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25.オティリエの変化(後)

「あの……改めまして、ヴァーリック様は今日の私の服装、どう思います?」


「え? 可愛いよ。ものすごく可愛い。今すぐ抱きしめたいって思うほど、本気で可愛い」


「えっ!? だっ!?」



 あまりにもサラリと回答され、オティリエは思わず真っ赤になる。



「よかった……やっと言えた。本当は早くオティリエを褒めたくてたまらなかったんだ」


「えぇ? ……それ、本心ですか?」



 だとしたらいささか意地悪が過ぎる。オティリエはずっとずっと、心の底からヴァーリックの評価が気になっていたというのに。オティリエに心の声を聞かせないようにしていたのは、彼女をからかうためだったのではないかと疑ってしまうのも無理はない。



「もちろん。お望みなら、今から僕が感じたことを全部説明するけど」


「いっ、いえ、滅相もございません。ヴァーリック様に変だと思われていないならそれで十分です」


「変? まさか。いつものナチュラルメイクも可愛いけど、今日の肌は見ていて触れたくなるなって思ったし」



 言いながらヴァーリックはオティリエの隣の席に移動する。



「頬や口紅は――ちょっと目に毒かな。可愛いのに艶やかってたまらない。うっかり見たら目が離せなくなりそうだ」


「それは……ありがとうございます?」



 目に毒などと言いながら、ヴァーリックはオティリエをまじまじと見つめていた。頬に、唇に視線が注がれていると意識すると、オティリエはなんとも表現しがたいいたたまれなさを感じてしまう。実際に触れられたわけではないのに、まるでそうと錯覚してしまいそうな、そんな感覚を。



(ヴァーリック様がそんなことを考えるはずがないのに)



 とすれば、これはオティリエの想像なのだ。そんなことを考えるなんて不敬が過ぎる。雑念を必死で振り払い、オティリエは平常心を装った。



「ドレスも髪型も本当に可愛い。普段とのギャップが大きいから、すごくグッとくる。僕の知らない一面が他にもっとあるんじゃないかって、色々と想像してしまうんだろうね」


「あっ、そこはカランがすごくこだわってくれたところです。いつもと同じじゃ新鮮味がないからって」


「そうなんだ。ねえ、カランには誰と出かけるって言ったの?」



 ヴァーリックはそう言ってオティリエの髪にそっと触れる。ドキッとしながら、オティリエは首を横に振った。



「言ってません。成り行き上同じ部署の人と出かけるとだけ伝えましたけど、深く追求はされませんでした。ですが、カランはヴァーリック様がお相手だなんてまったく、想像もしていませんでしたからどうぞご安心ください。私が言うから絶対です!」



 オティリエはさておき、ヴァーリックに変な噂が立ったら大変だ。必死でそう説明すると、ヴァーリックはキョトンと目を丸くしながら「え……言っても構わなかったのに」と口にする。



「ダメですよ。ヴァーリック様はこれからお妃様を選ぶ大事なタイミングなんです。視察にあわせて新米補佐官に王都を案内するっていう言い訳が立つにせよ、女性と一緒に出かけるということは、あまり人には知られないほうがいいんです」


「それ、エアニーの入れ知恵だろう? 補佐官としてはとても正しい。だけど……僕はデートだって言ったのになぁ」



 ヴァーリックがしょんぼりと肩を落とす。ツキンと胸が痛む気がする――おそらく自分自身の痛みではない。



(ヴァーリック様……)



 オティリエはヴァーリックの補佐官だ。彼のために働くこと、己の能力を磨くことが仕事であり、果たすべき使命である。けれど、彼女にはそれよりも一番に優先すべきものがある。

 オティリエはためらいつつも、ヴァーリックの袖をキュッと握った。



「……だからこそ――ヴァーリック様が楽しみにしてるっておっしゃったから、私はカランと一緒におめかしを頑張ったんですよ」


「うん、知ってる。すごく嬉しかった」



 ヴァーリックはそう言ってオティリエをそっと抱き寄せる。と同時にあぁ――と叫び声にも似たため息が聞こえてきた。



【しまった……結局我慢できなかった。だって、オティリエがあんまり可愛いことを言うから】



 次いで聞こえてくる心の声。ヴァーリックの鼓動の音までバッチリと届いてきて、オティリエは頬が真っ赤に染まる。



(先ほど『もう隠さなくていいかな?』って言われたけれど)



 実際に心の声が聞こえてくると、どうしてもドギマギしてしまう。これは本当に聞いても大丈夫な内容なのだろうか? ……そう尋ねたくなってしまう。



「ねえオティリエ、カランは君が誰と出かけるって想像していたの?」


「え? それは……エアニーさんかブラッドさんあたりじゃないかって。お二人は婚約者もいないし、面倒見が良さそうだからって想像してましたけど」


「そっか……」



 ヴァーリックが心のなかで小さく唸る。どうやら考えがまとまらないらしい。



「ヴァーリック様?」


「ああ、ごめん。……多分なんだけどさ」



 言葉にならない感情を必死にひねり出しながら、ヴァーリックは小さくため息をつく。



「僕はカランに『オティリエが他の補佐官と出かけてる』って思われるのが嫌なんだよなぁ」


「え?」



 それはどういう意味だろう? オティリエはヴァーリックの言葉を頭のなかでつぶやきながら、彼と同じように唸り声をあげる。



「それは……どうしてなんでしょうね?」


「ね? 僕にもよくわからない。こんな経験はじめてだ」



 悔しいと唇を尖らせるヴァーリックにオティリエは思わず笑ってしまう。



「いつか理解できる日が来たらいいですね」


「……うん。もしもオティリエが僕より先に理由に気づいたら、そのときは教えてくれる?」


「それは――責任重大ですね。心して聞かねば」



 また一つオティリエの仕事が増えてしまった。

 けれど、頼ってもらえることが嬉しい。オティリエはそっと目を細める。



「頑張ります」



 ヴァーリックは「うん」と笑ってこたえた。


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