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第88話 エルピス再臨

 例の「パンドラ」が「いい組織」だということには驚いたが、それ以上に早急に対応すべきことが目の前にあった。


 あの男がいつの間にか、この部屋にいるのだ。


 会議室のテーブルを囲む椅子の一つに、最初から座っていたように。


 黒いスーツにシルバーのネクタイ。結婚式にでも来たかのような格好。


 つまり、「パンドラ」のリーダーであるエルピスがだ。


「や。久しぶりだね。ケントくん。途中から聞いていたが、確かにかつての『パンドラ』は困窮者をスキルで救済する崇高な組織だったよ」


「お前……!」


 俺はEX狩刃(エクスカリバー)の柄に手をかけるが、無暗な抜刀は避ける。


 他の会議出席者も同じ判断をしたようで、得体の知れない相手への攻撃を躊躇したようだ。


「なに、エルピス。わたしを連れ戻しにきたの」


「いいや? 『英霊の宝玉』も手に入れたことだし、もう君の『アバドン』は不要だよ。ちまちまと転移者を集めるやり方は僕もいい加減、なんだ……飽きたよね」


 エルピスがノナを一瞥だけして告げた。


 彼がノナに向けた視線は、既に興味を失った玩具に対してのものに思えた。


 そして今、その視線は俺に向けられている。


「飽きた、だって?」


「うん。飽きてしまったんだ。ダキスタリアの転移者を集めて利用するというのはフェルナンドの案だったけど、何ともまどろっこしい。暴動を引き起こさせたのは、僕だ」


「一体何のつもりだ、貴様……!」


 割って入るのはオリバー。守護兵団の隊長である以上、当然の疑問だと俺も思う。


「ええと。僕は僕が興味のある人間としか話さないよ。悪いけど」


 立ち上がったオリバーには目を向けず、俺をじっと見据えて答えた。


「……何が目的だ?」


「前に説明したじゃないか。スキルを極限まで詰め込んだ究極の生命を創ると。青の宝玉には『創造』関連のスキルがあるからね。答えになったかな?」


「違う。何が目的で俺たちの前に姿を現した!」


 エルピスはわざとらしく肩をすくめて、にやつきながら返答する。


「犯行声明、かな」


 そこで初めてエルピスは周囲を見渡した。


「でもせっかく来たのはいいけど、小粒揃いだね。注目すべきは魔導大公フィニスの妹くらいか」


「……私は兄さまの付属品のように言われるのは嫌いです」


「それは失敬。しかし君にそれ以上の肩書きがあるとは思わなくて」


 そう言われたフィーナは握った拳を振るわせて、うつむく。


 俺の勇者の鎧越しにもわかる膨大な魔力量。それが奴に反抗した際、何が起こるかを物語っている。


 だがなあ、フィーナに正論を言って黙らせるのは俺の役割なんだよ!


「犯行声明ってわざわざ言うくらいだ。お前は転移者だか知らないが、『向こうの世界』のことを知ってるんだろ? 言ってみろよ。犯行声明とセットのありがたい言葉をよ」


「うん。それでこそケントくんだ。単刀直入に言おう。次はギュノンを潰す。いや……『潰したい』が正確かな。フィニスが健在の間は難しいからね」


「それで終わりか? わざわざ目標を言いに敵地に乗り込んでくるとは殊勝なことだな」


 俺がそう言うとエルピスは小さく手を叩いて笑う。


「そうだね。これでは目標を発表しに来ただけだ。でも一つ勘違いをしている。ここは敵地なんかじゃない。僕の庭だよ」


「お前がかつてここで『パンドラ』の在りかたを歪めたとかいう話か?」


「違うよ。ここで活動していた時期もあるが、僕は転移者だからね……『こちら側』からの、ね」


 俺はエルピスを「向こう側」……つまり俺の世界の文化にかぶれた男か、「向こう側」からの転移者だと考えていた。


 だが「こちら側」……異世界からの転移者だと?


 一体どういう……?


「魔王……」


 フィーナが小さく口にした。


 この大陸「クァークリ」を征服しかけて突如として消えた魔王の存在は以前から聞いていた。


「それが、コイツであるという確証は……?」


「記録での話になりますけど、『こちら側』からの転移者というのは、魔王以外に存在しないんです……」


「そういうこと。このクァークリのほとんどを一度手中に収めた僕からすれば、ダキスタリアも、フェブラウも、ギュノンも……庭に間借りしている集団に過ぎないんだよ」


 驚きから言葉を発せない面々を見て、エルピスは机の上で指を組んで満足げだ。


「しかし、おかげでとても見識が広がったよ。あ、結界ごと僕を転移させたのはノナのご先祖のノーラさん。もう老齢だったのによく頑張ったと思うよ」


「『向こう側』……俺のいた世界でお前は何を学んだ?」


「個としての武力や、土地の支配なんかがくだらないと思ったかな」


 俺から質問を受けたエルピスは答えながら目を輝かせている。嘘ではない、そんな気配がする。


「お前の先祖はスキルを扱う神官だと聞いたが?」


「うん。だからスキルの力で魔族を束ねて彼らの王となった。魔王が生まれながらの魔族である必要はない。矛盾はしていないね」


「個の武力に意味がないことを悟ったなら、スキルを集めた怪物を創り出す必要はないだろ」


 エルピスは首をかしげて俺に返答する。


「違うよ。君たち向こうの人類は大好きじゃないか。『カガク』という魔法が。それに『カガク』に実験は付きものだろう? 僕もやりたいんだ。この世界で『カガク』を」


 ようやく、この男の目的がわかった。


 そしてスキルを詰め込んだ存在が神でも、悪魔でもいいと言っていた意味が。


 この男はスキルというこの世界にしか存在しないものを使って実験したがっている。


 実験結果の観測こそがエルピスの目的。


「科学か。俺でもわかる範囲で教えてやろうか。おしべだのめしべだの、インゲン豆の発芽とかな」


「いいや、それは結構。独学だが生物分野は得意なんだ」


 エルピスが懐から取り出したのは、ボロボロになった小学生向けの科学の本。


「おっと。少し話し過ぎた。楽しかったよケントくん。それでは」


 おもむろに立ち上がったエルピスをノナの結界が囲む。


「ノナ、君に僕をどうこうできる力があったらわざわざ傍に置いておかないさ……カミラ、頼む」


 エルピスは「パンドラ」の転移担当であるカミラの名を呼ぶ。


 まばたきの間に、結界を残したままエルピスは消え去っていた。


 そして静寂だけが、この部屋を支配したのだった。


 だが、奴の目的が実験であるのなら邪魔をしてやればいい。


 例えば宝玉を取り返すとか、実験体にゴミみたいなスキルを混ぜ込むとかなんでもいい。


「付け入る隙は、あるぞ……!」

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