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21.歴史書とメモ

 始業時間開始後、オティリエの仕事が本格的にはじまった。



「まあ、まずは最低限の知識をつけなければどうしようもありません」



 デスクの上に書籍や資料がドン! と積み上げられる。オティリエは瞳を瞬かせつつ「はい……」と相槌を打った。



「我が国の法律や現況、地理、歴史に加え、有力貴族たちの情報を集めました。昨日挨拶をして回った各部署の責任者や主要な文官の名簿もあります。あいにく我々は忙しいので、まずはご自分でそちらを読んでください。わからないことがあれば聞いていただいて構いません。専門的な分野を学ぶ段階になったら、実務にあたっている文官をお呼びします。辞書の使い方はわかりますか?」


「大丈夫です。ありがとうございます」



 さて、どれから手を付けよう――オティリエはひとまず一番上に置かれた歴史書を手にとってみる。



(……読み書きができるのは幸運としか言いようがないわね)



 彼女に講師がついていた期間は短い。その間に学んだ内容は実に少なかった。けれどオティリエは実家で捨てられる寸前の新聞を密かに回収し、読み書きの練習をするのに使っていた。むしろそれだけが彼女の退屈な日常を紛らわす唯一の手段だったといっても過言ではない。


 最初のページを開くと年表がのっていた。


 何百年も前に遡る建国の歴史。当時の人々がどのような生活を送っていたのか、どうして王が誕生したのか、文化発展の過程、それぞれの年代における課題、国を大きく変えた王や家臣の名前、いろんなことが時系列で記されている。



(これがヴァーリック様が背負っているものなのね)



 今を生きる国民や国土だけではない。彼が守らなければならないのは過去や未来を生きる国民や文化、それからこの国の歴史そのものなのだと実感する。



(あら? これ、なにかしら)



 ふと、歴史書の端に小さなメモを見つける。



【すごい。一度に何人もの話を聞き分けられるなんて、この年の王にはアインホルン家の血が流れているのだろうか?】



 どこか幼さの残る文字。数ページ捲ってみたところ、オティリエはまた似たような走り書きを見つけた。



【文字や文学の発展の歴史にも王の影あり。これから先、僕もなにか考えなければいけないのかも】


【妃が何人もいれば、その父親が争うのは当然だろうな。おじい様やお父様には妃が一人しかいないし、歴史から教訓が活かされている……と思いたい】


【この時代は貴族たちの争いが激しい。王が王として機能していない。民の負担があまりにも大きい。こんな歴史を繰り返してはいけない】


(これは……)



 オティリエの前にこの歴史書を使って学んだ人がいる。内容から判断するに、その人物は王家に連なるものに違いない。



(もしかして……)


「どう、オティリエ。勉強は進んでいる?」



 と、背後から声をかけられる。



「ヴァーリック様」


「懐かしいなぁ。幼い頃、僕もこの歴史書で勉強をしたんだよね」



 ヴァーリックはオティリエの手元を覗き込み、穏やかに目を細めた。



「あの、このメモはヴァーリック様が?」


「そうそう。僕はあまり物覚えがよくなくてね……こうして感じたことを書き込んだら歴史を自分事として捉えられるかなぁと思って、色々と書き込んでいたんだ。……ほら、ここ。絵を描いて状況を想像したりしてさ」



 ペラペラとページをめくり、ヴァーリックはオティリエに微笑みかける。



(どうしよう。顔、すごく近い……)



 少し動いただけで触れてしまいそうなほど。ヴァーリックの声がダイレクトに耳に響いてドキドキしてしまう。



「――ヴァーリック様、時間がおしております」


「わかってるよ。少しぐらい息抜きをさせてくれてもいいだろう?」



 エアニーが苦言を呈す。ヴァーリックは困ったように笑いつつ、オティリエの頭をそっと撫でた。



「気になるところから……最初は浅くで構わないから、いろんな知識を吸収してみて。好奇心がオティリエを成長させてくれるよ」


「はい。ありがとうございます」



 彼もきっとそうやって少しずつ成長をしていったのだろう。オティリエは幼いヴァーリックの文字を撫でつつ、なんだか嬉しい気持ちになる。



【まったく。ヴァーリック様はオティリエさんにものすごく甘い】



 と、エアニーの心の声が聞こえてくる。



【本当はオティリエさんには新品の歴史書をお渡しするはずだったんですよ。けれど、ヴァーリック様がこちらを渡すようにと聞かなくて】



 オティリエが目を丸くする。エアニーはふっと口元を緩めた。



【歴史書だけでなく、他の書籍もヴァーリック様がつい昨日まで愛用していたものです。大事に使ってください】


(ヴァーリック様が愛用していた……?)



 目の前に山積みにされた書籍や資料。それらがヴァーリックの愛用していたものだというのなら――これからオティリエの進む道は、ヴァーリックに繋がっているのだと感じられる。彼がオティリエを本気で育てようとしてくれているのだとそう思えた。



「ヴァーリック様、私、頑張ります」


「うん。……期待してる」



 微笑むオティリエを見つめつつ、ヴァーリックはまぶし気に目を細めた。


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