第一章 プロローグ
二一〇〇年、地球と火星の人口が半々になりつつある世界に奴らは突如飛来した。鬼のような顔つきで身体は人間に近く、奴らは人を主食とした。
瞬く間に地球の人類は食い尽くされ僅かながらに残った人々は火星へと逃げるしかなかった。
あの日から地球は人類の星から食人鬼の星へと変わり果てた。
二三〇〇年火星
「おーい夏紀!」不意に名前を呼ばれて振り向くと、そこには短髪の少年がこっちに向かって手を振っていた。
ツンツン頭でいかにもわんぱく少年といった雰囲気を醸し出しているこいつの名前は榊原遼。小さい頃からの幼馴染だ。
「いよいよ今日だな」
「ああ、そうだな」と会話を交わしてとある場所へ二人で向かった。
とある場所とは地球探索基地局、通称ESSと呼ばれる施設でそこで行われる地球探索作戦に参加する為の試験を受けるためだ。
施設の入り口に着くと「おお、ここか。でっけぇなぁ」と遼が目を輝かせながら言った。それもそのはず、この施設は地上三〇階建てのビルに東京ドーム何個分と表現されるような建物が多数ある火星一の施設だからだ。
施設に入ろうとすると後ろから「おーい遼、夏紀!」と呼ばれた。
遼とともに後ろを振り向くと汗だくで息を上げながら走ってくる女の子がいた。
栗色の長い髪の毛をポニーテールで結んでいる彼女はもう一人の幼馴染の中川優子だった。
「あんたたち待ちなさいよ」
「なんだよ、昨日あんなに嫌がっていたのに結局来たのかよ」と問いかけると優子は髪を捲くし上げながら
「当たり前でしょ!孤児の私たちは火星に残ってもまともに生きていけないでしょ」と返答した。
俺たち三人は赤ん坊の頃に親に捨てられて以来、孤児院にて暮らしてきた。孤児院は十五歳になると退所しなければならず今年十五になる俺たちは生きていくためにこの試験を受けにきた。もちろん孤児院出身がまともな仕事に就けるわけもなく、ほとんどがこういった条件不問の仕事に就くか犯罪集団になり生きていくかだ。どちらにせよまともな最期は迎えられない。
俺たちも例外ではなかった。
「まぁ、無事三人揃ったところで行こうぜ」
遼はそう言い施設へと入っていった。
施設に入るとそこには五〇〇人ほどいるだろうか、多種多様な人種が受付に列を作っていた。この火星には国といったものはなく、様々な人種が入り乱れて暮らしており、日本人やアメリカ人などの区別はなく火星人と一括りにされており言語も英語に統一されている。
「とりあえず並ぼうぜ」
遼にそう言われ俺たち三人は列に並んだ。俺たちの番になり名前や年齢、その他諸々の項目を書類に記入して受験者番号を受け取り待合室へと向かった。
待合室は沢山の受験者で溢れかえっており期待と不安で騒然としていた。俺たち三人は前の方の並びで空いてる席に座り時間まで待つことにした。
程なくして試験官が待合室へと入ってきた。
長い黒髪を無造作に横結びしキリッとした目つきをした軍服に包まれている二十歳前半くらいの女性だった。
「時間になったので試験を始める」
低く迫力のある声に騒然としていた待合室は途端に静まった。
「今回の試験を担当するエマ・クリストフだ。今回の作戦の副司令官も任されているので見かける機会も多いだろう」
その姿と名前を聞いて俺は思わず立ち上がった。
「どうした受験者番号五〇〇番」
「いえ、なんでもありません」
そう言い、席に座った。いきなりどうしたんだよと遼に言われたが俺は何でもないと返すので精一杯だった。
「試験の前に今回の作戦について説明しておくことがある」
エマはそう言うと大きなスクリーンに一枚の写真を写した。
「こいつは食人鬼と呼ばれる、人を主食とする化け物だ。今から二〇〇年前に突如地球に飛来して地球の人類を全て捕食し尽くした。元々火星にいた人々と襲われた後に火星に逃げた人々は無事だったが僅か一ヶ月程で人類は半数を失うことになった。今回の作戦は地球の環境調査ではなく、地球にいるこいつらの殲滅と地球の奪還が真の目的だ」
力強い声でエマは説明した。
数秒の沈黙ののち待合室は怒号と悲鳴に包まれた。「そんなの聞いてねぇよ!」「やっぱり家に帰りたい!」などあちこちから不満の声が溢れ出していた。
なぜなら政府は食人鬼の存在は隠して地球は急な環境変化により人が住める環境では無くなり、その時に沢山の人々が亡くなった。なんとか逃げれた僅かな人類が火星へと移住してきたと昔から教えられてきたからだ。食人鬼などという化け物の存在を普通の人が知っているわけがない。
だが、俺はそのことを知っていた。いや実際に奴らに会ったことがある。
約一〇〇年ほど前、俺はエドワード・ニコルソンという名で恋人のサナ・クリストフとともにこの作戦に殲滅隊として参加していた。そして地球での作戦実行中に恋人のサナは俺の目の前で殺され、俺もそこで死んだはずだった。あの隻眼の食人鬼の手によって──。
しかし六歳になる頃に前世の記憶を断片的だが取り戻し、その時に俺は転生したのだと気づいた。最初は戸惑ったが恋人のサナを殺した隻眼の食人鬼に復讐するため、そして地球を取り戻すために俺は密かにトレーニングを積んできた。そのおかげで転生前は隊長クラスほどの力を持っていたがその時と同等くらいの力を手にする事が出来た。試験官のエマを見た時に立ち上がったのはあまりに恋人のサナとそっくりだったからだ。
「試験を受けたくない者は帰ってもいい。ただしこの事を口外した者はどうなるかはわかっているな」
騒然とする受験者にエマはそう一喝し三十分後に試験を始めると言い、部屋を後にした。
戸惑いが隠せない遼と優子に「俺は試験を受けるけど二人はどうする?」と問いかけた。すると遼が「なんでそんなに冷静になれるんだよ!このこと知っていたのかよ」と俺の胸ぐらを掴んできた。
「ごめん。今は言えない」と言うしかなかった。
すると優子が「私は受ける。どうせ火星に残っても生きていけない」と手を振るわせながら答えた。遼も優子の言葉を聞いて腹を括ったのか無言で首を縦に振った。
「二人ともわかった。俺のことはいつか話す。それまで絶対生き残ろう」
俺たちは三人で必ず生き残る事を誓い、試験を受ける事を決心した。