第89話 作戦会議
ついさっきまでそこにいた「パンドラ」の親玉で元魔王、エルピス。
奴の座っていた椅子ごと転移し、そこには最初から誰もいなかったような錯覚に陥る。
「……で、どうする?」
呆然としているオリバーとトマーシュ。あのフィーナですら何か言おうとして口を開けたり、閉じたりと忙しい。
ノナはエルピスに結界が通じなかったことがショックなのか俯いている。
そしてレイチェルはというと……。
「何アイツ……丸腰なのにこっちが返り討ちになる未来しか想像つかなかったわ……」
この娘はさっきから黙っていたと思ったら、いつでもエルピスに挑めるように脳内で戦闘シミュレーションを重ねていたらしい。
結果は惨敗だったらしいが。だって相手が魔王だもんな。
それにしても実物の魔王ってあんな感じなのか。ただの人だ。
角とか翼とか、変な色の目とかなかったね。普通の「こっち側」の異世界人だった。
「ギュノンを狙ってるって言ってたよな? そっちの線でいくか?」
「……私は反対です」
出た。マジトーンのフィーナ。
こういう時は正しいことしか言わないんだよなあ。
「エルピスは言っていましたよね。フィニスが健在のうちはギュノンに手出しができないと。実際そうだと思います。エルピスと兄さまの直接対決なら、はっきり言ってエルピスに勝ち目はありませんから」
「そんなに強いの? フィーナの兄貴……」
「だからこそ血統を重んじるギュノン帝国で、一代のうちに宰相にまで上り詰めたんです。私と対照的に兄さまは攻撃魔法しか使えませんが、私の補助魔法の数倍上の実力があります」
ええと。補助魔法しか使えないとはいえ、フィーナは推定A級魔術士の上位層だろ?
その数倍上ってなると……何級? 漫画でよく見るSSS級みたいな感じ?
「さらに兄さまは五十年かけて自らが鍛え上げた直属の魔導士団を抱えていますので」
はあ。もうすっごいとしか言葉が出てこない。
兄と妹でここまで差が出るんだ。
フィーナさん、あなたは五十年間毒沼の周辺をうろついてたんでしたっけねえ。
いや、今はその話をするタイミングではない。
「ちなみに単純に、兄貴絡みでギュノンに行きたくない気持ちはどのくらい?」
「うぐ。正直八、いや六割くらいですう……」
そんなに高いのかよ。
長命の種族だからこそ、わだかまりを抱く期間も長いのだろうか。
「うーん。でもおかしくないか? そんなに強力な宰相が五十年も君臨しているとなると、本人にその気はなくても皇帝に警戒されそうなもんだが」
「先代皇帝からすっかりと依存しきってるみたいですからねえ。ギュノンの主戦力は兄さまの育てた直属と、さらにその直属が指導した魔術士軍団ですから」
そうなんだ。エルフが何年生きるか知らないがダメな運営の国なんじゃないのか。
要するに「フィニス教室の卒業生」だけで国を回してるってことだろ。
フィニスの跡を継いだ次の実力者なんて何をするかわからないわけだし。
「でもフィニスに欲はないのか? ここまで聞いた感じだといつでも皇位簒奪ができそうじゃないか」
「変わってるんですよ。ギュノンが跡目争いで弱体化して国家間のパワーバランスが乱れたとき、急に出てっちゃったんです。出世欲だけならケントの言う通り、前代未聞のエルフ皇帝誕生のはずなんですけど」
パワーバランス……ねえ。
フェブラウも王位継承でわちゃわちゃしてるし、ダキスタリアはスキルによる国家発展に注力してるしで、わざわざバランスを取る必要があったんだろうか。
やっぱり出世目的なのかなあ。エルフの里にいる限り、栄達だの立身出世なんか無縁そうだし。
まあ、それにしてもさっきからフィーナはフィニスについて饒舌に語るよな。
なんやかんやまだ兄貴のことが好きなんじゃないのか。これ言ったら怒られそう。
「じゃーどうするつもりなのよ。オリバーもトマーシュもアタシも動けないわよ。ダキスタリアの守護兵団なんだから」
「いえ、総隊長は逆に奴らを追う手助けをしてください」
「なんでー!? アタシこのダキスタリアで最強の剣士なのよ!」
オリバーとトマーシュが目配せする。
もしかして、この自由奔放な怪物を遠ざける口実が欲しいんじゃないだろうか。
「奴らの目的……青の『英霊の宝玉』は既に盗まれてしまいました。急ぎ追っ手を差し向ける必要があります」
「総隊長。敵である『パンドラ』は底が知れません。故に数だけを揃えても意味がない。なので『最強の剣士』を送り出すというのはいかがかと」
オリバーとトマーシュが代わる代わるレイチェルを追い出しにかかる。
「そ、そうよね! わらわら足手まといがついてきても仕方ないもの! 剣聖レイチェル、行ったるわよー!」
まんまと口車に乗せられるレイチェル。まさか、俺たちに同行するつもりなのか。
「君はどうする。ノナ」
「あなたに付いていくわ。未来のフィアンセだもの」
爆弾発言を放ったノナを、フィーナが歯をむき出しにしてにらみつけている。
いくら「パンドラ」の元幹部級とはいえそこまで警戒する必要があるとも思えないが。
「フィアンセって……二回しか会ってないじゃないか」
「そう。だから『未来の』フィアンセ」
待て待て待て。
現状のパーティですらどうにもならないときがあるのに、暴れん坊剣聖とミステリアス元敵幹部少女の追加なんて扱いきれるわけがない。
助けてくれ。
「失礼するわ。そちらに男の子の治療士がいたでしょう? 彼に診てほしい人たちがいるんだけど」
入ってきたのは「リスクジャンキー」の魔術士メリッサ、深いスリットから覗く生足がまぶしい。
「あー、ルーカスとアリウスがしてるっていう喧嘩の話?」
「喧嘩なんてもんじゃないわよ。殺し合いね」
しばらくうちのレディースチームが大人しいと思ったらこれか……!
どうして俺の周りには血の気の多い連中ばっかり集まるんだ! なあ!?
「ちょっと外すから次の目的地についてもう少し詰めておいてー!」
「素性から洗うのはどうですか、魔王エルピスの過去を知る人、とか……」
何だかめちゃくちゃ気になるところで話は聞こえなくなった。
慌てて守護兵団の建物を飛び出すと、往来に倒れたルーカスとアリウスの姿が。
全身には小さな切り傷。それぞれの剣と鎌は石畳の上に転がり、その石畳は所々血で汚れている。
しかし二人は満足げな表情で空を仰いでいる。
「路上で斬り合うんじゃねえよ」
「お前さん、いけ好かない野郎だと思ってたがやるじゃねえか……さすがは『聖騎士』アリウスってところか」
「君こそ目覚めかけの霊剣で僕とここまで渡り合うとはね。傭兵稼業だと思って侮っていたよ」
無視すんな。この似非青春漫画野郎どもが。
そしてどこからともなくエドガーがやって来て治療し、走り去っていく。
お仕事お疲れ様です。
ゆっくりと起き上がったアリウスは俺を見ると途端に態度を変え、一言問うた。
「ジークの最期はどうだった」
そこで初めて俺とアリウスはジークについて、それぞれの因縁を語ることになるのだった。




