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27.街歩き

 食事を終えるとオティリエとヴァーリックは街へと繰り出した。けれど、二人が向かうのは人混みの多い商店街ではない。郊外の方角だ。



「ヴァーリック様、こちらにはなにがあるんですか?」


「オティリエは熱心に歴史書を読んでくれていただろう? だから、王都にある歴史に関連深い名所を巡ってみようと思ったんだよね」



 ヴァーリックの言葉に、オティリエはぐるりと街並みを見回してみる。と、見覚えのある建物を発見して思わず瞳を輝かせた。



「もしかして、あちらはトゥワリエ寺院でしょうか?」


「そう。僕の曽祖父が作らせた寺院だ」


「たしか、天災や疫病が続いたあと、平穏な世を願って建てられたお寺なんですよね? 大きな聖女様の像が祀られているって読みました」



 寺院に近づくにつれ、たくさんの人々が参拝している様子が見えてきた。



「そうだよ。寺院に込められた願いのとおり父の御代は平穏だ。けれど、いつまた大変な事態が起こるとも限らない。だから、オティリエにも実際にここに来てみてみてもらいたかったんだ。とても綺麗な場所だろう?」


「ええ」



 城とはまた趣の異なった美しい建物。神聖な場所ならではの澄んだ空気を吸い込みながら、オティリエはほぅと息をついた。



「なんだか心が洗われますね」



 寺院の奥にある白磁の聖女像を見上げながら、オティリエはそっと手を合わせる。


 書物に書かれた内容や挿絵を見るより、自分の目で見て、感じたもののほうがずっとずっと自分事としてとらえられる。

 なにより、参拝者の表情や様子は挿絵からはうかがうことができない。



(みんな温かい表情をしている)



 建物の美しさや歴史的な背景も相まって、ここは国民たちの心の拠り所なのだろう。



「この辺には他にも歴史的な建造物がいくつもあるからまわってみる? もちろん、オティリエが別のことをしたいならそれでも……」


「いいえ! 私からもぜひお願いしたいと思っていました。あの……ヴァーリック様がよろしければ、宝物殿も拝見してみたいのですが」


「もちろん。時間が許す限り色々とまわってみようか」



 二人はそれから色んな場所を歩いて回った。歴史の舞台となった門や古い王族の墓、花や噴水の美しい自然公園――どれもオティリエが見てみたいと願っていた場所だ。



(私よりもヴァーリック様のほうがよほど、人の心を読むのが上手だわ)



 どこに行きたいとねだったわけではないのに……ヴァーリックはオティリエの見たい景色を見せてくれる。行きたい場所へと連れて行ってくれる。



「本当は古都のほうもまわりたいんだけどね。今日の反応を見るに、オティリエはとても好きそうだし……」


「古都! すっごく興味あります。たしか三百年前に遷都をしたんですよね?」



 都が移ることはそう多くない。だが、人口が一極集中してしまった場合や、天災等の影響により都都として機能しなくなった場合など、必要に応じて遷都が行われる。



「そう。理由は覚えてる?」


「理由は……宗教的な干渉が強くなったからだと読みました。神官や彼らと結託した貴族たちが政治に口を挟むようになったのだと。ですから、彼らの影響を断ち切るために、大きな神殿や寺院がたくさんある古都から離れ、今の土地に王都を移したんですよね?」


「正解。きちんと勉強できているね」



 ヴァーリックはそう言ってニコリと微笑む。



「今日はあまり時間がないし、三か月後、古都にある神殿に視察に行く予定になっているんだ。そのときに案内をしてあげるから楽しみにしていて」


「え? あの、私も視察に同行していいんですか?」


「もちろん。オティリエは僕の大事な補佐官の一人だからね」



 そっと頭を撫でられ、オティリエは胸がキュッとなる。楽しみで、嬉しくて、たまらなかった。



「さて、せっかく街に来たんだし買い物もしていこうか。広場のそばにいい店がたくさんあるんだ」


「はい! ぜひ、お願いします」



 しばらく歩くと、王都の中央部――バルグート広場が見えてきた。広場は多くの人でごった返しており、オティリエは驚きに目をみはる。



「……すごい人出ですね」



 王都の人口は知っているものの、普段扱っている数字とは桁が違うため、実際のイメージがわかなかった。ここにいるのはそのうちの一部だということも理解しているものの、どうしたって圧倒されてしまう。



【あっ、あの店可愛い】


【邪魔。人多すぎでしょ。こんなところで止まるなっての】


【たしか、あっちに美味しいドーナツ屋があったような……】


(やっぱり、これだけ人がいると、心の声も相当な大きさになるわね)



 ダイレクトに頭に響いてくる声たちをオティリエは意識的に遠ざける。全部に耳を傾けていたら、途中で疲弊してしまいそうだ。



「大丈夫、オティリエ? はぐれないように気をつけて。ちゃんと僕に掴まっているんだよ?」


「あ、はい。ありがとうございます」



 オティリエはヴァーリックの腕に手をのせ、彼と寄り添うようにして歩いた。

 広場には露店が出ており、歩くたびにオティリエの目を楽しませてくれる。



(あっ、あのスカーフ可愛い。あのハンカチも。あれは……ブックカバーかしら)



 ときに立ち止まって商品を見ながら、オティリエの気分は高揚していった。貴族の令嬢が購入するような高価な品ではなかったが、見ているだけで癒やされるし、幸せな気分になってくる。



「どれも可愛いね。オティリエによく似合いそうだ」



 髪飾りを手に取り、オティリエにあてがいながらヴァーリックが笑う。



「あっ……ありがとうございます。どれも素敵ですよね。惚れ惚れしてしまいます。だけど、私は自分で自分のものを選んだことがほとんどなくて。どれがいいか決めきれる気がしないんです。ドレスもカランに選んでもらいましたし」



 実家で使っていたものはすべてイアマの使い古しだった。なにかを選ぶ権利が自分にあるという状態にまだまだ慣れることができず、オティリエは及び腰になってしまう。



「大丈夫だよ。何時間でも付き合うから。オティリエが好きだと思えるものにとことん向き合ってよ」


「そ、そういうわけにはまいりません。ヴァーリック様の貴重な時間をそんなことのために費やすなんてダメです。あの、お買い物は私のレベルがもう少しあがってから……あまり時間をかけずに選べるようになってからということで」



 と、オティリエがそうこたえたそのときだった。



【殺す……ここにいるやつらみんな、俺が殺してやる】


(え?)



 頭のなかに知らない男性の心の声が流れ込んでくる。キョロキョロと辺りを見回してみたものの、どの人が、どこから発したものかがまったくわからない。



(どうしよう……)



 オティリエは途方に暮れながら、ゴクリとつばを飲んだ。

 


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