第64話 監獄「アバドン」
煙幕が晴れると、俺は牢獄の中に閉じ込められていた。
薄暗く、じめじめしている。そしてカビの生えた寝台以外に生活感のあるものは見当たらない。
(もしかして俺まで転移者として捕まった!? ミイラ取りがミイラかよ……!)
さび付いた鉄格子を掴み力を入れるが、魔術的な防護がなされているのかびくともしない。格子の隙間から腕も出せない。
ならこれだろ!
「EX狩刃!」
鈍い金属音と共に弾かれるEX狩刃。すると守護精霊姿のEX狩刃が牢獄に似合わぬセクシー姿で現れる。
「元聖剣のあたしの一撃がこうも簡単に……! クソ!」
俺もこうなるとは思っていなかった。問題はEX狩刃自身の切れ味に加え、毒液による浸食も通用しなかったことだ。
力技でも毒でも駄目。こうなると俺が外に出る手段はない。
「あなた専用にチューンした独房なんだけど。どう? 気に入ってくれた?」
石壁ならどうにかならないかとあれこれ試行錯誤していると突然背後から声がした。まだあどけない少女の声。
振り返ると病的なまでに色白の少女が立っていた。白い髪と赤い目の牢獄には不釣り合いな容姿をしたその少女は、目と同じ色のカチューシャをしている。
(子ども……? いや、どうせ真っ当な奴じゃない。ロリババアかもしれないし。とにかく動揺していることを気取られるな……!)
「わたしはこの監獄『アバドン』の管理者ノナ。あなたにはきっと鎧の力で強制転移の武装解除が通じないからこうさせてもらったの。どう? 出られないでしょう?」
「そうだな。それにしても『パンドラ』の力でもこの鎧を外せないなんて驚きだ」
兵士が消失した現場に武器や防具が散乱していたことを思い出しながら、嫌味と少し残念な気持ちを込めて言う。
「あなた、面白いのね。普通は本物の勇者の鎧を奪われなくて安心するところでしょう? 強がってるの、わかるわ」
鎧は本当に一旦外したいんだけど、一々反応してやる義理もない。転移はともかく俺を閉じ込めている張本人なんだから。
「『パンドラ』であることは否定しないんだな」
「こんなことをする組織が『パンドラ』以外にある? その程度、あなたならわかるでしょうに」
否定する気はないらしい。まあ転移者の失踪なんて確かにこいつら以外に考えつかないけど。
「どうして毒もEX狩刃も通用しないんだ? まるで俺が来るのを待ってたみたいじゃないか」
「あなたの戦闘データなんていくらでもあるもの。ジーク、ガレセアの領主、アクセル、ヘレナ、リュカ、アラン、クラウス……そのデータを参照するだけの話。簡単でしょう?」
今まで戦ってきた「パンドラ」メンバーたち。そいつらの戦闘データから俺の対策をしたと? そしてわざわざこんな専用の独房まで作った?
「へえ。なんで今になって俺の対策を? 俺が『パンドラ』と敵対し出したのなんてそんな最近の話じゃないと思うんだけどな」
「それはあなたが『パンドラ』内で大したことない存在だと認識されていたから。『星落とし』クラウスの術式を潰す瞬間までは。わかるでしょう? あなたの活躍でフェブラウとギュノンの戦争に紛れて転移者、非転移者問わずスキルをかき集める計画が頓挫したの」
非転移者のスキル。即ち習得した技能がスキルにまで昇華したもの。例えば剣士が剣の道を極めれば「剣聖」や「剣豪」のスキルを得るといった具合に。
ダキスタリアへの道中で聞いたが、リサが転移してきた際は死の直前に転移担当者のフリンだかエリンだかに教えてもらえたらしい。常人が習得できるスキルより特殊なスキルを取得した方が特だと。
俺はあいつらに何も教えて貰えなかったけど。
「ああそう。じゃあもう俺にはお手上げだね。それにしても『健康体』のスキルなんか誰が欲しがるんだか」
この空間の情報をさりげなく得ようと俺は寝台に寝転がる。
周囲にさりげなく目を配ると円状の空間の外縁部が全て独房になっているのがわかる。中央にノナ。対面の牢には誰もいない。
せいぜいこの空間に閉じ込められるのは十人程度だろう。きっと同じ作りの空間が無数にあるはずだ。
「それがいるの。知ってるでしょう? 『刀剣蒐集者』のジーク。彼がEX狩刃とそれを扱うための『健康体』を欲しがってるんですって」
よりによってだな。堕印奴隷を俺たちの目の前で奪っていった因縁の男。
「ハッ! そんなもん死んでも嫌だね! 毒溢れさせて自壊してやらあ!」
EX狩刃が口を挟む。無理だろ。
「あいつは今どこだ? 俺のスキルを奪いに来るのか?」
「この間まではギュノンで暴れてたはずだけど……知らない。あんな男」
「君は随分とおしゃべりなんだな。他にどんな秘密があるのか教えてくれよ」
煙幕が張られる直前にした声は明らかにノナの声ではなかった。それにダキスタリアと同時にギュノンでも何かしているらしい。このノナと名乗る少女から引き出せる話は色々あるはずだ。
「ノナって名前で呼んでくれたらもっとお話してあげる。元々囚人しかいないような場所だから暇なの」
「じゃあノナ。ここから出られる方法は?」
「あなた、随分とせっかちなんだ。嫌いじゃないけど。簡単な話、牢を開けるのは鍵しかないの。わかるでしょう?」
ノナはじゃらじゃらと音を立てながらポケットから眩く光る鍵を一本取り出した。
これが俺の牢の鍵。奪えれば……無理だな。
この鉄格子からは腕を出すことすら叶わない。なら少しでも情報を引き出すとするか。
「魔術で強化した牢なのにわざわざ普通の鍵を使うんだな。奪われたり失くしたりする心配は?」
「そうね。これは普通の鍵だから。そういうこともあるでしょうね」
「じゃあノナはどうしてわざわざ鍵を何本も持ち歩くんだ? 魔術で施錠すればいいだろうに」
するとノナはいたずらっぽく笑って鍵をポケットに戻した。
「『刻傷魔術』というの。完成した魔術にあえて隙や欠陥を作ることで、術式自身がそれを補おうとして『隙』以外の部分がより強固になる。勉強になったでしょう?」
魔術は俺の理解の範囲外だ。だがあえて鍵という「隙」を作っているということはわかった。そしてノナ自身はその「隙」に自らの力で十分対処できると考えている。
「またお話しにくるわ。あなたも楽しかったでしょう?」
「それまでに俺がここを脱出してなかったらな」
「そう。じゃあまたお話できるのね。お元気で」
「ああーどうすっかなあ」
逃げ出す手段も思い浮かばずカビ臭い寝台に横たわっていると外から格子が軽くノックされた。
またノナか? 随分と早い再登場だな。
起き上がりながら正面に目を向けると、そこにはリサが立っていた。
「リサさんもここに? でもどうやって……」
「シーッ。静かに」
リサが床に手をかざすと細い木が生え、するするとツタが鉄格子に伝って伸びていく。
なるほど。そんな手があったとは。
ツタが鍵穴に到達する。鍵穴の内部でカチリと音がした後、鈍い金属音を立てながら扉が開いた。
「私のこのやり方で連れて来られた人たちを助ける……でいいよね?」
「ここに俺たちを転移させたやつもいるかもしれない。気を付けていこう」
こうして俺たちの監獄「アバドン」攻略が始まった。




