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第47話 その名は「希望」

 翼の生えたサメが城壁を突き破って会議室の中心でのたうち回っている。


 とっさにフィーナが張った防壁越しに俺たち「健康剣豪大冒険団」の四人とガストンは唖然としながらそれを見ている。


「なんですか……アレ……」


 フィーナは呆気に取られながらも防壁を解くことはない。間抜けた光景とは裏腹に、運悪く直撃を受けた執政官の一人が護衛ごと身体を食い千切られて死んだからだ。


 他の執政官やユーステスはそれぞれ護衛に付いている者に守られている。そしてフレデリックは座ったまま微動だにしない。


「サメだよ!」


「サメって何よ! 魚のキメラ!?」


「天の御使い……?」


 俺の返事にエミリーが怒鳴る。


 モニカは何かサメを神々しい生き物だと勘違いした様子。正気?


「知ってるのか坊主!? 悪いが俺も初めて見る! どんなモンスターだ!?」


「サメは……サメだろ! でも元のサメは飛ばない! だからキメラだ! どんなスキルを持たされてるかわからないぞ!」


 こいつらの反応を見るにどうやらこの世界にサメはいないらしい。


 歴戦の戦士であるガストンですらその初めて見る異形故に出遅れたのだろう。見たところホオジロザメだろ、これ。


 待て……桃太郎キメラといい、つまり敵側に俺のいた世界の知識を持つ人間がいるってことか?


 そいつがサメを模して、もしくはサメを一から作った……?


 どんな、どんな才能の無駄遣いだよ。


 そして一同が初めて見るサメのキメラに対し出方を伺っていると、サメは翼を動かし二メートル程の高さで静止した。


(執政官を守らなきゃいけない護衛は下手に動けない……俺が前に出ないと!)


 俺がフィーナに防壁を一瞬解くように告げると、次の瞬間薄茶の影が一直線にサメに向かっていった。


「おさかな!」


 今までどこにいたのか衛兵隊長の猫、ポコがピンクのマントを翻しサメに突撃していく。


「迂闊だぞポコ!」


 ガストンの言う通り、サメキメラの大きく開かれた口の内部には水流のようなものが渦巻いている。


「ブレスが来ますよ! ケント、防壁は閉じます!」


「ポコ!」


 ガストンの静止にも関わらず、次々と繰り出されるブレスを回避しながらサメに接近していくポコ。避けた先にあるものなど気にする素振りはない。ブレスの直撃を防壁に受けたフィーナが悲鳴を上げる。


 そして子猫は木の棒を片手に脳天をカチ割るべく飛び掛かった。


 しかし、サメキメラもその瞬間を誘っていたかのように今までより間隔の短いブレスを放つ。


 今まで放っていたブレスは間隔を偽装したもので、あえて隙を作っていたのか?


 サメの癖に賢いじゃねーか……! いやそんなこと言ってる場合じゃない。あの猫がやられるようなことがあったらいよいよ俺が相手をしないと!


 水のブレスが放たれた。サメキメラの眼前でそれは直撃したようで、水しぶきが上がる。


 と同時にサメキメラの巨体が落下する。会議室を衝撃が揺らす。


 勇者の鎧によって強化された視覚だからわかった。ポコは水ブレスの直撃を棒の高速回転で受け、そのまま口の中に飛び込んだのだ。


 内部で何が起こったかはわからないが、その行為がサメキメラを死に至らしめたのは事実だろう。


 落下したそれの口が血を吐き痙攣しているからだ。


 そしてサメキメラの腹部を棒が突き破る。そしてポコがマントを血まみれにしながら這い出てきた。


「ぶにゃー。まずいおさかな!」


 そうかもね。動物番組で言ってた。


 ユーステスとヨハンナが警戒しながらフレデリックに近づく。フレデリックの席には何か結界でも張ってあるのか、二匹の獣が大暴れしたのに埃一つ被っていない。


「父上、場所を変えましょう。そしてこの部屋に強力な結界を。このキメラの死体に縁ある者を起点に敵が転移してくるかもしれません」


「判断は悪くない。だが少し遅かったようだな」


 フレデリックの視線の先には銀髪の青年が立っていた。執政官や護衛にそんな人物はいなかったはずだ。


 その男は黒い現代風のスーツに身を包み、シルバーのネクタイをしていた。結婚式にでも来たかのような格好だ。


 素早く臨戦態勢に入ったユーステスとヨハンナを意に介さず、革靴の底についたサメキメラの血を床になすりつけている。


「や。皆さんお揃いのようで」


「おまえも悪いやつか!」


 真っ先に飛び掛かったポコの棒を片手で難なく受け止めながら男は軽く挨拶した。


 俺とガストン、護衛たちはフィーナたちや執政官を後方に下げながら前進するも、皆一定のところから進めなくなる。スキルの力か?


「私の首でも獲りに来たか?」


「まさかまさか。そんなことをしても『鉄壁グルースレー』の機能は維持されたままだろう? だから僕らは帝国が戦争をしやすくするためにわざわざこの地を落としに来たのさ」


 フレデリックの問いに男は挑戦的な笑みで答える。


「やはりギュノン帝国と『パンドラ』は通じていたか……!」


「さあね。あそこの宰相はやり手だよ。フェブラウみたいに簡単に食い込めたらよかったんだけど……おっと少し口が滑ったかな?」


 帝国側でもないのか……? でも帝国のために行動を起こすって? 一体どういうことなんだ……?


「なら貴様は何者だ? 『パンドラ』の尖兵とでもいったところか」


「ボスでも首領でもリーダーでも指導者でもご自由に。僕はそういった立場の者でね。意外だろ?」


 流石のフレデリックの顔にも驚きの色が見えた。


 こいつが「パンドラ」のリーダー!?


 リーダー自ら敵陣のど真ん中に?


「おおおッ!」


 ガストンが一段と全身に力を籠める。ならここで討ってしまえということか!


 それなら俺も!


「……ッ!」


 俺とガストンが一歩ずつ前進していく。


「粋がいいね。でも僕は今日君たちに宣戦布告しに来ただけなんだ。その元気は僕の部下にぶつけてくれたまえ」


 ポコを弾き飛ばし、サメキメラに触れ転移しようとするその男に俺は叫んだ。


「お前らは何だ!? どうして『パンドラ』の名前を使う!? 何のためにスキルを集める!?」


「……驚いたな。君は『パンドラ』の意味が分かるのかい?」


 俺の叫びに銀髪の男は反応した。


「箱だろ!? 災いの詰まった箱とそれを開けちまった女の話! 知ってたらなんだよ!?」


「へえ、少し君に興味が湧いたよ。僕の心を動かした君に免じて名乗りだけでもしていこうかな。僕の名はエルピス。最後に箱に残ったモノ……『希望』を意味する。そして『パンドラ』のもたらす希望によって世界を祝福する存在さ」


 銀髪の男、エルピスは微笑を浮かべて俺に告げた。

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