第80話 剣聖レイチェル
レイチェルと名乗る少女は俺の目の前で「暴走者」たちを踊るように斬り捨てていく。
少女と「暴走者」との間には圧倒的な実力差があり、「暴走者」がいくら数で押してもそれ以上の「暴力」で次々と打ち倒されていった。
だが一人の「暴走者」を敵の剣ごと斬ったとき、彼女の剣も折れる。
剣聖の剣が折れる?
「ああー! 折れたあー! エドガー、次の剣!」
「治療中です! 今治療を放棄すればこの方は死にます! 総隊長、あなたは少しやり過ぎですよ!」
エドガーと呼ばれた青年はレイチェルが深手を負わせた「暴走者」を治療している。 治療士なのだろうか。
もしかしてあの女の子、一本しかない剣を折ってしまったのか? 剣聖なのに?
レイチェルが剣を失った途端に後続の「暴走者」たちが勢いづく。
(俺が持っている剣は全部霊剣だ。その中で一番見知らぬ相手とも話が通じそうなのは……)
「堕印奴隷! あの子に力を貸してやってくれ!」
俺は堕印奴隷をレイチェルに向かって投げた。「剣豪」スキルの上位互換っぽい「剣聖」なら堕印奴隷を使いこなせるだろう。
「サンキュ! ……ってこれ霊剣じゃん! 普通のはないの!? 安物でいいから!」
堕印奴隷を受け取るもレイチェルは彼女を解放しようとしない。いや、できないのか? 剣聖だよね?
その間にも「暴走者」たちの群れがレイチェルを飲み込もうとしている。
逆に俺たちはどうして動かないかというとエミリーの命令魔法が強く効きすぎて起き上がれないのだ。
「情けないな。援軍として連れてきた僕の信用に傷が付く」
一陣の風と共に次々と「暴走者」たちの手足が宙を舞う。大鎌を振るうアリウスだ。
「これ以上! 怪我人を! 増やさないでください!」
「僕のスキルは『接合』だ。手足を繋ぐくらいできる」
エドガーの抗議に涼しい顔でアリウスは言ってのける。
その言葉に苦い顔をしたエドガーは先ほどの治療が終わったのか、レイチェルに一振りの剣を手渡した。
街で守護兵団の兵士が身に着けているような、何の変哲もない剣。
「もうちょっと質のいい剣を使うか、霊剣でも使えるようになってください! というかそもそも自分で持ち歩いて下さい!」
「『剣聖』スキルは『好みで剣を選んじゃいけない』っていう制約があるって何度言ったでしょ!? それに自分で何本も持つのはかさ張るからやーだもーん!」
偽物の剣聖かと疑っていたら何だかそういう事情があるらしい。ようやく立ち上がれた俺たちはアリウスや「剣聖」レイチェルの元に合流する。
「要は『質の低い剣』って選び方をしてるじゃないですか!」
「そんなことをアタシに言ったってしょうがないでしょ! スキルを作った偉い人に言ってくーだーさい!」
言い争う二人の間にルーカスが割って入る。
「よう嬢ちゃん。お前さんが総隊長ってのは本当かい? まああの腕前を見せられちゃ納得せざるを得ないけどな」
「あ。増援の人ー。そうそう、何人か取り逃がしたから君たちで追いかけてくれない? 総隊長権限で今から何かあったら君のパーティの責任だからねー! 任せたから!」
「そういうことは早く言って欲しいもんだがね! 出だしから運の悪い……行くぞお前ら!」
かわいそうなルーカス率いる「リスクジャンキー」の面々はレイチェルの斬撃の嵐をかいくぐった者たちを追って走り出す。一応第二陣の配置はしてあるようで、守護兵団と「暴走者」の戦闘音が聞こえてくる。
「でー。君たちの方はアタシの後衛をお願ーい。アタシが敵の八割を削るからキミたちで残りを削ってねん。ちなみに今戦ってる第二陣が最終防衛ラインだからー、そこを突破されたらうちの衆長さん死んじゃうカモ?」
堕印奴隷を手渡しながらレイチェルはさりげなく重要なことを言う。
「それは責任重大だな。衆長が死んだらどうなるんだ?」
「知ーらない。アタシ政治に興味ないし」
どうしてこんな娘が州……県みたいなもんか? の軍事組織の長なんだろう?
ついでに俺は「暴走者」の襲撃があるまで疑問を解消しておこうと思った。
「どうして『剣聖』になると剣を選べなくなるんだ? 元あった『剣豪』スキルは上書きされて消えるのか?」
「……知らなーい!」
形だけではあっても「剣豪」と呼ばれる身としてはそれが気になってしまう。レイチェルが堕印奴隷を扱えれば「暴走者」なんて一息に鎮圧できるんじゃないか。
逆に死者が出る危険性もあるけど。
「それ、その人的には地雷なんで僕が答えます。本来『剣豪』スキルが上書きされて消えるなんてことはありません。霊剣を使役できる『剣豪』スキルと、どんな剣でもその性能を最大限発揮する『剣聖』スキルは本来両立し得るものです」
代わりにエドガーが答える。というか「地雷」なんて言葉が通じるのか。かなり最近の転移者がいるんだな。
「ですが総隊長が剣を選ぶことができないのは……」
「うるさいうるさいうるさーい! アンタに言われるくらいなら自分で言うわよ! アタシは生まれつきの『剣聖』スキル持ちなの! だからアタシには前提の『剣豪』スキルがなくて、本来『剣豪』が打ち消す『剣聖』の武器を選ばない縛りが残っちゃうワケ! 好きな話題じゃないから一回で理解しろ!」
ふーん。生まれつき「剣聖」なんて最強っぽいけどデカめのデメリットがあるんだな。バグっぽい話ではあるけど。
「まあ鍛錬次第で『剣豪』スキルを後天的に習得することは不可能ではないはずなんですが……」
「だからうるさいってのー! 斬り合いは好きだけど努力は嫌いって言ってるじゃない!」
うーん。自業自得な部分もあるのか?
「ケント! 次の波が来ます! のんきに話してる場合じゃないですよ!」
「よーしストレス解消に斬るかあ! でもいいなあアタシも霊剣ほしーい!」
気分転換感覚で人を斬らないでください。
「暴走者」第二波との戦いもレイチェルによる一方的なものだった。
一応レイチェルは俺たちを巻き込まないように立ち回ってくれている。その分撃ち漏らした「暴走者」は増え、それらは俺とモニカで対処する。
「ケント~! 【麻痺】が効きませ~ん!」
お得意の補助魔法が通用せず半泣きのフィーナ。いつもこの位の可愛げがあればいいのに。
「じゃあモニカをサポートしてくれ!」
俺はEX狩刃の毒を昏睡仕様にして「暴走者」を鎮圧していく。
「ごめんなさい! 【治癒】! ごめんなさい! 【治癒】!」
一方モニカは頭部をメイスで砕くと同時に治癒するというとても器用な方法で「暴走者」を鎮圧する。後遺症とか残らないだろうな。
そんな中、素早い動きでレイチェルの斬撃をかいくぐりこちらに突っ込んでくる「暴走者」がいた。
そして俺はその姿を見て息を呑む。
接近してくるのは「神速」スキルの転移者、タナカだった。




