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2.父と姉

 そんなことがあった翌日のこと、オティリエは父親に呼び出された。『話がある、一緒に食事をするように』とのことらしい。



(お父様と食事、か……)



 気が重い。まったく嬉しいとは思えない。二日連続で食事ができることよりも、父親と……姉のイアマと話をしなければならない心労のほうがよほど大きかった。



(一体なにを言われるのかしら? ……どんなことを思われるのかしら?)



 想像をするだけで身体が鉛のように重たい。それでも、オティリエは指定された時間に食堂へと降りた。



「あら、驚いた。オティリエったらまだ生きてたのね? もう何日も会っていないから、部屋で野垂れ死んでるんじゃないかと思っていたのに」



 オティリエを見るなりそう口にしたのは姉のイアマだ。ケラケラと楽しげに笑ったのち「冗談よ」と小さくつぶやく。



【寧ろ死んじゃえばよかったのに】



 次いでそんな心の声が聞こえてきた。オティリエにはそれが聞こえているとわかっているのにも関わらず、だ。曖昧にほほえみつつ、オティリエは空いた席へと腰掛けた。



「あなたが同席すると食事が不味くなるのよね。辛気臭いっていうか、食堂がジメジメする感じがするの」


「……存じ上げております」



 だからこそオティリエはわざわざ自分の部屋で食事をとっているのだ。そんな事情をイアマだってわかっている。わかっていながらあえて言葉にし、オティリエに心の傷を負わせているのだ。


 とそのとき、二人の父親が食堂へとやってきた。



「お父様!」



 イアマが父親の元へと駆け寄る。「会いたかった」と微笑むイアマを父親は優しく抱き寄せた。



「ああ、イアマ! おまえは今日も世界一可愛いな」



 そう口にしつつ、父親はゆっくりとオティリエのほうを向いた。



【それに比べてオティリエめ。いつ見ても可愛さのかけらもない。満足に父親への挨拶もできないのか? このできそこないめ】



 ピリつく空気。完全に挨拶のタイミングを失っていたオティリエはおずおずと「ご無沙汰しております、お父様」と頭を下げた。父親がフンと鼻を鳴らす。そんな二人の様子を見ながらイアマはニヤリと口角を上げた。



「ねえ、どうしてオティリエを食事に呼んだの? いつもみたいに二人で食事をすればいいじゃない?」


「すまないね、イアマ。お父様も当然おまえと二人きりの食事のほうがいいんだよ? だが、オティリエに話があったものだから」


「話って?」



 父親はイアマを席につかせるとおもむろに話をはじめた。



「近々王宮でパーティーが開かれる。そこにオティリエも連れて行くことになった」


「え……?」


「オティリエも? しかも王宮のパーティーに? そんな、どうしていきなり?」



 これまで夜会にはイアマしか参加してこなかった。オティリエには場にふさわしいドレスなど一枚も与えられたことはないし、そもそも屋敷内で存在自体がほとんど忘れ去られている。こんなふうに声がかかる日が来るとはイアマもオティリエも思わなかったのだ。



「私のいとこ――王妃殿下がオティリエに会ってみたいと思し召しなんだ。断るわけにはいかないだろう?」


「王妃殿下が? そう……それが理由なの」



 父親が積極的にオティリエを参加させたいわけではないと知り、イアマはほんの少しだけ態度を軟化させる。しかし、すぐに仰々しくため息をついた。



「けれど困ったわねぇ。オティリエったらあまりにもできが悪く怠け者だったせいでチューターたちが逃げてしまったから、ろくな教育を受けていないでしょう? 礼儀作法もなっていなければ見た目も悪いし、みっともないと他の貴族からバカにされてしまうんじゃない?」 



 イアマはそう言うが、チューターがいなくなったのは決してオティリエのできが悪かったからではない。他でもないイアマが彼らを魅了し、言いなりにしてしまったせいだ。オティリエはそんなことを知る由もないが……。



「というか、なんで妃殿下がオティリエなんかに会いたがるわけ? ……わたくしじゃなくて? 意味がわからないわ」


「おまえの意見はもっともだし、私にも妃殿下がオティリエに会いたがる理由はわからない。だが、申し出を断ることはできん。オティリエには明日から講師をつける。見た目もある程度整えてやらねばならんだろう」


「えぇ? お父様、だけどそれでは……」


「なに、オティリエのことはおまえの引き立て役だと思えばいい。今回の夜会には王太子殿下も参加なさるそうだからうってつけだろう?」


「まあ、ヴァーリック様が!?」



 イアマはそう言うとポッと頬を赤らめる。


 王太子のヴァーリックは見目麗しく才気煥発と評判の十七歳の青年だ。けれど、なかなか夜会等の場に顔を出すことがなく、イアマも他の令嬢たちも彼との出会いの機会をうかがっていたのである。



「オティリエを連れて行かないなら、妃殿下の手前、私やイアマも夜会には参加できない。ほんのいっとき我慢するだけで千載一遇の機会を得られるんだ。活用しない手はないだろう?」



 イアマはヴァーリックの妃の座を狙っている。王室が彼の結婚相手を選びはじめていると噂になっているが、現状はあくまで噂の域を出ない。つまり、まだどの令嬢も条件は同じ――横並びの状態だ。ならばヴァーリック本人に働きかけるのが手っ取り早い。

 しかし、イアマがどんなに美しく魅了の能力を持とうとも、まったく接触の機会がない相手を魅了することはできない。つまり、是が非でもこの夜会には参加しなければならないのだ。



「まあ、事情が事情だし、今回だけは仕方ないわね。お父様のおっしゃるとおり、オティリエにはわたくしの引き立て役になってもらうことにするわ」



 イアマはそう言ってふふっと笑う。



(行きたくないなぁ)



 そう思いつつ、オティリエは密かにため息をついた。


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― 新着の感想 ―
恋愛もので魅了持ちというと大抵国を滅ぼしかねない危険な能力として封印されたり始末されるから悪役はバレないようにこっそりやってる作品が多いですが 一族の能力が知れ渡ってる中で隠すことなく手当たり次第魅了…
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