第19話 三十年ローン
ルドルフは嘔吐しながら転がりもがき苦しんでいる。奴の『状態異常耐性』スキルと俺が消耗し切っていたことでルドルフは命拾いしたようだ。
こちらも損耗が酷いがなんとか死者を出さずに勝つことが出来た。フィーナは座り込み、ユーステスはモニカの治療を受け、俺はなんとか生きている。そして見張りの戦士は……倒れていた。
「田舎街だが領主級の『パンドラ』構成員を倒したことに敬意を表して外の小僧は殺さないでやった。はいパチパチパチ」
相変わらず人を食ったような態度のジークは、ルドルフが敗北したことが嬉しいのか顔の傷を歪めて二やついている。
「何をしている! 私を助けろ! ジーク!」
「『剣豪』スキルは『霊剣』を扱うことはできるが、そこには日々の信頼関係が必須だからなあ。守護精霊すら出せないあんたじゃ堕印奴隷は使いこなせるブツじゃなかったのさ」
ジークはルドルフを蹴って転がすと手にした堕印奴隷を奪い取り、じっとりと鞘に刻まれた「堕印奴隷」の文字を眺める。
すると人間で例えるなら中学生ほどの女の子の守護精霊が出現する。黒い前髪は目が隠れるほど長く、不健康なほどに色白だ。こいつが今まで戦ってた「魔剣」の正体か。
「エクスカリバー……ありがとう。解放してくれて」
「ああ。だが仲良くおしゃべりしてる余裕はないみたいだぜ?」
ルドルフ邸が衛兵たちに囲まれたらしい。包囲を進める物音と指示する声が聞こえてくる。
「お前たちに二つ選択肢をやるよ。一つ、俺と戦って死ぬか。二つ、衛兵に事情を説明して街の英雄になるか。俺としちゃあ堕印奴隷を手に入れたばかりで試し切りでもしたいところだが、『悪徳領主ルドルフ没落物語』の生き証人が必要なんでね」
「堕印奴隷! 言うことを聞くな! 俺とEX狩刃が斬る!」
「おうさ! あたしだってようやく自由になった友達をむざむざと逃がすほど落ちぶれちゃないぜ!」
俺とEX狩刃はそれぞれ堕印奴隷を説得する。ムカつくが奴を倒す必要はない。時間稼ぎに成功すれば「パンドラ」に何かしらの不利益を与えることができる。例えばルドルフの生存とか、ジークの暗躍が目撃されるとかだ。
だが突然堕印奴隷は言葉を発さなくなる。ルドルフの「剣豪」スキルのようなもので操られているのだろうか。
「解放、堕印奴隷」
ジークの持つそれはルドルフの持っていた堕印奴隷とは全く異なる物に見えた。刀身は赤黒く、殺意を持った魔力があふれ出ている。
「俺のスキルは『刀剣蒐集者』つってなあ。刀剣に限りどんなものでもその真価を引き出すことができる。面倒なご機嫌取りもせずにな」
「てめえ、じゃあ堕印奴隷の意思は……!?」
「ねえよ。俺が解放した瞬間にな」
ジークは堕印奴隷の切先を俺たちに向ける。奴の顔は新しい玩具を手にした子どものように純粋な嬉しさで満ち溢れているようだった。俺は怒るEX狩刃を精一杯抑える。
「あのオッサン……俺もオッサンか。まあいい、端的に言えば俺はそいつの全力を上回る光線が出せる。やるか? やらないか?」
「ジーク! 私も連れて行け! 『天子様』への報告義務もある!」
俺たちに選択を迫るジークの足にすがりつくルドルフ。そしてそれを汚物でも見るように見下すジーク。天子様だか天使様ってのは「パンドラ」のリーダーのことか? 大層な名前してんな。
「お前さん、そうやって余計なことを言うから出世できねえんだよっと。あんたのスキルは……『剣豪』『鉄拳』『状態異常耐性』の三つか。これは回収の必要なし。回収すべきは堕印奴隷だけ。よし、鎧はぶっ壊れてるな。じゃあ死ね」
スキルを「回収」? 俺も異世界転移の時「転移ボーナス」としてスキルをもらったけど、その逆?
