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13.知りたい

 ヴァーリックに導かれ、オティリエは馬車に乗り込んだ。



「それでは侯爵、詳しいことは書面で」


「……本当にオティリエを連れて行くのですか、殿下?」



 オティリエの父親は恐縮しきった様子でヴァーリックの顔を覗き込む。ヴァーリックはコクリと大きくうなずいた。



「昨日の夜会でも伝えたけれど、オティリエ嬢の能力は素晴らしい。僕としては、ぜひともほしい能力だ。侯爵がそんなにも難色を示す理由が僕には理解できないな。……いや、原因については予想できるけどね」



 そう言ってヴァーリックは父親の肩をポンと叩く。その瞬間、父親の瞳がカッと大きく見開かれた。



「あ……あぁ…………? え? イアマ! オティリエ?」



 馬車のなかのオティリエを見つめつつ、彼は愕然と膝をつく。



(これは……お父様の記憶?)



 オティリエの脳内に勢いよく流れ込んでくる映像――幼い頃のイアマだ。傍らにはおくるみに巻かれた赤ん坊の姿。おそらくこちらがオティリエなのだろう。

 小さなイアマが父親の瞳を真っ直ぐに見つめる。



【わたくしだけをかわいがって! オティリエのことなんて見ちゃいやだ!】



 きっとこれが、イアマがはじめて父親を魅了したときなのだろう。オティリエは心ががんじがらめにされるような息苦しさを感じた。



「オティリエ」



 父親がオティリエの名前を呼ぶ。それはイアマに対して向けられるのと同じ、温かく愛情のこもった視線――それから罪悪感に満ちた表情だった。しかし、それはほんの一瞬のことで、彼はすぐに元の冷たい瞳に戻ってしまう。



「………? なんだ今のは? …………いや、失礼いたしました。少々ぼーっとしてしまったようで」



 父親はハッと姿勢を正してから、ヴァーリックに向かって頭を下げる。ヴァーリックは「いや」と返事をしつつ、ふぅと小さく息をついた。



【まあ、十六年間も魅了――洗脳を続けられていたんだ。完全に正気に戻すことは不可能だと思っていた。でも、こうして接触を続けていたらもしかしたら――】



 ヴァーリックがチラリとオティリエを見る。オティリエはハッと息をのんだ。



(つまり、ヴァーリック様はお父様の身体のなかにあるお姉様の魅了の能力を無効化したってこと?)



 だとしたら、父親は心の底からオティリエを嫌っているわけではないのだろうか? いつかオティリエを認めてくれる日が来るのだろうか?



(ほんの一瞬……本当に一瞬だったけれど、お父様が私に優しくしてくださった)



