第68話 「四星」フェルナンド
監獄「アバドン」最下層に閉じ込められた二人の少女。
おそらくそれは「異世界転移」の際に俺を導いた声の主。
フリンとエリンだ。
「俺は君に『異世界転移』させられたうちの一人だ。君の名前はフリン。違うか?」
「そう……わたしはフリン。この世界に貴人を呼び寄せる役割を担う者。何か用? このままだとお客様を呼べないんだが」
『おい人間。寝るな。おい! わたしはフリン、こちら側の転移を担当する者。どうやらお前は転移者として選ばれたみたいだ。理由は聞くなわからん』
俺はこの世界に転移させられた際のやり取りを思い出す。以前のフリンとは同一人物とは思えないほど弱々しい。
「フリン。仕事をサボっちゃいけませんよ。どうせここは夢の世界なんですから、いるだけ無駄です」
もう一人の「異世界転移担当者」エリン。彼女たちの着る簡素なワンピースから伸びる腕や足は、握りしめれば折れてしまうと思うほどにやせ細っている。
ひいじいちゃんがこの世界に飛ばされてきた時間軸がわからないが、魔王侵攻が大昔とされている以上、少なくとも彼女たちは百年以上転移担当者としての仕事をしているはずだ。
「また同じ夢? 夢の中は不自由で疲れて、退屈だ」
「そうですね。早く起きて仕事の続きをしなきゃいけませんね」
彼女たちは既に現実と夢の区別がついていない様子。
「君たちに聞きたいことがある。何で現世からクァークリに人を転移させる? 何で元の世界に戻れない状態の人間を選んで転移させる? 教えてくれ」
「エルピスに頼まれたから」
二人が声を揃えて言う。
「……何故?」
「クク、いけませんよ。そんなどこの馬の骨ともわからない輩と会話なんてしたら。お二人方の心が汚れてしまいますからねえ」
「誰だ!」
気配もなく背後に現れたのは、紫色のマントをたなびかせ、深紅の派手な鎧を身に纏った長髪の男。咄嗟に身構えようとするも、振り向いた時点で既に俺の背に刃が向けられている。
「では名乗らせてもらいましょう。私は『パンドラ四星』の末席フェルナンド。しかし……いけませんねえ。我ら『パンドラ』の最重要機密にこうも簡単に接触されてしまうとは。カミラ女史もノナ嬢も何をやっているのやら」
「何をしているって後始末だけど。わかるでしょう?」
アルビノを思わせる純白の少女。ノナも最下層の部屋に入ってくる。
「今回の『アバドン』は潰すわ。それでいいでしょう? そこの『双子』の移動はもうカミラに任せてあるのよ。逃げ出した連中は死ぬけど」
「はあ。もったいないですねえ。カミラ女史がこの『双子』を利用して転移者を運ぶのにどれだけ手間をかけたと思っているのですか? それがわからないあなたではないでしょうに」
「『四星』とはいえ末席風情がわたしに逆らうの? あなたたちは純粋な戦力だけで選抜されたわけではないのは自分が一番わかっているでしょうに」
ノナとフェルナンドと名乗る男は何か言い合っている。しかし俺の背中を狙う刃には一分の隙もない。
「おお。怖い。確かに私は作戦遂行能力を評価されて『四星』に抜擢された身ではありますがねえ。ですが転移者のスキルは資源です。それをお忘れ無きよう」
「だから大半の有力な転移者は『加工』したと言っているでしょう? ……ねえケント。わたしと一緒に来ない? わたしの話し相手になってくれるなら、あなたのスキルを取り出すなんてことはさせないもの。あの男……ジークからも守ってあげる。元の世界に、冒険のこと。たくさんお話しましょう?」
突然のノナからの提案にフェルナンドも驚いた様子で剣を収める。だがフェルナンドはそこで何かを察したようで笑みを浮かべる。
「だ、そうですが? ジーク」
「そりゃあ困っちまうぜ、フェルナンドの旦那。『健康剣豪』のスキルを回してくれるって話だからギュノンで一仕事してきたってのになあ」
そう。ノナの背後から顔に傷のある霊剣使い、ジークが入室してきたのだ。
「上の脱走者たちはどうしましたか?」
「放置しましたがね。どうせ『アバドン』が潰れたら全員死ぬんだ。そんなことよりもこのガキは何を言ってんだか、なあ!」
堕印奴隷を「刃命」解放もなく抜刀すると流れるようにノナの背中に向けて斬りかかるジーク。
「あぶな……」
ノナに警告する間もなく、その一撃は見えない壁に阻まれ弾かれる。
「クソガキが……!」
「クソジジイが何?」
何故か「パンドラ」の構成員同士で険悪な雰囲気になっている。それを見て呆れるフェルナンドの隙を突いて俺はEX狩刃に手を伸ばす。
フェルナンドがパンと手を打つと俺とノナ、ジークの視線がフェルナンドに集中する。「双子」と呼ばれているフリンとエリンは寝てしまったようだ。
「仲間同士で争っても仕方がないでしょうに。ここは私の顔を立ててもらいましょうか。ノナ嬢は『アバドン』の撤収作業に専念する。そしてジークはこの『健康剣豪』ケント氏と戦い、勝てばEX狩刃もスキルも得るといい。逆に撤収までに決着がつかなければケント氏はノナ嬢が好きになさればよろしい? いいですかねえ?」
「何故あなたが仕切るの? でもいいわ。ケント、こんな男殺してしまってちょうだい」
そういうとノナは踵を返し最下層の部屋を後にする。
「俺も随分と嫌われたもんだ。俺は好きなようにやらせてもらってるだけなんだがね」
ジークもフェルナンドの提案も了承した様子で堕印奴隷を構える。
「いい機会だ。堕印奴隷を返してもらう!」
「かかってこい下衆野郎! 堕印奴隷はあたしたちで取り返す!」
ジークと俺、そしてEX狩刃の合意を確認したフェルナンドは満足げに頷くと「双子」の元へと歩き出す。
「カミラ女史。『双子』の保護をお願いしますよ」
フェルナンドの声がかかると突如としてフリンとエリンが玉座ごと姿を消す。
「それではお二人とも、勝負のご準備を」
「『四星』だか知らないが審判気取りか? 部下が死んでも恨むなよ」
「言いますねえ。彼には悪いですが、あなたを始末するくらい私には簡単にできますとも。しかし、ジークの働きに報いるためにこういった機会を設けたわけです。別にあなたを助けたわけではありませんからねえ」
フェルナンドが言い終える前に俺はEX狩刃を抜刀し、ジークに斬りかかる。すかさず俺目がけて投擲されるナイフ。
以前の戦闘でジークが使用した防御を貫通する武器「鎧貫き」だ。鎧で受けようとせずEX狩刃で叩き折る。
「今のそれ、高いんだがなあ!」
呪いを刀身に充填された堕印奴隷と毒液を纏ったEX狩刃が黒い火花を散らしぶつかり合った。




