第62話 歴史の勉強
フェブラウ王国とダキスタリア共同体を隔てる最後の山を登ると、ダキスタリアという国の全貌が明らかになった。
一面の海と巨大な港町だ。そういえばこの世界で海って初めて見たな。
「あれって海よね! 初めて見た!」
「エミリーってば海を見たことなかったんですか? 経験豊富な冒険者である私の解説を聞かせてあげましょうか」
大はしゃぎのエミリー。そしてフィーナが水を差す。
「いらないわよ! ……でっかい湖でしょ!」
「違いまーす! なんとあの海の水、全部塩水でできてるんですよ!」
「嘘ばっか!」
この世界の海が俺の世界の海と同じだったらまあそうなんだけど。そういえば今まで状況に追われてばっかりでこの世界のことを聞く機会があまりなかったなあ。
せっかくだし何か聞いてみるか。まずは……そうだな。
「ダキスタリアってフェブラウとどう違うの?」
「海よ。海といえばダキスタリア、ダキスタリアといえば海。そうじゃない?」
「それ以外にも転移者の積極登用や正規軍ではなく義勇軍の『守護兵団』の運用など、フェブラウ王国と異なる点は様々あると思いますけど……」
エミリーの雑な説明を補足するモニカ。へえ「共同体」って名前から変わってるとは思ってたけど、独自の制度が色々ありそうだな。
というか……。
「え? フェブラウって海ないの?」
「ないけど。海がダキスタリア以外にあるわけないじゃない」
どういうこと?
フェブラウがギュノンとダキスタリアと隣り合っているのはわかるけど、その二国と接していない土地はどうなってるの?
突き進んでいけばいつか海に直面するだろ。
「あー。わかんないよね。私たち転移者たちにこの感覚は。フェブラウ、ギュノン、ダキスタリアの三国がある大陸は『クァークリ』っていうんだけど、ホントはもっとバカでかいんだって。同じ規模の国があと十国は収まるくらい」
「へえ……? 縮んだの?」
リサの説明に余計に混乱する俺。そんなに土地が余ってるならフェブラウもギュノンと小競り合いなんかしてないで、国土を広げる方向に努力すればいいんじゃないか?
「ふっふーん! ここからは人間と自然の長い歴史を見守ってきたエルフ族代表として私が説明して差し上げましょう! ズバリ! 三国以外の土地は全部瘴土となりました!」
「瘴……土?」
「うーん。ぺんぺん草も生えない呪われた土地って言うべきですかね」
新しい概念や単語が次々と出てきて余計混乱する。俺はこの世界を三国だけで完結した島だか大陸だと思っていた。けど十国分の土地が余っててそれが全部荒れ地?
一体何が何だか。
「大昔にあった魔王軍の侵攻のせいなんです。魔王はクァークリの南側から進軍を開始し、それと同時に人類根絶のために土地を汚染していったんです。最北端にある三国を残して人類は敗北に敗北を重ね、ドワーフやエルフも生活の拠点を移さなければなりませんでした」
そんな人類存亡の危機があったのかよ。
でも三国は残ってるってことは魔族に勝ったってこと?
それとも魔族に温情をかけられて、鳥籠の中の屈辱を忘れて小国同士小競り合いしてるってこと?
いや、待て。そういえば前に聞いたことがあるような……!
「でも、クァークリ統一を目前にして突然魔王が消えてしまったんですよ。理由については諸説ありますが、消えたという事実に変わりありません。そこで指揮系統が乱れた魔王軍を当時の勇者一行が総崩れにさせ、魔族のほとんどは討伐されたとか。末裔がクァークリ最南端で細々と生きているという噂もありますけど、まあ噂ですね」
「魔族と魔物の違いって何?」
「魔物を支配して操れるのが魔族。無条件に魔族に従うしかないモンスターが魔物。そして大昔に魔族が連れてきた魔物は瘴土で独自の生態系を築き、人間の生活圏にも入り込んでくるわけです」
はあ~。へえ~。そんな壮大な歴史がこの「クァークリ」にあったんだ。
それにしても何で魔王は急に消えちゃったんだろう。
「まあ、歴史の授業はこんなところです。ダキスタリアは転移者でも普通に生活できる国なので知っておかなくても大丈夫ではあるんですが、まあ今後のために覚えておいてください!」
フィーナが過去一賢く見える。でも、補助魔法の実力といいものすごい努力家なんだろうなあ。実は。金銭感覚やモラルだの色々と直ればいいんだけどなあ。
かわいいはかわいいわけだし。
「何です。私の顔をじろじろと見て」
「いや、別に……」
そんなこんなでフィーナの授業を受けながら下山すると関所のような石造りの建造物が見えてきた。
「一応荷物を調べさせてもらうぞ。あと入国理由も聞かせてもらおうか」
「行商です。鎧の人は護衛です」
フィーナがエリーゼに持たされた装飾品や宝石を見せる。
「ほう。随分と良い品だな」
「ホントですよねー。私が欲しいくらいです……あ、私は雇われの身なのでそういう意味です誤解なきよう」
エリーゼは特Aランクなら国境程度は素通りできるとは言っていたが、副官サイラスの案で念には念を入れて行商の真似事をしている。
フィーナが失言しかけたが無事関所を抜けしばらく歩くとダキスタリアの門に到着した。
城塞都市のグルースレーはともかく、フェブラニアよりも低い城壁はダキスタリアに外敵がいないことを示しているように思える。
一応エリーゼの用意した商人としての身分証があるので、市街中央の市場を目指す俺たち。街全体に活気があり、人々の表情もどこか明るく見える。
そんな時。
「どけどけどけどけ!!」
「待てガキィ!」
薄汚い身なりの少年が一直線にこちらに向かってくる。それを追いかける兵士。
勇者の鎧で強化された視覚で少年が財布のような物を持っているのがわかる。
俺はすれ違いざま、素早く少年の襟首を掴むとそのまま持ち上げ兵士に引き渡す。
「盗みはよくないぞ。悪い大人になるからな」
フィーナをチラ見しつつ俺はその少年に言った。さっきは褒めたが悪い大人の見本でもある。
「余計なお世話だ! クソ野郎!」
スリの少年の吐いたつばを頭を動かして避ける。うーん悪い大人の素質ありだ。
「またお前か!? こんのクソガキが!」
兵士が躊躇なく少年の腹を殴る。その場にうずくまる少年。
「おいおい。いくらなんでも子ども相手にやり過ぎじゃないのか?」
「何だあ? 『守護兵団』第一大隊のホープであり転移者でもあるこの俺、タナカ様に逆らおうってのか?」
タナカって。また日本人の転移者かよ。
「無視してんじゃねえ、ぞ!」
タナカから凄まじいスピードのパンチが放たれた。脅しのつもりだったのかその拳は俺の兜に届く前に寸止めされたが、その時点で反射的に俺の右拳がタナカのみぞおちを突いていた。
「うおえええええ!」
やってしまった。ダキスタリアに到着してわずか三十分ほどで兵士をぶちのめしてしまった。
「自首したいんで『守護兵団』の詰め所を教えてもらっていいですかねえ」
集まってきた野次馬に俺は呼びかけるのだった。




