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第36話 遭難

 例によってぶっ通しで魔力強化された馬が牽く馬車で森を進んでいると、突然エミリーの叫び声が聞こえた。


「ぎゃああああ! 取って! 取ってえええ!」


「何があったんですか!」


 御者役はモニカ。隣の席のエミリーに目を向けると手のひらサイズの蜘蛛が顔に貼り付いている。


「待ってろ! 余計なことするなよ! すぐ取るから!」


「嫌ああああ! 吹っ飛べえええ!」


 エミリーの命令呪文で文字通り吹っ飛んだ。馬車が。


 例の「健康体」スキルですぐ気絶から回復すると俺は周囲を見回す。


 馬が遠くに走っていくのが見える。品種改良品の馬を解き放っていいのだろうか。


 周囲は惨憺たる有様だった。パーティメンバーはそれぞれ吹き飛ばされている。モニカとエミリーは予め積んできた荷物がクッションになり怪我はなさそうだ。フィーナは?


「降ろしてくださいいい!」


 上から声がする。見上げると木にフィーナがぶっ刺さっていた。逆に器用だろ。思わず笑い声を上げてしまう。


「笑ってないで助けてくださいいいい!」





「馬車ごと吹き飛ばしてどうするんだよ」


「ごべんなざい……」


 エミリーは十分反省したようなのでこれ以上問い詰めることはしない。謝ってるし、子どもだし。


「うーん。星の位置からしてグルースレーはかなり先ですねえ。歩いていける距離じゃありませんよ。ってなんですかその目は」


「いや……フィーナが急に賢くなったから……」


「失敬な! この程度の技術、エルフなら習得していて当然ですよ! 私は習得に三倍の期間かかりましたが!」


 いらん情報を付け足すな。不安になるから。


「でも携帯食料は最低限の日数しか持ってきていません……どうすれば……」


「こんな時こそケントの『健康体』スキルの出番ですよ! かつて毒ガエルを食べても平気だったあのスキルを使いましょう!」


「え……毒ガエル……」


 引いちゃってるよ。時折壊れるけど一応大人の常識人枠だからね。


「そんなスキルを使う前に食べられるキノコとか、何か……草とか探すべきだろう?」


「ないです! ざっと見ました! この辺は毒キノコ、毒草、毒の実しかないです!」


 そんなあ。


「水は水脈が流れているのでその辺から拝借して浄化しましょう! キャンプ生活開始です!」


 なんでそんなにノリノリなの。でも手際はいい。伊達に五十年「勇者の鎧」探索をしていないというところか。


「キャンプってもいつまでする気だ? まさか偶然通りすがりが来るまでじゃないだろうな?」


「到着が遅れればエリーゼ軍かグルースレーから迎えがくるでしょう。それまでの辛抱ですよ」




 三日が過ぎた。


「いつになったら助けが来るのよ!」


 俺に手を繋がれながら味だけは良い毒の実を食べるエミリー。


「まだ到着予定から大幅な遅れはありませんから……」


 俺から顔を背けながら手を繋ぎ毒の実を食べるモニカ。未だに異性と手を繋ぐことには抵抗があるらしいが、命には代えられない。


「そうですねえ。ケントはエリーゼ王女と縁が出来たかもしれませんが、私はケントを媒介にエリーゼ陣営に転移するなんて高等技術は使えませんからねえ。使えたらとっくに特Aランクですよ」


 フィーナは【麻痺】(パラライズ)で捕らえたトカゲを焼いて食べている。貴重なタンパク質云々とかいうのは見ている分には構わないが、目の前でやられると絵面が厳しい。


「待つしかない、か……」




 一週間が過ぎた。


「俺たち、忘れられてない?」


「もしかしたら報酬を持ち逃げした悪徳パーティだと思われているんじゃ……」


 モニカが嫌な想像を口にする。また指名手配されてたらどうしよう。しかも王族に。


「暇あ~! 誰か新しい遊びでも考えなさいよ!」


 誰のせいでこうなったと思ってるの? もう少し反省した素振りを見せなさい。


「じゃあこんなのはどうです?」


 フィーナがモニカの口に割いたキノコを押し込む。え、まだ手を繋いでないのに。


「へ? ……なんかあ、身体が熱くなってきましたああ。脱いじゃっていいですかあ?」


 すごい即効性!? いや脱ぐのは結構だが、止めなければ俺のリーダーとしての沽券に関わる。


「ちくしょおおお! やめろおおお!」


 脱衣しようとするモニカを羽交い締めして「健康体」スキルでキノコの毒を打ち消す。


「ひへへへ……これはれすねえ、ヨッパライ茸っていっていい気持ちになれるキノコなんれすよおお」


 そういうと正気に戻ったモニカの口に的確なスローでキノコを投げ込み、再びモニカを酩酊状態にするフィーナ。モニカを離した瞬間にだ。何でこう無駄に器用なんだ! こいつは!


「暑い……暑いですねえ……」


「ふひへへへへ!」


「エミリー! こいつらの動きを止めろ! おい、この状況で寝るな!」


 俺たちは混乱状態の極みにあった。近くに馬車が接近していることに気付かないほどには。


「何してるんだお前ら! 邪魔だぞ!」


「誰かあああ! こいつらを止めてええええ!!」


 馬車から何者かが降りてくる。忘れようもないその顔。だが以前と違い豪奢な鎧姿だ。


「お前……白騎士か?」


「こいつらを! 止めてってえええええ!」


 そう。馬車から降りてきたのは元「緋色の夜明け団」リーダーことユーステスだった。


 ユーステスとその配下の協力もあってフィーナとモニカをなんとか無毒化することができた。


 何でこんな辺鄙なところにいるかは知らないが、ありがとうユーステス。




「それにしても何でこんなところで遭難してるんだ。何もないだろ……そういう要素が」


「内部に問題があって……」


 ユーステスは呆れた表情を隠そうともしない。逆に俺はユーステスに質問してみることにする。



「じゃあ逆にお前はなんでこんな道を通ってるんだよ。俺たちはグルースレーからの救援を待ってるところなんだけど」


「グルースレー? 嫌な偶然だな」


 どういうことだ? こいつもグルースレーに用事が? 鎧も豪華になってるしまた悪いことでもしてるんじゃないだろうな。


「何だよその疑いの目は。俺はただ帰省するだけだ。それにグルースレーは今きな臭いからな。いくら待ってても救援なんか来ないぞ」


「もしよろしければそちらの馬車に相乗りさせていただけないでしょうか? 小さくなってるんで……」


 ユーステス相手にここまで下手に出る場面があるなんて想像もつかなかった。だが今は素直に頭を下げるしかない。


「……断りたいのは山々だが、お前には『パンドラ』から足抜けさせてくれた恩がある。乗れよ」


 ありがとうユーステス! 前は真っ裸にしてごめんね! 今言うと怒られそうだから心の中に留めておくけど!

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