第85話 英霊の宝玉
イツキとフェルナンド、そしてノナは跡形もなく消え去った。
おそらく監獄「パンドラ」に転移者を飛ばしていた転移担当の魔術師の婆さん、カミラも関わっているのだろう。
「レイチェル、今アイツが持って行った球はなんだ?」
「なんだっけー。あれ……なんだかの宝玉……」
「知らないで済むはずがないでしょう! あなたは第一州守護兵団総隊長なんですから!」
駆け寄ってきたエドガーがレイチェルに食ってかかる。
「何よー急に……あ、もしかしてアレ『英霊の宝玉』……であってる?」
「他にないでしょう!」
「うるさーい! アタシだって初めて見たんだからー!」
フェルナンドが持ち去った青い宝玉は俺の想像以上に重要なものらしい。
何やら言い争っているレイチェルとエドガーの会話を俺なりに整理しようとしていると、フィーナたちが駆け寄ってきた。
「ケント! 無事でしたか!?」
「ああ。お前らも無事そうだな。こいつらはちょっと不味そうだ」
モニカは血に塗れたメイスを持ち、エミリーは命令魔法連打で疲れたのか肩で息をしている。
「タフすぎでしょ……モニカは……」
「エミリーさんもちゃんと野菜を食べれば体力がつきますよ!」
この聖職者もどき狂戦士の正体は何なんだろうか。
俺たち(特にフィーナ)が普段かけているストレスを発散しているのではないか。
なんかとても申し訳ないことをしているのではないか。
そんな思考を巡らせていると、「リスクジャンキー」の面々とアリウスがやってきた。
ルーカスとアリウスの顔には、どう考えても「暴走者」から喰らったとは思えない殴り合いの跡がある。
後でくっ付くからって手足を斬り飛ばす結構な異常者だもんなあ、アリウス。
ルーカスと互いに思う所があって喧嘩をしたのだろうか。
「おい『健康剣豪』、ジークについてまだ説明を受けていないぞ……!」
「この野郎を引き止めるのに『暴走者』と戦いながら取っ組み合いだ! 面倒押し付けやがって!」
またジークの話?
しかも俺を巡っての喧嘩かよ。まるで嬉しくない。
ラブコメ主人公のすごい嫌なやつ版みたいだ。
だって相手がオッサンに差し掛かった男と俺を恨んでる男なんだから。
「今それどころじゃないっぽいんで……」
レイチェルとエドガーが放つ物々しい空気を察し、流石のアリウスも黙った。
「素人質問で恐縮ですが、『英霊の宝玉』ってなんですか?」
「国宝よ!」
「ええっ!?」
難なく持っていかれたというか、結果的に取り逃がした俺が言うのもあれだけど……警備がザルじゃないか?
「正確には転移者が死ぬ際、任意で譲渡してもらったスキルが込められた宝珠です。この国ではスキルは財産ですから」
「念のためだけど君らさあ……『パンドラ』にスキルを移し替える技術があるの、知ってる?」
「だったらなんなの?」
他人事のように問い返すレイチェル。
対してエドガーが振り上げようとした右拳を、必死で左手で抑えながら叫んだ。
「だから! 守護兵団の総力を挙げて! 追うべきだと言っているんです!」
「うるっさあーい!」
レイチェルが手刀でエドガーを気絶させる。
速さに関係なく、仲間へ容赦なく振り下ろされる恐ろしく無慈悲な手刀。
「ふん。手刀も刀……剣の一種よ。文句のある奴はかかってきなさい。ここの守備をがら空きにしてどーすんのよ」
ないけどさあ。追うって言っても方法がないわけだし。
「じゃあお前さん、これからどうするつもりだ?」
その手刀の威力に臆せず、ルーカスが守護兵団総隊長レイチェルに質問する。
「そりゃあ守護兵団の戦力をまとめてー……」
「国宝を盗み終わった用済みの州にか? おすすめはしないぜ」
おうおう、言ってやれルーカス。俺はレイチェルがいつ堕印奴隷を抜くか見極めるので忙しいから。
「他の州が襲撃される可能性は? 僕の聞いた話では宝玉は複数あるそうだが」
「ぐうううう……っ」
「ダキスタリアには四つの州がありますが、襲撃があったのは第一州だけです。それに目的は青の宝玉だけでしょう」
答えられなくなったレイチェルの代わりに、起き上がったエドガーが答える。
回復はえーな。
そう思って勇者の鎧越しに目を凝らすとエドガーの身体が強い魔力で覆われているのがわかった。
つまり暴力上司に備えて常に自分に回復魔法をかけているのか……泣ける努力だな。
「何故『パンドラ』の目的がその青い『英霊の宝玉』だと言える? その根拠は?」
「青の宝玉はダキスタリア建国に関わった『冒険王』トドロキ・ケンジと彼の仲間たちのスキルが込められているからです」
またひいじいさんの話? いや、待てよ……それって何が駄目なの?
「なんでひい……トドロキ・ケンジ関連のスキルがパンドラに渡ると不味いんだ?」
「彼が大陸を踏破したのはまだ魔物も多かった時代です。仲間のスキルを含めて単純に強力なんですよ……特に『創造』に関するスキルが」
「『創造』?」
俺の頭の中で何かその言葉が引っかかるのを感じた。創造……なんかを作る……誰かが言ってたような……。
「我々人間の生存圏であるダキスタリア、フェブラウ、ギュノンの三国の基盤を作ったのはトドロキ・ケンジです。そう、文字通り魔族に汚染された土地を作り変えるところからです」
「あー! あー! わかった!」
突然叫び出した俺に一同はドン引きし、誰も話しかけてこない。
「いや、俺さあ『パンドラ』のボスというかリーダーと話したことがあるんだけど……端的に言うと、あらゆるスキルを詰め込んだ最強の存在を作るとか言ってた!」
エドガーが卒倒しかけ、回復魔術で復帰する。俺の「健康体」に近い運用してるね。
現実逃避したいときにできないのってしんどいよね。
「そもそもさあ、宝玉にスキルを移すって『パンドラ』と同じことしてない?」
「そうよ! だって『パンドラ』ってダキスタリアから始まったこの国の恥だもーん!」
「えー!?」
エドガー以外の全員が絶叫した。
あのアリウスもだぞ。よっぽどのことだぞ。
だが……この国を探れば「パンドラ」の真相にもたどり着ける、そんな気がした。




