わたし、悪役令嬢に転生しました。って島流しエンドを迎えたあとってなんです? 詰んだぁ〜……と思いきや結婚を控えた辺境伯に拾ってもらいました。あれ? でもその婚約者、何かおかしくないですか?
連載を開始しました!
よければよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n4247ii/
日間/異世界恋愛ランキング 5位
週間/異世界恋愛 16位
日間総合 85位
「詰んだぁ〜……」
わたしは今、大海原を眺めて座り込んでいます。
晴れ渡った空の下、過ぎ去っていくのは一隻の船。
わたしをこの島まで送り届けた船でした。
今置かれた状況を言葉にするのはやすしなので語ると、どうやらわたしは島流しの刑にあったようでした。
え、なぜそんな他人事のようにいうのか?
乙女ゲーム『フォーエバープリンス』に登場する悪役令嬢・ブリエノーラに自分が転生していて、今まで彼女の人生を歩んできたことに気づいたのがついさっき。
他人事のように語ってしまうのも無理ないというわけです。
さて、話は半刻ほど前まで遡ります。
◇
「罪人ブリエノーラ。貴様は王国の第一王子ハーベスト様の婚約者、ミンスク様を毒殺しようとした罪で、今日からこの島で生活してもらう。いいな?」
「そ、そんなぁ……この、ワタクシがなぜ」
判刻ほど前、まだ前世の記憶を取り戻す前のわたしことブリエノーラは、役人にそのように告げられて力なく座り込んでいました。
落ち込んでいる暇もなく、兵士たちにつつかれてさっさと船を下ろされてしまいます。
大きな出来事が起きたのはこの時でした。
とてつもなく大きなヤドカリが使っていたと思われる巻き貝に、わたしは見事に足を取られてしまったのです。
そして不運なことに、流木に顔面からダイブを決めてしまったのでした。
前世の記憶が戻ったのはその時でした。
わたしはそう、前世ではしがない一般人の女性でした。
将来を考えて真面目に勉強したおかげで学力はそれなり。
高校教師にも大学進学を強く勧められるほどでしたが、親に相談したところ大学の学費は長男である弟に出してあげたいと当然のように言われ、我が家に根付いた男尊女卑の文化に思うところがありながらもやむなく地元の中堅企業に事務員として就職。
会社の仕事をそれなりにこなす中で、気弱で大人しい同期の女友達ができ、会社ライフは充実していきました。しかし、気持ち悪いおじさん社員に彼女がセクハラされていることを知り、怒ったわたしは人事のおばさまと信頼関係を築いた上でセクハラ現場の証拠をリーク。おじさんの所業は社内で大問題となり、居場所がなくなった彼はやむなく退職と相成りました。
友達にも感謝されて気持ちよくなっていたところ、帰りの電車を待っている最中に背中を押されてホームに転落。そして電車が迫り、最後に見たのはわたしを見下ろすセクハラおじさんの下卑た笑みでした。
それらの前世の記憶が走馬灯のように蘇り、わたしは『わたし』であることを思い出したというわけです。
しかし、むしろ問題はそこじゃありませんでした。
役人が先ほどわたしに言い放った呼称が何より問題だったのです。
甲板の役人を見上げると、彼は家畜でも見下ろすような目であざわらって言います。
「ふん、所詮は容姿がいいだけの赤髪娘。農民出身の分際で、権力を得ようと分不相応な野望を持つからこうなる。ザイード伯爵にうまく取り入り、爵位を得たところでやめておけばよかったものを。まったくとんでない女狐だ」
この台詞には覚えがありました。
『フォーエバープリンス』の島流しエンドーーいわゆる正規ルートで聞けるものです。
ちなみに島流しエンドとは、悪役令嬢であるブリエノーラを揶揄する意味で、ユーザーたちが面白おかしく使っているスラングでした。
やはりわたしは、『フォーエバープリンス』に登場するブリエノーラに転生したようでした。
ブリエノーラは元々、アストリアルデ王国の北方にある貧しい村の農民出身。
彼女は王都へ作物を売りに行った際に目にした王子に一目惚れし、いつしか結婚したいと強く願うようになります。
そんな中、ひょんな理由で中央貴族の養子となり、その持ち前の明るさと度胸で王子に迫り、主人公と彼の取り合いになって争うようになる。とまあ、『フォーエバープリンス』はざっとこんな感じのストーリー展開です。
しかし、あらためて情報を整理して思いましたけど、なんてことでしょうか……。
前世では、主人公が悪役令嬢に転生するエンタメ作品はたくさんありましたけど、いずれもバッドエンドを迎える前の、まだテコ入れ可能な段階で物語が始まるものばかりでした。
なのになぜ、わたしはバッドエンド後からなんでしょう?
