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15.親近感

 エアニーとの挨拶を終えたあと、オティリエは彼女の私室へと案内された。



「城内は用途によって塔が分かれています。執務を行う行政塔と王族の皆さまが暮らす塔、それから使用人たちが暮らす塔です。他にも夜会や会合用の広間や図書館、温室に礼拝堂などが備えられていますが、残念ながら本日中にすべてをまわることはできません。時間がいくらあっても足りませんからね。そして、ここから先が使用人用の塔です。あとで地図を渡しますよ」


「なるほど……ありがとうございます」



 エアニーの後ろを歩きながら、オティリエは必死にメモをとる。



(気を抜いたら迷子になってしまいそう)



 物覚えは悪くないほうだが、これだけ広く、似たような部屋が並んでいると、慣れるのに時間がかかるかもしれない。



「オティリエさんの部屋はこちらです。日当たりがいいでしょう? ヴァーリック様があなたのためにと選んでくださったんですよ」


「ヴァーリック様が……」



 部屋を見回しつつオティリエは胸が温かくなる。



 案内されたのは角部屋の眺めのよい部屋だった。使用人たちが暮らす塔の最上階。他のフロアよりも部屋数が少ないため、余程のことがない限りは迷わずに済みそうだ。



 ちなみに、使用人の暮らすエリアに王族であるヴァーリックが入るのは好ましくないため、彼には執務室に戻って公務をしてもらっている。今この部屋にいるのはエアニーとオティリエだけだ。



「ベッドにドレッサー、クローゼット、文机、本棚……事前にある程度の家具は入れさせました。他に、なにか不足するものはありますか?」


「そんな……そんなこと、思うはずがありません。本当に、ありがとうございます」



 オティリエは恐縮しつつ、大きく頭を下げる。

 この部屋は実家のオティリエの私室よりもよほど広く、調度類も綺麗で豪華だ。ひそかに感動をしているオティリエに、エアニーは「いえ」と返事をした。



「それから、こちらはあなたの専属侍女のカランです」


「え? 私に侍女、ですか?」



 エアニーはうなずき、チラリと後ろを振り返る。次いで部屋に現れたのは、オティリエと同じ年頃の可愛らしい女性だった。



「カラン、オティリエさんに挨拶を」


「はい。あの……カランと申します。よろしくお願いいたします」



 カランはそう言って、オティリエに向かって頭を下げる。思わぬことにオティリエは視線を泳がせた。



「エアニーさん、お心遣いは大変嬉しく思います。ですが、私には侍女なんて勿体なくて……。実家でもそういった女性はつけてもらっていませんでしたし」



 なんなら食事すら自分で取りにいくような生活を送っていたのだ。これではあまりにも恵まれすぎていて、かえって怖くなってしまう。



「もちろん、ヴァーリック様にお聞きして存じ上げています。けれど、オティリエさんはこの城のことをなにも知りませんし、多忙なヴァーリック様を支える立場のあなたにも、支えとなる人物が必要かと存じます」



 エアニーは表情を変えぬままそう返事をした。



「そう、ですね。けれど……」



 たしかに、彼の言うことは理にかなっている。オティリエは本来誰かに世話をされる立場の女性だし、なにも知らない場所でひとりで生活をするのは大変だろう。誰かを支えるためには自分自身の基盤を整えることが肝心だということも理解できるのだが……。



【あたし、やっぱり必要ないのかな】



 とそのとき、カランの心の声が聞こえてくる。



【せっかくヴァーリック様に拾っていただいたのに、先輩から担当を外されてしまって、まだほとんど仕事らしい仕事をもらえていない。このままじゃいつか城から追い出されてしまう。……居場所がなくなってしまう。あたしだってヴァーリック様のお役に立ちたいのに】


(この子は……ヴァーリック様がどこかから連れてきたのかしら?)



 詳しい事情はわからないものの、どうやらカランはオティリエと似たような経歴の持ち主らしい。オティリエは思わず親近感を抱いてしまった。



「えっと……彼女には具体的にどんなことを任せればよいのでしょう?」



 正直、なにをお願いすればいいのかよくわからない。オティリエが尋ねると、エアニーが「そうですね」と思案する。



「たとえば、これから仕立て屋がこの部屋に来るので、ドレスを見立ててもらってはいかがでしょう? カランはセンスがいいとヴァーリック様がおっしゃっていましたから」


「そうなんですね」



 そういえば先ほどドレスのことを話していたな、と思い出す。ヴァーリックの隣に立つのにみっともない格好はさせられないとも。



(たしかに、私は流行にもうといし、どんなドレスを選べばいいかわからないから)



 手助けをしてもらえるなら心強い。オティリエはチラリとカランを見た。



「それに着替えや化粧、食事やお茶の準備など、カランに頼めることはいくらでもあります。……いいですか、オティリエさん。ヴァーリック様の下で働くということは、あなた自身が人を使い、動かすということなんです」


「人を使い、動かす……」



 そんなこと、考えたことがなかった。もちろん、ヴァーリックから実家を連れ出されたのはつい先ほどのことだから、まだ仕事をしている自分について想像が追いついていないのは仕方がない。それでも、自分の認識が甘かったことを痛感してしまう。



「ですからまずは身近なところから――カランと練習してはいかがでしょう?」



 考え込んでいるオティリエに向かってエアニーが提案する。



「そう、ですね。あの……ちなみにカランの給金はどのようにすれば?」



 自分の世話をしてもらうというのに、費用を王宮に負担してもらうのは気が引ける。オティリエがおずおずと質問した。



「もちろん、アインホルン侯爵に請求します」


【まあ、王宮で直接雇用したままでもいいんですけどね……そうしたほうがオティリエさんの精神衛生上よいでしょう?】



 エアニーは返事に加え、心のなかでそう説明する。そのへんの内情はカランには聞かせないほうがよいと判断したのだろう。オティリエは小さくうなずきつつ、カランのほうに向き直った。



「それじゃあ……よろしくお願いいたします」


「……! はい、あの……よろしくお願いいたします!」



 オティリエが言えば、カランが嬉しそうに瞳を輝かせる。



【受け入れてもらえてよかった! 少しでもヴァーリック様のお役に立てるよう頑張らないと!】



 自分とよく似た彼女の心の声を聞きながら、オティリエはそっと目を細めた。


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