してみる。やはりそれらしき人物は見当たらない。



「だったら、僕と手を繋ぐまでの間に聞こえた内容は? 凶器とか、方法とか、そういったことは言っていなかった?」


「なにも。ただこの広場の人間をみんな殺すとだけ……ごめんなさい、なにもできなくて」


「そんなことないよ。君がいなかったら、僕たちは事件が起こったあとでしか動くことができなかった。お手柄だ。……だけど、オティリエの気持ちはよくわかる。僕もものすごく歯がゆい。早く心の声の主を見つけなければ」



 二人は手を繋いだまま、必死に耳をすませ続ける。しかし、聞こえてくるのは恨み言ばかり。具体的な犯行計画は聞こえてこなかった。



「あ、あの! 犯人は全員を殺すと言っていたんですが、そんなことが可能なんでしょうか?」


「できるかできないか、でいうなら不可能ではない。ただし、方法はかなり限定されるよ。たとえば爆弾を設置するとかね。もしもその仮説が正しいとして、爆弾を仕掛けるなら、広場の中央か人の集中している西側エリアに設置すると思う。そのほうが効率的に多くの人を傷つけられるからね」


「そんな! それじゃあ、私達も急いで向かわないと……」


「……大丈夫。僕の護衛ならそのぐらいのことには気づいてくれるはずだ。きっと今頃、中央と西側に優先的に人を配置してくれている。ただ、どのぐらい猶予があるかわからないし、方法も爆弾とは限らない。そんなものを素人が作れるとは思えないし」



 とそのとき、脳裏にまた心の声が流れてくる。



【よし、はじめよう】


「ダメだ、男性が動き出す」



 ヴァーリックが言う。オティリエたちに緊張が走る。広場のあちこちを見回しつつ、不安と焦燥感がオティリエの胸を焼いた。



(なにか……なにか手がかりはないの?)



 目をつぶり、必死に意識を集中させる。



【よしよし、いい子だ。そう……こっちに行くんだ】



 と、それまでとは異なるささやくような声音が聞こえ、オティリエは思わず振り返った。



「……! ヴァーリック様、今の声聞こえましたか?」



 オティリエは言いながら、ヴァーリックの手をグイッと引く。彼女はそのまま通路のほうへ向かって走りはじめた。



「オティリエ!?」


「さっき『いい子』って言ってるのが聞こえました。なにかを操っているみたいな発言も。男性はきっと一人じゃありません。おそらくは動物……大型犬か馬と一緒にいるんじゃないでしょうか?」



 広場に動物――たとえば馬車がいきなり、しかも意図的に突っ込んできたらどうなるだろう? ……おそらくは負傷者が多数発生する。パニックだって起こるだろう。それだけで大きな被害が予想されるが、もしもそれだけで終わらなかったらどうだろう? たとえば犯人が広場のなかで刃物を振り回したりしたら……。



(心の声がどんどん大きくなってる。多分……ううん。声の主は間違いなくこっちにいる。もう少し、もう少し――)


「あれだわ!」



 オティリエの瞳に加速しながら広場へと向かってくる馬車が飛び込んできた。


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