前世も大概でしたが、今世も理不尽すぎませんか……?
わりとどんな時も冷静なわたしですが、よくない感情がふつふつと込み上げてきます。
落ち着くために素数すら数えたくない心境、と言えばわかってもらえるでしょうか。
「詰んだぁ〜……」
こうして冒頭のシーンへと繋がるというわけです。
しかし、死んだ魚の眼で嘆いていてもどうしようもありません。
見渡すと島は小さく、中央の小高い場所には小さなお城のようなものが見えました。
わたしは『フォーエバープリンス』を一通りプレイ済みでしたが、島流しエンドではブリエノーラが島に置き去りにされたところまでしか語られないので、島に住民がいるかや彼女がその後どうなったかなどの細かい情報は知りません。
つまりここから先は未体験領域というわけです。
不安な現実を前にやすらぎを求めたんでしょう。
わたしは気づきをくれたヤドカリの巻き貝をお守りがわりに脇に抱え、森へと踏み出していました。
結論からいうと人はいました。
鬱蒼とした森には舗装された道があったため、虫や獣に襲われながらもなんとか島唯一の建物であろう例の城まで辿り着いたところ門番の人がいたのです。
ハンモックチェアでくつろいでいた白ひげの老兵さんは、わたしを見て驚いていました。
「ほぅ、その格好からして流れ人だね。中央で何かやらかした貴族さんってところかな?」
「あはは、まあそんな感じですが、わたしは無実です。虫一匹すら殺せない善良な貴族ですよ」
とりあえず怖がられないよう無害な人間であることをアピールしておきました。そのおかげでしょうか?
老兵さんはわたしの質問にも難なく答えてくれます。
「老兵さん、このお城には誰が住んでいらっしゃるんですか?」
「私の主人、辺境伯ベリオール様じゃよ。今は亡き父君が中央にいた頃に不正を働いてね。おかげで私どもごくわずかな従者を連れてこの島に左遷されたのが十五年前じゃ……」
うわぁ……主人の巻き添えを喰らってこんな絶海の孤島に。
心中お察しします。
「その頃、ベリオール様は赤ん坊だったが今では父君に似て立派になられた。才能も豊かで中央にいれば出世したこと間違いないだけに哀れじゃよ。まあしかしよかった。そんなベリオール様の元にも嫁の来てがあったのじゃからのう」
話によると、この城の主人・辺境伯ベリオールさんはこんな孤島にいながらも、二ヶ月前にめでたく中央貴族の令嬢さんとご婚約されたらしく、間もなく正式に婚姻されるということでした。
わたしは一通り話が終わった後、行き場がないためどんな仕事でもするから雇ってもらえないかと老兵さんに相談しました。貴族のプライドなど、今日の寝食もどうなるかわからない状況では馬にでも食べさせてしまった方がマシです。
結果、わたしは城内に案内されていました。
一応流刑人ではあるため、老兵さんに持ち物検査をされましたが、その意思があれば立派な凶器になるであろう巻き貝は没収されませんでした。色々ゆるゆるで心配になってしまいます。
メイドにさんに辺境伯がいる部屋に案内される際、父君と思われるでっぷり太った方の肖像画がありました。
老兵さんによるとベリオールさんはお父さんに似ているという話だったので、失礼ながらも同じ体型だと勝手に思い込んでいたのですがーー
「ごほ、ごほ……こ、こんにちは。僕がこの城の主人、辺境伯ベリオール・ド・コーラッシュです」
なんてことでしょう。
お父さんからは想像できないほどの細身の美男子でした。
頼りない感じはありましたが、物分かりも性格もすごくいい人で、わたしが事情を話すと人手が足りていないことを理由に即決で雇ってくれました。
しかし、彼の婚約者であるメイシスさんはわたしを雇うことにあまり乗り気ではなかったようです。
「ブリエノーラ、あんた気をつけなよ。何をやって流されてきたかは知らないけど、メイシス様は同じ貴族であるあんたをあまり快く思っちゃいない。ここにいたけりゃ少しでも誤解されるような真似はしないことだね」
そう語ってくれたのは年長メイドであるパンナさん。
お城での生活はわたしの生命線です。不用意に虎の尾をふみたくはなかったので、わたしは自分のおやつを差し出すことでお城の色んな情報を得ようとしたのでした。
「あのお二人はいつも一緒にいますし、本当にラブラブですよね」
