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20.オティリエの心の声

「昨日一日働いてみて、どうだった? エアニーたちの前じゃ本音が言えないんじゃないかなって気になっていたんだ」



 ヴァーリックがオティリエの隣に腰掛ける。昨日、昼食で隣りに座ったときよりも距離が近い。緊張を悟られないよう、オティリエは必死に笑顔を取り繕った。



「まだ仕事らしい仕事はできていないのでなんとも。私に務まるのか不安がないって言ったら嘘になります。だけど、エアニーさんをはじめ、他の補佐官もみんな優しくて……嬉しいです。本当に感謝しています」



 オティリエの能力を知ってなお、補佐官たちは彼女に温かく接してくれた。もちろん、オティリエを補佐官にすると決めたのはヴァーリックだから、表立って文句を言うものはいなかっただろう。けれど、心のなかでも彼らは優しく、終始オティリエを気遣ってくれていたのだ。



「……よかった。みんな僕の自慢の補佐官だからね」



 ヴァーリックが微笑む。嬉しそうな表情に、オティリエは胸が温かくなった。



(私もいつか、ヴァーリック様に自慢してもらえるような補佐官になれるかしら)



 ……なれるといいなと思いつつ、オティリエはふふ、と微笑む。



「昨日も言ったけど、最初からあまり無理をしてはいけないよ? キツイと思ったら休んでいい。体力的なことも心配だけど、オティリエは心の声まで聞こえてしまうから、他の人より疲れやすいと思うんだ」


「ヴァーリック様……」



 こんなふうにいたわりの言葉をかけてもらえて嬉しくないはずがない。オティリエは泣きそうになるのをこらえつつ「ありがとうございます」と返事をした。



「だけど私、大丈夫です。たしかに疲れはしましたけど、これまでずっと一人きりで部屋にこもっていたでしょう? いろんなことが新鮮で……時間が過ぎるのがあっという間で。楽しかったし、嬉しかったんです」



 誰も訪れない部屋のなか、娯楽と呼べるようなものはなにもなく、死んだように生きてきた日々。屋敷の人間に会ったとしても、かえってくるのは冷たい視線と心の声ばかり。なにもしていないはずなのに疲れている。心理的な疲労――生きることへの恐怖がすさまじかった。

 それに比べれば、昨日の疲れなどどうってことはない。ヴァーリックと会話をして、オティリエは改めてそう思った。



「そっか。……わかった。僕もオティリエのことは気をつけて見るようにしておくから」


「え? そんな……大丈夫です! ヴァーリック様にそんな負担はかけられません。こうして拾っていただけただけで本当にありがたいですし、自分の面倒は自分でみますから」



 エアニーからヴァーリックは面倒見がいい人だと聞いている。これが彼の性分なのだろう。それでも、オティリエは自分一人ではなにもできない子猫や子犬ではないのだし、あまり心配されると不安になる。オティリエはここにいてもいいのだろうか、と……。



「……僕がそうしたいだけなんだけどな」


「え?」



 それは心の声と聞きまごうほどの小さな声だった。オティリエが聞き返すと、ヴァーリックは穏やかに目を細める。それから彼女の肩をポンとたたき、ソファからゆっくりと立ち上がった。



「わかったよ。だけど、こうして定期的に二人で会って、オティリエの本音を聞かせてほしい。……もちろん、オティリエが嫌じゃなかったらだけど」


「え? 二人で、ですか?」



 オティリエの心臓がドキッと跳ねる。二人きりじゃなくとも本音は話せる。もちろん、他の補佐官の話などはしづらかろうが、元より他人に聞かせられないような話をするつもりはない。



(でも……)



 ヴァーリックがオティリエを見つめる。あんな尋ね方をされて『嫌』だと言えるはずがない。



「お願いいたします」


「うん。……断られなくてよかった」



 ヴァーリックはそう言って心底安心したように笑う。オティリエは思わず視線をそらした。



(ヴァーリック様はズルい)



 こんなふうにオティリエがドキドキしていることを彼は知っているのだろうか? ……知っていて、あえてこんなことを言うのだろうか?



(私の気持ちがヴァーリック様に伝わればいいのに)



 とそのとき、オティリエはヴァーリックが彼の能力を他人に分け与えられることを思い出す。加えて彼は『能力は磨くもの』とも話していた。もしかしたら、特訓次第でオティリエにも使えるようになるのだろうか? そうすれば、オティリエの心の声をヴァーリックに伝えることができるのだろうか?



「あ、あの! ヴァーリック様は以前、私に他の人の心の声が聞こえないようにしてくださいましたよね?」


「ん? ……ああ、能力の譲渡のこと?」



 ヴァーリックは聞き返しつつ、オティリエの手をそっと握る。



「能力の譲渡は基本的に身体的な接触をとおして行うんだ。自分の身体のなかに流れている気を意識して――それを手のひらに集めて渡すイメージ。オティリエもやってみる?」


「は、はい。ヴァーリック様がよろしければ教えていただけると嬉しいです」



 いつかオティリエの能力がヴァーリックの役に立つ日が来てほしい。オティリエはヴァーリックの手を握り返し、ギュッと目をつぶってみる。



「……どう? 能力の流れを感じる?」


「えっと――ごめんなさい。よくわからない、です」



 オティリエはがっくりと肩を落としつつ、小さくため息をついた。



(やっぱり、そんなにすぐに変われるものじゃないのよね)



 ある日突然なんでもできる人間に生まれ変わっている……なんて都合のいいことはおとぎ話のなかでしか起こらない。格好悪くとも情けなくとも、できない自分と向き合って、少しずつ練習を積み重ねていくしかないのだ。オティリエは手のひらに力を込め直した。



(いつかヴァーリック様に私の能力を渡せたら……役立てていただけたら、そしたら私がこんなにもヴァーリック様を慕っているって伝わるかな?)



 と、ヴァーリックが「ん?」と小さく目をみはる。彼はキョロキョロと辺りを見回したあと、もう一度オティリエをまじまじと見る。オティリエはギュッと目をつぶったまま、必死に自分の能力と向き合っていた。



「オティリエ、あの……」


(頑張って、一日でも早く強くなりたい。助けられるだけじゃなく、私がヴァーリック様を守れるようになりたい。他の補佐官みたいに、ヴァーリック様に自慢に思ってもらえるような女性にならなきゃ)



 と、オティリエの耳に【ドキドキ】と、心の声とは別の音が聞こえてくる。しかし、この部屋には他にヴァーリックしかいないはずだ。しかもそれは、オティリエの鼓動とは違うタイミングで彼女の心に響き渡る。



(それじゃあこれはヴァーリック様の……?)



 そんなまさか――怪訝に思いつつオティリエがゆっくりと目を開ける。すると、真っ赤に頬を染めたヴァーリックが目に飛び込んできた。



「え?」



 どこか気恥ずかしげなヴァーリックの表情。オティリエの鼓動の音が――彼女とは別の【ドキドキ】の音が大きくなる。



(つまり今、ヴァーリック様がドキドキしていらっしゃるの?)



 どうして? ……動揺のあまり思考が上手くまとまらない。ハッキリと尋ねることも気が引けて、けれどどうしても気になって、オティリエはヴァーリックの顔を見つめてしまう。



「ごめん――僕もまだまだ修行が足りないみたいだ」



 ヴァーリックが口元を隠しつつ、悩まし気なため息をつく。



「え? ……えぇ?」



 なんのことかよくわからないまま、オティリエは自分とヴァーリック、二人分の鼓動の音を聞き続けるのだった。


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