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18.ランチミーティング

 ヴァーリックは執務室の一角にある足の長いテーブル席へとオティリエを案内してくれた。



「補佐官たちと食事をしたり、みんなで作業をするときにこのスペースを利用するんだ。僕はみんなと一緒に食堂には行けないし、他の部屋に移動をすると時間がもったいないだろう? 応接テーブルだと食事は取りづらいしね。だから、エアニーに頼んでこうしてスペースを用意してもらったんだよ」


「そうなんですね」



 会話をしながら下座を確認すると、オティリエはそちらのほうへ足を向ける。



「オティリエはこっち。僕の隣に座って」



 が、すぐにヴァーリックに引き止められ、席を指定されてしまった。



(いいのかな?)



 ヴァーリックの隣だなんておそれおおい。新参者がそんないい席に座っていいものか……チラリとエアニーのほうを見ると、彼はコクリと大きく頷く。



【大丈夫。ヴァーリック様がお望みなのですから、そのとおりになさってください】


(ヴァーリック様がお望み……)



 オティリエがおずおずと顔を上げる。すると、期待に満ちたヴァーリックの瞳がこちらをまっすぐに見つめていた。



「おいで、オティリエ」



 もう一度うながされ、指定された席へと座る。そして、ヴァーリックが座るのを見届けてから、他の補佐官たちが席についた。

 全員が着席するのを見計らって侍女たちがやってくる。すぐに食事の準備がはじまった。



「そのドレス、とてもよく似合っているね。……可愛い」



 と、ヴァーリックがオティリエに声をかける。完全に油断していたため、オティリエは一層ドキッとしてしまった。



「ありがとうございます。カランが選んでくれたんです」



 ヴァーリックに褒めてもらえたことが嬉しい。だが、その分だけ恥ずかしく、彼の顔がまっすぐに見れない。真っ赤に染まった頬を隠しつつ、オティリエはやっとの思いでお礼を言う。



「隠さないで。もっとちゃんと見せてよ」


「え? む……無理です。私、今顔が真っ赤になってて、ヴァーリック様にお見せできるような状態じゃとてもなくて……」



 座っていることすらやっとなのに……オティリエは心臓をなだめつつ、必死に深呼吸を繰り返す。



「ヴァーリック様――あまりイジメると、オティリエさんに嫌われますよ」



 と、エアニーが助け舟を出してくれる。ヴァーリックは「それは困るな」と笑いつつ、オティリエの頭をそっと撫でた。



「ごめんね、オティリエがあまりにも可愛くて」


「いえ……」



 だからそれが――と言いたくなるのをグッとこらえ、オティリエはパタパタと顔をあおぐ。ようやく落ち着いてきたところで、エアニー以外の補佐官たちと自己紹介を交わした。



「全員優しいから遠慮なく頼って。もしも困ったことがあったら、きちんと相談するんだよ。もちろん、相手は僕でも構わないし」


「ありがとうございます。そうさせていただきます」



 オティリエはそう返事をするが、極力ヴァーリックに負担をかけたくない。こうして拾ってもらえただけでありがたいのだ。なにかの折には他の補佐官を頼ろうと密かに決心する。



「あの、不勉強で恐縮なのですが、公務とは具体的にどのようなことをなさっているのですか?」



 これから先、自分がどんな仕事をするのか――エアニーとの会話で少しずつわかってはきたものの、まだまだ想像が追いつかない。午後からは実際に仕事に入るというので、今のうちにある程度心の準備を済ませる必要があるだろう。



「僕がいきなり連れてきたんだ。不勉強だなんてそんなふうに思わなくて大丈夫だよ」



 ヴァーリックが穏やかに笑う。お礼を言いつつ、オティリエは少しだけ頭を下げた。



「僕の仕事の内容は……そうだね。色々あるけど、まずは父上の決めた国の方針を踏まえて、分野ごとに目標を設定したりなにをやりたいかを検討していく。そのうえで、法律や予算、今後の国の計画について各部署の文官たちがより具体的な案を作成してくれるから、それを確認して許可を与えたり、修正を加えたりするのが僕の仕事かな。もちろん、文官たちには事前に『こうしたい』っていう中身は伝えているし、打ち合わせもたくさんしているけど、父や僕がすべての仕事をできるわけじゃないからね。どうしたって生じるズレを、すり合わせていく必要があるんだ」