「ははは、夫婦になる者同士が仲睦まじいのはいいことさ。メイシス様はあんたには別として、あたしら使用人に対して心配りを忘れない優しくて上品なお方さ。こんな島だし、正直ベリオール様は結婚できないんじゃないかと心配していたんだ。でもまさか、あんないいお方がお嫁に来てくれるとはね。仲もいいし、正式に結婚後は子宝にも恵まれるに違いないよ。お父君はその辺のことを心配していたし、今頃向こうで喜んでるだろうね」
メイシスさんは使用人の誰に聞いても、とても優しくて穏やかな人とのことでした。
でもわたしには疑問が残ります。
「メイシスさんは中央の貴族令嬢なんですよね? なぜその彼女がわざわざこんな島にまでお嫁に来ようと思ったんでしょうか?」
「あんた、変なところに気づくね……」
わたしはもう一枚、自分のおやつであるビスケットをパンナさんの小皿にのっけます。
「はぁ、誰にも言うんじゃないよ。メイシス様は貴族と農民の間にできた子供って話だ。周囲にも知れ渡っていたから、嫁の貰い手がなかったって風の噂で聞いたよ」
「なるほど、それで」
さらにビスケットを積み上げて話を聞くと、ベリオールさんは父親が遺産として残した中央の土地を少しばかり保有しているとのことでした。
誰とも結婚できず、いずれ他の兄弟に出自を理由に家を追い出されるくらいなら、中央に多少土地を持つ辺境伯と結婚し、貴族の地位を守る方が遥かにマシ。そう考えての婚姻と考えるのが妥当でした。
気になっていた婚約の謎もなんとなく解けたので、わたしはゴシップ記事を読んだ後のような満足感を抱き、それ以上の質問は行いませんでした。
特に目立ったことも起こらない日々が続き、このまま自分はここでゆっくり歳を取っていくんだろうなとぼんやり考え始めていた頃、ベリオールさんと気になる会話をしたことで状況が変わっていきます。
「ごほ、ごほっ……やぁ、元気にやっているかな、ブリエノーラ」
「あ、ベリオールさん。はい。おかげで元気にやっていますよ」
婚約者のメイシスさんがわたしをあまりよく思っていないと聞いていたので、彼と話すのは基本的に避けていました。おかげで出会って数ヶ月経つのにこれで三回目の会話といったところです。
「そうかい。元気にやっているようでよかった……ごほっ、ごほごほっ!」
「だ、大丈夫ですか? ベリオールさん、あまり顔色がよくありませんよ。……あれ、そういえば出会った頃もけっこう咳をされていませんでしたっけ?」
「よく見ているね……実は、君と出会う二ヶ月前くらいから原因不明の咳が出だしてとまらないんだ。日に日に体調も悪くなっている気がする」
二ヶ月前?
わたしはその言葉を聞いてハッとしていました。
ベリオールさんはこんなわたしを迷わず雇ってくれた恩人です。
至急やるべきことができたわたしはその夜、早速行動に移っていました。
メイシスさんの私室に忍び込んだのです。
戸棚を漁っているとそれはでてきました。
摘まれた花が二輪置いてあり、それぞれの花の前には明日と明後日の日付が書かれた謎のメモが置いてあります。
わたしはその花を見て驚愕しました。
「え、これってヘナクーソカズラじゃないですか……!」
片手に持った灯りと、もう片方の手に抱えたお守りがわりの巻き貝をつい落としそうになります。
ヘナクーソカズラは毒を持った花だと、前に庭の手入れをしている時にパンナさんに教わっていました。
続いて手がかりを探すわたしは引き出しを開けます。
そこにはメイシスさんが書いたと思われる日記がありました。
一番始めのページには、この島に来た時のことが書いてあります。
“ 計画通りコーラッシュ家の子息と婚約を結ぶことに成功した。ひ弱そうで私のタイプじゃないけど、ベリオールは中央に土地を持っている。婚姻後に彼が死ねば妻である私が遺産を相続し、また平穏に中央で暮らすことが可能となる。あとはどう計画を実行に移すかを考えるだけだ”
わたしは続いて数日後に書かれた内容にも目を通します。
“ベリオールをどう殺すか考えながら庭を散策した。そこで偶然、ヘナクーソカズラがたくさん咲いているのを見つけた。これは使える。毒持ちのヘナクーソカズラは、体内に取り込むことで身体に悪影響を及ぼすが一回の摂取では体調を崩す程度だ。ただし継続して摂取すれば確実に死に至るらしい。さっそく今日から彼の食事に混ぜてみるとしよう”
もうここまで読めば十分でした。
悪巧みを行っていたようですが、この証拠を提示すればベリオールさんも彼女を追放して健康を取り戻すことができるはず。そしてわたしの生活は今まで通りというわけです。
しかし、その時です。誰かが静かに部屋に入ってきていました。