ジークの堕印奴隷がルドルフの首を刎ねた。飛ばされた頭部が床に落下するにぶい音が響く。
「時間切れ。お前らは『衛兵に事情を説明して街の英雄になる』これに決定だ。あばよ『健康剣豪』!」
ジークは窓を突き破ってルドルフ邸を出ていく。包囲網の隙を突いて逃げるのだろう。
衛兵が乗り込んでくる。俺たちは武装を解除して事情を説明する。衛兵がEX狩刃に触らないように細心の注意を払いながら。
長い夜が終わった。
ああ。どうしてかとても慣れないことをした気がする。
ガレセア領主ルドルフは魔物の希少部位を犯罪組織に横流ししていたとして、家は取り潰され王国の中央から役人の監督者が派遣されてくることとなったとか。そしてBランクパーティ「緋色の夜明け団」が全面的に捜査協力をしたとして彼らの罪は減免された。
ユーステス。剣術なら普通に堕印奴隷と打ち合うくらい強かったし、どこで道を踏み外したんだろうか。
「やりましたよー! 私はあっちこっちで起こしてたいざこざもこれで解決です! 今や街の英雄ですよ! なーにが『毒沼のフィーナ』じゃい!」
自業自得って知ってる? 因果応報って知ってる? 身から出た錆って知ってる?
「はうう。これでシスターとしてのお勤めに戻れると思っていたら司祭様に『お前が領主の悪行を叩き潰すとは! その力を世の為に役立ててくれ!』と感涙しながら言われてしまいました……当分冒険者をやめられなさそうです……」
モニカは本当にかわいそう。ただベストを尽くしてるだけなのに結果を出すほどに本人の求めるところから離れていくところが。
俺の方は大したことはなかった。例の「健康体」スキルのおかげで。鎧はあのまま壊れてくれればよかったが、一晩寝たらしっかり修復されていた。
「そうそう! 私ね、二人に見せたいものがあるんです! こっちこっち!」
フィーナに手を引かれたどり着いた先には白い新築の家があった。
「ここで俺たちを労ってくれるとか?」
「依頼人さんの家でしょうか?」
「ブッブー! 正解はー私たちのお家でーす! 街の英雄がいつまでも宿屋生活というわけにもいかないでしょう!」
急に胸が痛くなってきた気がする。堕印奴隷の呪いすら乗り越えた「健康体」スキルを貫くこのエルフ、一体……何者だ? 本当に。
「ほらほら、この街の英雄ならここで生活してる分ならずっといい思いができるんじゃないかと! それにガレセアの一等地ですよ! どうですか!? ギルドの出張所からも近いですし!」
「……口座に貯めておいたゼドルは?」
「頭金にしました!」
モニカがふらりと倒れる。すかさず支えながら質問を続ける。
「何年ローンだ!?」
「三十年です! でも三人で働けば実質十年! あっという間ですよ!」
エルフの感覚ならなあ。人間の十年ってでかいんだよ。
「この辺りは『緋色の夜明け団』だけでBランクの仕事が独占できる割りと儲からないエリアだって言ってたのはどこの誰だったっけ?」
「私ですけど……あ……」
「このバカ野郎!」
振り上げた右拳を左手で必死で抑えながら俺は吠える。マジでどうなってるの? 頭の中身。
気絶したモニカを担いで冒険者ギルドの出張所を訪れる。寄ってくる男は追い払い、女の子と駆け出しっぽい少年には握手をしてあげる。ヒーローショーみたいだね。
「あの、Bランクの依頼を受けたいんですけど!」
「Bランクから上の依頼は四人以上のパーティでないと受注できませんが……」
俺は「健康体」スキルを得てから初めて寝込んだ。こいつは精神的ダメージには比較的弱いらしい。
あのハチャメチャエルフと出会ってから一番しんどい。
もうどうにかなりそう。




