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16.オティリエとドレスと慎重な侍女

「それでは、午前中いっぱい時間を差し上げますので、ドレスを何着か選んでください。ヴァーリック様からランチミーティングをと言われていますので、それまでに着替えを済ませて。時間になったら迎えに来ます。午後からは挨拶回りをしますので、そのつもりで」


「わかりました。お忙しいなかご対応いただき、ありがとうございました」



 エアニーはカランの紹介を終えたあと、ヴァーリックの元へと戻っていった。曰く『オティリエを急に迎え入れたことで、仕事がおしている』らしい。そういう内情を包み隠さず話してくれるところがオティリエにとってはありがたい。へんに心の声で聞かされるより、ずっと気が楽だ。


 と、エアニーと入れ替わるようにして仕立て屋が部屋にやってくる。彼らはすぐに着られる既製品を多数持ってきてくれたらしく、オティリエはホッと胸をなでおろした。


 すぐにお給料がでるわけじゃないはずだから、ドレス代の請求先は当然父親だろう。オートクチュールでそろえろ、なんてことにならなくて助かったと思う。もちろん、ヴァーリックの指示なのだし、侯爵家としての体面的なものもあるから文句を言われはしないだろうが。



(それにしても、いろんなドレスがあるのね)



 オティリエは部屋に運ばれてきたドレスを眺めつつ、ほぅと小さくため息をつく。

 一口にドレスといっても、昨日の夜会で着ていったものとは素材もデザインもまったく違っていた。



「こちらは女官のみなさまから特にご愛用いただいているドレスです。華やかで、上品なデザインと評判でして、うちの店で一番の売れ筋商品です」


「そ、そうなんですね……」



 店員に紹介されたのは光沢のある柔らかな生地でできたドレスだった。体のラインに沿ったマーメイドタイプで、品よく大人っぽい一品である。



(店員さんもおすすめしているし、ひとまずはこれでいいかな……)



 自分のためにあまり時間をとらせるのも申し訳ない。オティリエはドレスに近づいてみる。



【うーーん……このドレス、すごく綺麗で城内でも同じタイプのものをよく見るけど、オティリエ様にはあまり似合わない気がするなぁ】



 と、カランの心の声が聞こえてきた。『似合わない』の言葉に若干ショックを受けつつ、オティリエはカランをチラリと見る。



【オティリエ様は小柄でスレンダーだから、もっと違うタイプのドレスのほうが似合う。というか、絶対可愛いと思うのよね。多分、このドレスが一番高くて儲けが多いんだろうけど、すすめるドレスを間違ってると思うわ】


(わぁ……)



 御名答。オティリエには店員の心の声もバッチリ聞こえている。商売人だから儲けを追求するのは当然だと思い、あまり気にしないようにしていたが、似合わないなら話は別だ。そもそも、ドレスを選ぶのだって、ヴァーリックの隣に立つに相応しい格好をするためなのだし。



【でもなぁ……このドレスを着ている人を見ると仕事ができる女って感じがするし、オティリエ様はもしかしたら気にいるかも……】


「あの、カランはどう思う?」



 自分からは口を挟みづらいだろう――オティリエはカランに助言を求めてみる。



「そうですね……ちょっとまだ考えがまとまらなくて。あの、他のドレスも拝見していいですか?」


「ええ。かまいませんよ」



 カランは仕立て屋に許可をとり、ドレスを手にとり調べはじめた。



(カランったら……私のためにあんなに色々考えてくれているのに)



 今のところはそれを口にしていない。彼女は相当慎重なタイプのようだ。何着も何着もドレスを見比べて、首をひねったり唸ったりしている。



【長いわね……いつまで続ける気かしら?】



 どのぐらい経っただろう? 仕立て屋が心のなかで小さくため息をつく。顔では笑っているが、若干疲れてきたようだ。現状一着もカランのおめがねにかなったドレスがなく、時間だけが過ぎていくのだから仕方ない。



(もうすぐお昼になってしまうし)



 そろそろ一着選んで着替えを済ませなければならない。



「カラン、あの……」



 と、オティリエが声をかけたそのとき、カランの表情がガラリと変わった。



【このドレス、いいかも。スカートがプリーツになってる。……可愛い。生地も硬めで皺になりづらそう。ヴァーリック殿下の補佐官は激務と聞くし、こういったドレスのほうがいいんじゃないかしら? それに、オティリエ様の瞳の色ともよくあうし】



 カランが今眺めているのは、白と藤色のコントラストが愛らしいドレスだ。腰の部分がキュッと絞られたAラインのデザイン。レースやリボンがアクセントになっている。先ほどの大人っぽいドレスとは違い、背伸びをせずに着れそうな印象を受けた。



「こちら、試着してみます? サイズの調整も必要ですし」


「そうですね」



 店員がオティリエに声をかける。カランは「お願いします」と言いながら、なおも一生懸命にドレスを選んでいた。



(すごい集中力)



 カランは一つのことに注力したいタイプなのだろう。先ほど彼女は『先輩から仕事を外されてしまった』と言っていたが、これが原因のひとつなのかもしれない。

 オティリエにはカランの心の声が聞こえているから気にならないが、他の人には彼女がなにをしているか、なにを考えているかわからないことも多いのだろう。仕事が遅い、できないというレッテルを貼られても仕方がない。



(だけど)


「とってもお似合いです! 本当に、愛らしいですわ!」



 仕立て屋がそう言って瞳を輝かせる。お世辞ではなく本心だ。



「……ありがとう」



 カランが選んでくれた一着は着心地がよくオティリエにとても似合っている。時間はかかったがとてもいい仕事だ。



(カランに任せておいたら大丈夫)



 彼女はきっと、オティリエのためにいろんなことを頑張ってくれるだろう。


 もう一度鏡に映った自分を見つめながら、オティリエはそっと瞳を細める。



(ヴァーリック様、似合ってるって言ってくれるかな)



 そのとき、なぜかそんなことを考えてしまい、オティリエの頬が赤くなった。胸がドキドキと鳴り響く。もうすぐ迎えが来るというのに――落ち着こうと思えば思うほど、オティリエの緊張感はましていくのだった。


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