後ろ手に扉を閉めたその人は、今まで見たことのない鬼の形相でわたしを睨んでいます。
「メイシスさん……」
「……見たわね。やっぱり、同じ貴族であるあんたは早くに始末しておくべきだった」
はわわわわ。
メイシスさんは壁に飾ってあったサーベルを手にこちらに近づいてきます。
わたしは巻き貝を抱いてあとじさるも、彼女は待ってくれません。
「死んでおしまい!」
「うぎゃっ……!?」
巻き貝はけっこう頑丈のようでした。
咄嗟に掲げたところ、彼女の攻撃を受け止めてくれていました。
頼りになるお守りーーいや、もうここまでくれば相棒と呼んでもいいはずです。
しかし、所詮は巻き貝くんも戦いの道具ではありません。
わたしは振り払われ、その場に尻餅をついてしまいます。
「ふふ、バカな女。大人しくしていれば、ベリオールを殺した後に待遇を考えてやったものを……。いい、コーラッシュ家の財産は私のものよ。お前みたいな女狐に、渡してなるものですか! 今度こそ死ねぇえっ!」
人が本気になった時の剣幕はすごいものがあります。
わたしは迫力に呑まれて動けず、死を覚悟しました。
サーベルが振り下ろされ、胸が一突きの下に串刺しになる。
その瞬間、鈍色の何かが宙を切り裂いていました。
「ーーごふっ……ぶ、ブリエノーラ、大丈夫かい?」
「ベリオールさん!?」
わたしを庇うように割り込んできた彼が、メイシスさんの攻撃を振り払っていました。
その手には刀剣が握りしめられています。
「ちっ、ベリオール……」
距離を取ったメイシスさんは苦々しい表情でしたが、すぐに歪んだ笑みを浮かべます。
「あははっ、でもあんた血を吐いてるじゃない。もう末期のようね。どうせもうまともに力も入らないんでしょう? ちょうどいいわ、あなたはここで復権を企む罪人と争って相打ちになったことにしましょう。今日まで私の企みに気づけなかった自分を恨むことね」
「知っていたさ」
え?
わたしとメイシスさんはお互いに驚いていました。
「……はっ、そんなわけないでしょう? もしそうなら、むざむざ毒を摂取するわけがないじゃない」
「ない話ではないさ。僕は死ぬまでこの孤島で生きることを考えるとむなしくなるんだ。こんな生活、世の中にいないも同然だ。だから、僕は君の所業に気づいていながらも毎日毒入りの食事をーーぐあっ!?」
ごんっ。
わたしは思わず、拾い上げた巻き貝くんを背後から振り下ろしていました。
前世での死に方を思い出すと、きっと私の同僚である友人は悲しみにくれたに違いありませんでした。
それは家族だって同様です。
そう思うと、無性にベリオールさんの考えが許せなかったのです。
「命を無駄にしないでください。残された人が悲しみます」
「くっ……ブリエノーラ、君はこんな状況で何を……ぐうぅ」
「あはははは! こんな状況で仲間割れとか救えないバカどもね。そろそろ幕引きよ。二人仲良く、あの世にお逝きなさいっ!」
メイシスさんが刺突の構えでわたしたち目掛けて跳躍。
わたしは相棒である巻き貝くんを抱えて腰元に引き、
「命を狩ろうとするあなたは、もっと許せません!」
控えめに必殺技名を心の中で叫びつつ繰り出したのは、巻き貝くんを使ったスクリューパスでした。
そう、ラグビーのそれです。
「ふぎゃあっ!?」
回転がかかった巻き貝くんの先端が、見事メイシスさんの額に命中して卒倒。
相棒の大活躍のおかげで、わたしたちは助かったのでした。
◇
その後、メイシスさんは殺人未遂罪で本土の刑務所送りとなりました。
ベリオールさんは彼女と婚約を解消し、体調も無事に回復。
わたしも今まで通り、使用人として安寧な生活を送る予定でしたがそうはなりませんでした。
なんとベリオールさんよりプロポーズされてしまったのです。
彼に対して好意があるかどうかはおいておくとして。
老兵さんに聞いていた通り、彼は才能豊かな人でした。
襲撃にあった晩、彼が見せた剣さばきは見事なものでした。
死のうとしていた点は評価できませんが、なんだかこの人は放っておけない気がしました。
というわけで、わたしはベリオールさんと結婚したのです。
さぁ、結婚後の話をするのは気恥ずかしいので、もうこの辺にしましょう。
彼がもう二度と早まらないよう、その才能を活かすべくわたしが巻き貝くんと一緒に黒より黒く暗躍するのはまた別のお話。
そういうことでお願いします。
読んでくださり、ありがとうございました!
よければ下の方にある⭐︎評価にご協力ください。
よろしくお願いします^ ^