 こんなささいなことがオティリエにはあまりにも嬉しい。オティリエは目頭が熱くなった。



「それじゃあ侯爵、またいずれ」



 ヴァーリックがそう言って馬車に乗り込む。それから、二人を乗せた馬車がゆっくりと王都に向けて動き出した。



「……最後に屋敷を見ておかなくていい? 僕はもう、君をあの家に戻す気はないよ?」



 段々と屋敷が遠ざかっていく。オティリエが首を横に振ると、ヴァーリックは穏やかに微笑んだ。



「そう。オティリエが構わないならそれでいいよ」



 ヴァーリックはそう言って彼女の手をギュッと握る。オティリエの頬が赤くなる。ヴァーリックはニコリと笑みを深めつつ、彼女の瞳をじっと見つめた。



「それより、これからは補佐官になるんだし、僕のことは殿下じゃなくて名前で呼んでほしいな」


「え? でも……」



 オティリエからすればおそれおおい。『はいどうぞ』と言われていきなり切り替えるのは困難だ。



「大丈夫、他の補佐官もみんなそうしているから問題ないよ。というより、一人だけ違う呼び方だったら浮いてしまうだろう?」


「それはそう、ですね」


「僕も今後はオティリエと呼ばせてもらうし。ね?」



 ヴァーリックはどこか期待に満ちた瞳でオティリエを見つめている。呼ぶまで次の話題に移れそうにない。



「……ヴァーリック様」


「うん」



 彼はそう言ってとても嬉しそうに笑う。ただそれだけのことなのに、オティリエの胸がドキドキと高鳴った。



「城に着くまでのあいだに、これからのことを少し話しておいてもいい?」


「はい。あの、でも……」



 オティリエがチラリと視線を落とす。彼女の手は今もヴァーリックに握られたままだ。



「ん?」



 ヴァーリックはほんの少しだけ首を傾げ、オティリエに向かって微笑みかける。



【嫌かな?】



 それから彼はあえて口で言わず、心のなかでオティリエに向かってそう問いかけた。



(嫌、じゃないけど)



 恥ずかしいしドキドキする。そのせいできちんと頭が働いているかも不安だ。

 けれど、緊張で震える指先が、心が、彼のおかげで落ち着いているのもまた事実で。



(どうしよう、どうするのが正解なの?)



 誰かと触れ合ったり会話をしたりする経験が乏しすぎて、どうすればいいのかちっともわからない。オティリエは考え込んだまま真っ赤になってしまった。



「あぁ……困らせてごめん。オティリエの反応があまりにも可愛くて」


「……!」



 こらえきれないといった様子でヴァーリックが笑う。彼は名残惜し気に手を離したあと、オティリエの頭をそっと撫でた。



「城に着いたらまず、オティリエの部屋に案内するよ」


「私の部屋、ですか?」


「そう。住み込みで働いてもらう使用人のための部屋があるから、取り急ぎ一室用意させたんだ。これからどんなところで生活をするか、先に確認しておきたいだろう?」



 ヴァーリックがオティリエに問いかける。彼女自身は別にどんな部屋でも構わないけれど、気遣いが嬉しい。オティリエは「ありがとうございます」と頭を下げた。



「昼からは他の補佐官に城内を案内させるよ。そのときに各部署への挨拶も一緒に済ませてきて。今後僕への取次はオティリエに任せるから、顔と名前を覚えてもらわなきゃね」


「わ……わかりました」



 段々、これからオティリエがすべきことが具体的になっていく。オティリエは気が引き締まる思いがした。



「それから、これは今日の仕事のなかで一番大事なことなんだけど」


「は、はい! なんでしょう?」



 改まった様子で切り出され、オティリエの心臓がドキッと跳ねる。ヴァーリックはそっと瞳を細めた。



「昼食は僕と、他の補佐官たちと一緒にとること」


「え? それが一番大事なお仕事なんですか?」



 思いがけない内容に、オティリエは思わず聞き返してしまう。ヴァーリックがクスクスと声を上げて笑った。



「そうだよ。これから片腕として働いてもらうんだから、僕はオティリエのことをもっとよく知っておきたい。他の補佐官も同じ気持ちのはずだ」



 そう言ってヴァーリックはオティリエの目をじっと見つめる。好奇心に溢れた瞳。彼にはオティリエとは違って他人の心を読む能力なんてないはずなのに――まるで心を見透かされているかのような気がしてくる。



「それから、オティリエにも、僕のことをもっと知りたいと思ってもらえたら嬉しいな」


「え……? それはもちろん……知りたいと思ってます。もっと、もっと」



 オティリエがためらいがちにこたえれば、ヴァーリックは少しだけ目を見開き、恥ずかしそうに口元を隠す。



【『知りたい』って……言われる側は結構照れるものなんだな。というか、オティリエに興味を持ってもらえてるって思ったら、嬉しい】



 ヴァーリックはそっぽを向いて悩まし気なため息をつく。おそらく彼はオティリエに心の声が聞こえていると気づいていないのだろう。



(誰かの心の声が聞けて嬉しいって思ったのは、これがはじめてかも)



 楽しくて嬉しくてなにやらむず痒くて、オティリエは笑い出しそうになるのを必死に我慢するのだった。


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