第67話 監獄の真実
ヘレナの「支配」スキルを帯びた拳を両腕に受け、勇者の籠手が機能停止し事実上の手枷となった。
兜の機能である五感強化によって紙一重のところで攻撃の大半は回避できているが、狭い空間を縦横無尽に飛び交うヘレナの「衝撃付与」スキルを駆使した連撃の全てを避けきるのは不可能だ。
攻撃を受けた部位は勇者の鎧本体から供給される魔力が通わなくなり、各種加護、防御性能の向上などの恩恵などが得られなくなる。
「全身を支配したら動けないところを死ぬまでシェイクしてあげる! 鉄くずサンドバッグぅ! アハハハッ!」
(頭部への一撃だけは何としても避けろ……! 兜に攻撃を受けるのは最後の最後だ……!)
俺の本来の力でこの重さの鎧を着て動き回るような訓練は受けていない。完全に機能停止したらヘレナの言う通り衝撃で全身をぐちゃぐちゃにされて死ぬだろう。
鋭い突きを重くなった両腕で防ぐ。避けられない攻撃は可能な限り機能不全になった部位で受け止める。
「天子様がアンタがクラウスを撃退したとか言うから驚いたけど、大したことないじゃない! 前と何も変わってないし! アンタ殺して天子様直属に昇格するんだから!」
何度も同じ腕でヘレナの攻撃を受け止めたのがよくなかった。鎧の加護で支配を免れていた俺自身の両腕の感覚がなくなったのだ。
それ以降は一方的だった。両腕を使えなくなった俺はヘレナの攻撃を全身に受け続け、立っていることもできなくなった。最後に残ったのは鎧全体を統括する兜の機能のみ。
ヘレナが俺の胸に馬乗りになって拳を振り上げる。
「雑魚雑魚雑魚雑魚! キモいし、弱いし、死んだら? 予定変更。ここで死んじゃえ『健康剣豪』」
「アニキ!」
闘士の鎧たちにもみくちゃにされながらタナカが叫ぶ。
そして一直線に振り抜かれるヘレナの拳。
遠のく意識の中で、俺は勝利を確信した。
「な……んで……あ、たしが……」
目を覚ますとヘレナが俺の隣でうつ伏せに倒れていた。嘔吐した後があり、全身が汗にまみれ床を濡らしている。
「鎧の機能を全停止させただろ。それだよ」
起き上がるとめまいがしたが「健康体」スキルの影響ですぐ治る。
ただこのスキルには外傷の治癒能力はないので、ヘレナの一撃で頭部を怪我していないか頭を振ったり軽く兜を叩くなどして一通りチェックしているとヘレナの恨み言が聞こえた。
「理由に……なってないだろ。クソ、野郎……」
「なってるよ。グルースレーの戦いで鎧に浄化した毒を込めておけることがわかったからな、今回もそうしておいただけだ。それが鎧の完全機能停止で全部垂れ流されたんだよ」
ヘレナはガリガリと石の床を爪で引っかきながら少しでも動こうとする。凄まじい執念だが動くことは叶わない。
「安心しろよ。死にはしないから」
そして、後遺症は残るかもしれないが命に別状はないはずだ。
「EX狩刃」
「わりい。何でかしらんが寝てたわ」
鎧の機能確認やEX狩刃の反応からヘレナの「支配」スキルから脱したことを確認する。
同時にタナカと取っ組み合っていた闘士の鎧がガラガラと崩れていく。
「ふぇふぇふぇ。使えない小娘だこと。でもねえ。お前さんたちがこの監獄の仕組みに気付かない限り外に出ることも仲間を助けることもできないよ。ふぇふぇふぇふぇ!」
気味の悪い笑い声を最後にカミラの声は聞こえなくなった。
「リサさん、タナカ。大丈夫か?」
「うん。タナカくんのおかげで。ありがとうね」
「流石アニキ! すごいッス! 敵の親玉を倒すなんて!」
二人は無事そうで少し安心する。あとタナカは意外と頼りになる。
「ここの親玉は監獄の管理者のノナだよ。それにあのカミラとかいうババアも重要な役割を担っているはずだ。さっきのヘレナは精々実働部隊だろうな」
すると動かない鎧を見ながらリサが挙手をする。
「私、気付いたことがあるんだけど試してもらってもいい?」
リサの案はタナカに闘士の鎧を着せるというもの。
これで敵に紛れようということか? でも操っていたヘレナが倒れた今、逆に不自然じゃないか?
「着ましたけど。なんスか?」
「タナカくんが最初に倒した鎧が看守役だとして、看守が牢獄部屋に入れないなんてことないでしょ? さっきの女の子だって鎧を一緒に連れてきてたし。もしかして鎧を着てるか、連れてるかどうかで扉の行き先が変わるなんてことないかな?」
元教師であることが関係あるかはわからないが、随分と冴えた考察だ。
「試してみよう」
タナカを連れて再び部屋の外へ出ると先ほどのどこまでも続く廊下とは様相が違っていた。俺たちは巨大な螺旋階段の上層部にいる。一定の間隔で俺たちが出てきたような扉があり、おそらくはそこに転移者の囚人たちがいる。
ビンゴだ。
近くにある扉をタナカが開くと、守護兵団の制服を着た兵士たちが閉じ込められていた。例によってツタで開錠していくリサ。
戦闘要員が増えたことで余裕のできた俺は気になっていた「あること」を確認することにした。
「タナカと守護兵団の人はリサさんを守りながら捕らわれた人たちを解放してくれ。俺は最下層に用がある。用心しろよ」
「了解ッス! アニキもお気をつけて!」
俺は空の闘士の鎧を一体引きずり、螺旋階段を駆け降りながら一つの可能性を考察する。
転移者の無差別転移。だがワープホールは縁の深い場所、人物や事前に設定した地点にしか繋げられないはずだ。力技で目視で転移させた例もあったけど。
もし、この監獄に全ての転移者と縁のある者か物が存在するとしたら?
もし、この監獄が本来その存在を閉じ込めるために存在するものだとしたら?
もし、その存在がこの監獄で「パンドラ」の支配下で働いていたら?
全て推測の域を出ない。だが俺の考えが正しいとすると……!
俺は階段を降り、最下層にたどり着く。そこには大仰な巨大な扉があった。
EX狩刃の毒液で無理やり開錠する。ノナがあえて魔術的防御ではなく鍵で扉を管理していたことが幸いした。
扉を開けるとその先は無数のケーブルやチューブで床が埋め尽くされていた。何の用途によるものかはわからないが。万一に備えそれらを踏まないようにしながら中央へ進んでいく。
無数のチューブは中央にある二つの玉座を思わせる椅子に繋がっていた。
そして椅子にはそれぞれやせ細った少女が二人。見た目は双子のようにそっくりだ。尖った耳からしてエルフなのだろうか。
「誰?」
二人の片割れが、閉じていた目を開け問いかける。
俺はその声を知っている。
それは口調こそ全く違うものの、俺をこの世界に送り込んだ「異世界転移担当」フリンの声そのものだった。




