第45話 ひみつ
ヨハンナに敗北した後、ヨハンナは何事もなかったかのように俺を領主の居城に案内した。控室には「健康剣豪大冒険団」の三人娘が待機していて、猫にボコされる俺をフィーナとエミリーが真似していた。怒るからな。
「これからグルースレー幹部の対『パンドラ』作戦会議がありますので~。実際に『パンドラ』との交戦経験のある皆さんには期待していますから~」
「期待って何を……ですか」
圧倒的な力の差を自覚した今、どうしてもヨハンナを相手にすると敬語になってしまう。
「積極的な意見具申をです~。フレデリック様は配下の出自を気にしませんから~。だってあのポコ……猫ちゃんが衛兵隊長なんですよ? よそ者だとしても意見が無下にされることはないわ~」
衛兵隊長ポコ。不意打ちだとしても二度も敗れた相手でありクソ猫。
普段「装備も実力のうち」と内心思いながら、霊剣EX狩刃と勇者の鎧の完全装備で負けた。しかも木の棒で、純粋な力量の差だ。
苦しい勝利もあったが連戦連勝で今までやってきたはずだった。が、一日に三度も負けた。三度だぞ。
そんな俺に新たな思いが芽生え始めていた。
そう「強くなりたい」と。
待ち時間に仲間と軽口を飛ばし合いながらもこの思いは俺の胸でくすぶり続けていた。
「城塞都市グルースレーのシンボルである外壁と並び立って『鉄壁』と称される、魔術と技術の粋を集めた圧倒的防御力を誇るエレー城壁は……」
いくら田舎者設定だからといっても名所くらいは覚えておくべきだろう。そして俺は暗記するときに声を出して読むタイプ。来客用の豪華な椅子に腰かけ、冒険者ギルドでもらっておいた冊子をぶつぶつと読み上げる俺。
「なんですかそれ? 『グルースレー観光ガイド』? この後ケントのおごりでグルースレー観光があったり?」
冊子を覗き込んだフィーナはわざとらしく言う。気楽なもんだ。
こいつは全部「エルフダカラワカリマセン」で貫くつもりらしい。一応冒険者だぞ。俺ら。
「なわけあるか、勉強だよ。一応作戦会議前なんだから最低限固有名詞は把握してないと。それに遊ぶ気なのはフィーナの方だろ。何……その、手に持った……板は」
「何ってグルースレー外壁のミニチュアですけど……欲しくてもあげませんからね!」
いらねえー! すごく! とても!
気が付くとフィーナは板チョコのような黒い板を持っていた。いつの間に買ったんだよ。そもそもこれから領主とも会うのに意味不明な物を持ち込まないでください。
いつの間にかモニカとエミリーは机に突っ伏して寝ている。流石に起こそうかと思ったけど、俺が気絶している最中鎧騒動で相当駆けずり回ったと聞いた。魔力の消費も大きいだろうし寝かせておこう。
でもじゃあフィーナはどうしてこんなに平気そうなんだ?
推定Aクラスの魔術を行使できて、この期に及んで板で遊んでいるフィーナの底の知れなさ。
性格は終焉ってるが実力は認めるしかない。悔しいことに。
(今度聞いてみるか? いや、今聞いてみよう! 鉄は熱いうちに打てだ!)
「なあ、一つ聞いていいか? 大事な話なんだけど」
俺はフィーナの顔をまじまじと覗き込みながら問いかける。兜越しに目と目が合う。
「ど、どうしたんですか急に。あ、あげませんからね! これは里に帰ったとき武勇伝を語るのに使うんです! ち、近いですって!」
慌て出すフィーナ。耳の先端が赤い。そんなに焦るほどのことか? 板だぞ。
そもそも里は滅ぼすとか言ってたじゃねえか。
「フィーナはさ、どうしてそんなに強いの?」
するとフィーナはすっと立ち上がり、俺の側面に回った。強くなるエルフ式ストレッチとかヨガとかあるのか? 期待してしまう俺。
「ひ! み! つ!!」
「だああ! 耳が壊れるだろ!」
耳元で怒鳴られて俺は飛び上がった。何すんだこいつ。女の子に強いとか言っちゃダメだった?
「知りませんよーだ! そんなこと言われても生まれつき攻撃魔法だなんてひとっつも使えない出来損ないで別方向を極めるしかなかったんですー! 兄さまが魔術の才能全部持ってっちゃったんですから!」
「兄さま?」
「あっ……今のナシ!」
フィーナに兄貴? 初めて聞いたぞ。そもそもいつも里を滅ぼす滅ぼすうるさいから身寄りがないと思ってあまり家族の話に踏み込まないでいたんだけど……。
「兄貴がいるの? でもなんで今までそれを……」
「うるさいですー! ケントには関係ありませんー! あんなろくでなし、さっさと反乱起こされて失脚すればいいんですー!」
(反乱? じゃあ里を出て領主とかをやってるのか? でもこの国の領主って世襲制だろ? どういうこと? あともしかして地雷踏んだ?)
クエスチョンマークが止まらない俺にフィーナはまくし立てる。
「強くなった秘訣? 言えばいいんですか? 満足しますか? いいですよ? じゃあ言います。エルフの里史上過去にない稀代の天才、双子の兄のフィニス。その才能への劣等感でここまで努力してきたんです! 少しでも近づけるようにって!」
「フィニスって……あの帝国宰相『魔導大公』フィニス? うっそ、本当に?」
フィーナの大声で起きていたエミリーが口を挟む。が、俺とフィーナの間に漂う険悪な空気を感じ取りそれ以上口にしない。
フィーナの兄貴が隣国の宰相だって? 理解が追いつかない。
それっきりフィーナは口をつぐみ、遅れて目を覚ましたモニカだけが状況を理解できず怯えている。
そんな中で勢いよく控え室のドアが開け放たれた。
「なんだあ? お前ら……喧嘩でもしたか?」
現れたのは「ベルセルク」リーダーであり「月下の光刃」元メンバーのAランクの戦士、ガストンだった。
「なんでもない。気にしないでくれ」
「そうか? まあいい、お前らの出番だ。お偉方同士が今にもつかみ合いでも始めそうな雰囲気だ。気ィ張ってけ!」
城内をガストンに案内されながらもフィーナは黙り込み、モニカはおどおどし、エミリーは新しく見る物に興味津々だ。いつもならフィーナが金目の物を指差したりしてそれを注意したりするのに、変な感じだ。
(フィーナには後で謝らないとな……)
話す内容の整理などできない間に大きな扉の前までたどり着いてしまった俺。ガストンのいう通り、扉越しに男同士が罵り合っている声が聞こえる。
「俺も冒険者ギルド側代表として付いていてやる。ああ、ポコにはお前が味方だと刷り込んだから心配するな」
いるのかよ。アレ。
そう思いながら扉を開けると……。
入室した「健康剣豪大冒険団」一行とガストンに目もくれずオッサンたちが唾を飛ばして怒鳴り合っていた。
最初からクライマックスじゃねーか。




