第91話 魔族との邂逅
「それでさあ、魔族ってどこにいるの?」
「さあ。一般的に魔族は大陸の果てに逃げたって聞きますけど……」
フィーナの返答にかなり落胆する俺。
ええ……。
それは流石に無理だろう。大陸を踏破したひいじいいちゃんが称えられているくらいなんだから。
そんなんじゃあ魔族を求めて三千里しているうちに「二代目冒険王」になってしまう。
寿命が持たないって。
いや、元の世界に戻ったら「健康体」スキルが消失して病死するのは確定している以上、この世界に骨をうずめることは確定しているんだけど……。
でもこの脱げない鎧は?
先代勇者がそうだったみたいに死体が風化するまで放置されるのか?
流石に嫌すぎる。
「あら? エルフのおばさまは知らないのかしら。意外と魔族は人類の生存圏近くに潜んでいるものよ」
「……そのおばさまって言い方、やめませんか? 殺意を抑えられる自信がないので」
急に殺意を露わにするな。武人じゃない俺ですらぞわっと来たぞ、今。
「あらそう。『無駄に』長命の方はご存じなかったみたいだけど。基本的に魔族って自活能力がないから人間と交易して生き永らえてるの」
「ケント。この娘っ子、死なない程度に痛めつけていいですか?」
「やめなさいよ」
ノナはフィーナに対しての年齢いじりをやめようとしない。
そしてその間もノナの片手は指を絡める形で俺の手(籠手)と繋がれている。
どうしてこの子はフィーナに敵意をむき出しにしているのだろうか。
明確な殺意や、攻撃の意思のない、何かに対抗しているような敵意。
何に対して?
脳内に湧き出た疑問は一度脇に置いて、ノナの発言を掘り下げることにする。
「ノナはどうして魔族の事情に詳しいんだ?」
「わたしのご先祖……大魔女ノーラは魔族だったのよ。ケンジから身を引いたのはその引け目もあったからなのかもね……わたしは妥協するつもりはないけど」
じゃあノナは魔族の末裔ってわけだ。
それにしてもまあ、すぐ恋愛だの結婚だのそういった話に結び付けるのはやめないか。
「あれれー? あれれのれー? 無駄に長命な私の知るところですが、魔族って寿命は人間より長いはずでしたよね? それもエルフより!」
「……だから何?」
「ズバリ! あなたの実年齢は……」
そう言ったところでフィーナは半透明の結界に覆われ、閉じ込められてしまった。
ノナの得意な結界魔術だ。
遮音効果があるのか、中で喚いているフィーナの声は届かない。
「あんなトンチキエルフの言うことなんて気にしないで。で、話を戻すとこのダキスタリア周辺にも魔族が数人いるの。どう? すぐ行く?」
なんだか急に話が進んだな。
それにしてもノナも年齢が地雷とはなあ。
結界を解かれたフィーナとノナはにらみ合っている。互いにある程度の実年齢の見当がつくのだろうか。
仲良くしろとまでは言わないから一生そうやって牽制し合っていてくれ。
「行くってどうやって」
「エルピスの命令で結界をダキスタリア周辺に展開してあるの。ほとんどは解除しちゃったけど、魔族の縄張り近くのは残してあるわ」
「それはどうして?」
俺の問いにノナはわずかに逡巡してから答えた。
「仲間だから?」
「仲間って『パンドラ』の?」
「違う。この世界で魔族とその末裔が生きていくのは簡単じゃないの。助け合わないと」
そういうものか。かつて人類根絶のために戦争をしかけてきた相手となるとそう簡単には受け入れられないだろう。
先祖のしたことに苦労してるんだな。ノナも。
あれ? 先祖の大魔女ノーラが魔族なら、裏切り者の魔族ってこと?
「じゃあ、飛ぶから」
「急じゃない?」
俺にそれ以上の反論を許さず、ノナは新たに俺たちを囲った結界から別の結界に転移させた。
ここはどこ? 森の中?
ノナが結界を解くと、満足に剣も振るえないような木々の密集した森に転移していた。
まあ、いざとなったらEX狩刃の毒で腐食させながら斬ればいいしな。
「うわ。ちょっと瘴土の気配がしますね」
フィーナはそう言うと自分に魔術をかけた。健康促進の類のものらしい。
「このくらいの瘴気ならわたしは備えがなくても大丈夫」
ノナは木々の間を見知った道のようにずんずんと進んでいく。それに続く俺とフィーナ。
「止まれ!」
森でもやたらと通る男の声が俺たちを制止した。
「ドボルザーク。わたし、ノナよ」
「残りの二人は何者だ!? まさか貴様の先祖のように我々を売り渡すつもりではなかろうな!?」
早速揉め始めるノナとドボルザークと呼ばれる男。
目を凝らしてみると、黒髪の男の肌は青白く、右の側頭部からは立派な角が生えていた。
確かに想像通りの魔族だ。
それにしてもドボルザークって。
クラシックの人だろ。
「貴様の行動は普段から真意がわからん。鎧の男とエルフは捕えさせてもらう!」
ノナはさあ。俺にばっかり意味深な物言いをしてると思ったら、仲間にもやってたのか。
そのせいで音楽家っぽい魔族と余計な戦闘が発生しそうになっている。
アルビノ風ロリ娘なんだから、それらしく振る舞っておけばいいのに。
「俺たちに敵意はない! 話だけでも聞いてもらえないか!」
前に出て誤解を解こうとするが、俺は男が背中から抜いたものを見て噴き出してしまった。
バイオリンだ。
どうみてもバイオリン。弾く用の棒まで持ってるし。
魔族の名前が音楽家で、武器がバイオリンは笑っちゃうだろ。
「貴様あ! 私を愚弄するか! 問答無用!」
ドボルザークはバイオリンをかき鳴らす。不協和音が森に反響する。
キイイイイン。
(音波攻撃か?)
音を通して精神に干渉するような攻撃は「健康体」スキルで無効化できる。
だがドボルザークの攻撃は俺の想像の数段上をいっていた。
「フォルテッシモ!」
独特のかけ声とともに振り下ろされるバイオリン。
俺は咄嗟に避けたが、地面が鋭く抉られる。
「何がどうなって!?」
思わず本心から言葉を発してしまう。
「問答無用と言ったはずだ!」
ドボルザークは横薙ぎにバイオリンを何度も振るう。木や枝が切り倒されていく。
切断面はバイオリンでやったとは思えないほど、とても鋭利だ。
そして魔人の音楽家は一度手を止め、さらにバイオリンを弾いた。
キイイイイイイン!
また高音が空気を振るわせた。その音とバイオリンに関連性があると考えた俺は、勇者の鎧の目を強化してバイオリンを凝視する。
細かく、本当に細かくバイオリンが震えている。おそらく漫画とかアニメで見た高周波の武器だ。
(それにしても高周波バイオリンって……)
そこで俺はようやくEX狩刃を抜いた。
「魔剣ベーオリーンを前にいつまでも立っていると思うな!」
「楽器だよ、それ!」
正面から振り下ろされようとするバイオリン改めベーオリーンを受け止める覚悟で俺は叫ぶのだった。