「なるほど……」



 簡単っぽく説明しているが、果たしてオティリエにできることはあるのだろうか? 返事をしつつ、オティリエは不安になってくる。



「まあ、そうはいってもみんな優秀だからね。僕の仕事は基本的に印鑑を押すことだと思っているよ。補佐官に頼むことといったら、文官たちとのアポイントや書類のやりとりが主だから、そんなに身構えなくて大丈夫」



 そうなんですね、と返事をしつつ、オティリエは他の補佐官たちをちらりと見る。彼らの心の声を聞くに、誇張表現ではないらしい。彼女は少しだけ胸をなでおろした。



「あとは国が主催する式典への参加や、外交関係も僕の仕事だね。式典への参加だけならそんなに負担じゃないんだけど、先だって文官が作った挨拶文や手紙を添削する必要がある。他にも案外事務的な作業が多いんだ」


(へぇ……)



 そうなんだ、と感心していると、エアニーがそっと身を乗り出した。



「このへんの事務的な作業をヴァーリック様ではなく、ぼくたち補佐官が担当しています。もちろん、内容に問題がないかヴァーリック様にはおうかがいを立てますし、基本的には典型的な文例や書式例があるのでご安心を。いかに効率よく数をこなしていくか、ということが重要になってきます」


「わ、わかりました」



 不安がっていても仕方がない。オティリエはコクリとうなずき、大きく息をついた。



「それから、今年は僕の結婚相手を本格的に選ばなきゃいけない年なんだよね」



 ヴァーリックはそう言って困ったように笑う。



「結婚相手……」


「うん。僕ももうすぐ十八歳。そろそろ王位を継ぐことを考えなければならない年齢だ。祖父も父上も十八のときには婚約を発表していたしね」



 カチャカチャとフォークやナイフの音がやけに大きく感じられる。なぜだか胸がツキンと痛み、オティリエは思わず手を当てた。



「本当なら、すでに内々定を出しておくべき時期なんですよ。けれど、ヴァーリック様がお相手選びに乗り気じゃなかったので」


「え? そうなんですか? というより、本当にまだお相手は決まっていないんですか?」



 王族の結婚相手といえば国の未来を左右する超重要事項。相当早い時期から選定がはじまってしかるべきだろう。他国では年端も行かぬ頃から婚約を結ぶと聞くし、ヴァーリックにも密かにそういう相手がいそうなものだが。



「本当だよ。まっさらな白紙状態だ」


「どうして……?」


「だって、人間どう転ぶかわからないじゃないか。神童と呼ばれた人間が最終的には凡人という評価で終わることなんてざらにある。その逆もまた然りだ。だから、急いで結婚相手を選ぶ必要はない……っていうのが僕の考え。とはいえ、あまり長引かせてもいいことはないから、そろそろ本腰を入れなきゃならないんだけど。国民を不安にさせたくはないしね」



 ヴァーリックはそう言ってオティリエのことをまっすぐに見つめる。なんとなくいたたまれなくなって、オティリエはほんのりとうつむいた。



「まあ、妃選びを実質的にすすめるのは母上なんだけどね。それでも、僕の希望は最大限に尊重してもらえる。だから僕は、この一年の間にどんな女性がいいかをきちんと考えなきゃいけないんだ」


「そうですね。ヴァーリック様は夜会にもほとんど出席なさいませんから。……意向に沿った結婚相手を選定するために、なにか方法を考えなければいけません」



 なるほど、そういったことも補佐官の仕事の一つなのだろう。オティリエは「わかりました」と返事をする。



「まあ、もうそんな必要ないかもしれないけどね」



 ヴァーリックが目を細める。と同時に、他の補佐官たちがそっと顔を見合わせた。



「え? どうしてですか?」



 尋ねても、ヴァーリックは微笑むばかりで返事はかえってこない。彼の心の声も聞こえないままだ。



(知りたいような、知りたくないような)



 はじめて覚える胸のざわめきに戸惑いつつ、オティリエはギュッと目をつぶるのだった。


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