第95話 続・学芸会
「もしもしオリバー? トマーシュでもいいんだけど、第四大隊とかいう連中と喧嘩しちゃってさあ」
持たされていた通信用の札に呼びかけると即座にオリバーが応答した。
「説明しろ」
明らかにキレている。
厄介者の総隊長を追い払えたと思ったらこれだもんね。
俺は無害なはぐれ魔族、彼らと交易していた村人たちを助けたことを告げる。
「お前の言っていることが事実であれば、悪いのは第四大隊のレオンハルトだ。出頭して説明すれば放免だろう」
「それがその……はぐれ魔族を守るために『新生魔王軍』がバックに付いてるから手出しするなって名乗っちゃって……」
オリバーの側から何かを壁か床に叩きつける音が聞こえた。
「ちなみに、何故、そんな世迷言を?」
「はぐれ魔族に下手に手を出せなくなるかな……と」
「レオンハルトはバカだ。だが報告次第でははぐれ魔族もそこの村人も……全員立場が悪くなることがわからんのか、馬鹿者!」
う。それを言われるとそうかもしれない。
想像以上にレオンハルトがバカすぎて調子に乗ってしまったのもある。
それにいくら何でも毒将軍ケントは不味い。特定される。
「わかった……じゃあ俺たちはどうすればいい?」
「だが幸運にも総隊長は不在、俺が代行だ。時間稼ぎはできる。いいか筋書きは……」
──すべて理解した。要するに、魔王軍を「村人と守護兵団の前で撃退されたことにする」という作戦だ。
「そういうわけだフィーナたちよ、着いてきてくれ」
「いーやーでーすー! もうゴキ……魔族に会いたくないんですが!」
「大丈夫。どっか奥に引っ込んでるはずだから」
全てオリバーの指示通りやる。
アドリブはしない。俺が勝手にやるとこういう後始末が必要になるから。
*
再びノナの結界にフィーナを閉じ込め、俺とノナを先頭にして元の村を訪れる。
道中フィーナたちとは綿密に打ち合わせを重ねていた。
そしてフィーナによる【偽装】で隠れるモニカとエミリー。
「ま、またか貴様ら! この期に及んで何をしに来た!」
いきり立つ第四大隊隊長、レオンハルト。
手を剣の柄に添えているが俺が静止する。
「待て。私はどうやら運がいい。たった今、新生魔王軍本営からダキスタリア攻めの認可が下りた。毒将軍ケント、先鋒を仕る!」
「そんなことが……今すぐ本国に……」
相変わらずノリがいいというか騙し甲斐のある奴だな、レオンハルト。
「無駄だよ。私を倒すには『魔族から解放されたい』という人間たち願いのこもった視線の中で不意打ちさえ受けなければ……」
「吹っ飛べ―!」
「悪・即・打!」
【偽装】によって潜伏していたエミリーの命令魔法によって俺は吹き飛ばされ、メイスを構えたモニカが野球のように俺を打ち返す。
鎧越しに内蔵が潰れそうだ。本気すぎる。日頃の鬱憤をこの身に受けているかのようだぜ。
「ぐああああああ!」
叫び声は素だ。
そしてエミリーとモニカがノナにそれぞれ杖とメイスを突きつける。
「わー、エルフのひめのぶかねー。わたしのまじゅつはけっかいじゅつとっかがたなのよー。こうなったらとらわれたエルフのひめをかいほうしてにげるしかないわー」
少しはやる気を出せ、ノナ。やられ役になった途端、演技力が消失してしまったみたいですねー。
ノナは椅子代わりにしていた浮遊する結界から、ダキスタリアで詰め直したフィーナを改めて解放する。
「エルフの……姫!?」
「いかにも。私こそがエルフの里の姫巫女フィーナ。今、新生魔王軍を打ち払いましょう!」
フィーナよ。お前も役作りに気合いを入れるタイプか。
ノリノリでよかったです。でも何だよ姫巫女って。
「村人の皆さん! 守護兵団の皆さん! 今こそ力を合わせて、この輝く水晶を見てください!」
フィーナが手にするのは彼女の魔力で光り輝く緑色の水晶。
その辺で拾ったがらくただ。まだ持っていたのか。
「いいですかー! 皆さん! せーの、『魔族から解放されたい』ー!」
「ま、魔族から解放されたい!」
「魔族から解放されたいー!」
全ての村人と守護兵団の視線を釘付けにするフィーナ。
「……喰らえっ! 【拡大忘却】!」
フィーナの緑水晶から記憶忘却の魔術が広範囲で放たれる。
数日分の記憶を吹き飛ばされ、自分の置かれている状況が理解できず立ち尽くす被害者たち。
あとはオリバーがレオンハルトの動きを縛れば、魔族関連のこのトラブルは完璧に収束する……!
俺が名乗った毒将軍ケントの名と共にな!
「やったな! フィーナ!」
「雑に範囲を広げたから、完全には消えてないかもしれませんよ。違和感くらいは残ると思いますけど……」
というかそもそもダキスタリアと魔族の不和の絵を描こうとしたのがエルピスなんだから、これって大正解!?
いや、はぐれ魔族ドボルザークとフェルメールの問題が残ってたか。
素直に立ち退くような奴らではあるまい……。
ゴキブリ魔族を見たくないというフィーナ、モニカ、エミリーの三人娘を置いて、俺はノナと交渉へ向かった。
*
「立ち退く気はない」
「フォルテッシモ拒否する!」
やっぱりね。フェルメール自慢の洞窟壁画を捨て置くのがよっぽど嫌に見える。
「壁画は岩ごと転移させればいいものとして……」
いいのかよ。じゃあ何がダメなんだ。
「気がかりなのは村の住民の生活である。彼らは我らの魔力の結晶を提供し、それを当てにして生活をしている」
「そもそもなんでここの住民はこんな僻地で暮らしてるんだ?」
「彼らはダキスタリアの罪人の末裔だ。未だに内部への定住を許されずここで暮らしている」
いきなりハードな問題が飛び出してきたな。
流石に村の成り行きまで責任持てないぞ。
「でもお前らとの取引がバレたら、また今回みたいなことが起こるかもしれないんだぞ?」
「それは承知の上だ。今まで以上に用心して行う」
フェルメールの決意は固い。
だがその決意はノナの一言によって簡単に崩される。
「結界を張ればいいじゃない。地脈から魔力を得て半永久的に外敵が侵入できないような」
「……」
最初から言えよ。普通の人間は半永久的に続く結界のアイデアなんて浮かばないんだよなあ。
「じゃあ早速取り掛かってくれよ。でも外敵っていってもアレだぞ。守護兵団全体が入れないみたいなことは避けてくれよ」
「じゃあ、あのレオンハルトだけ出禁にしておくわ」
ノナは木の棒でサラサラと地面に刻印し、フェルメールたちの精製した魔力の結晶をいくつか埋め込んだ。
「これで終わり。他に何かある?」
案外簡単に解決した割に随分と遠回りをしたなあ。
全然スッキリしない。
相変わらずの曇り空が俺の心境を表していた。




