まだ記憶を失ったことに気付いていません2
リーヴァが再び目を覚ました場所は簡素なベッドの上だった。
「姐さん、大丈夫ですか?」
リーヴァがベッドから体を起こすと、椅子の背側を前にし、背もたれの上に両腕を組んで顎を乗せて座るハーヴェイに声をかけられた。
「グレンの野郎が怪我をしてる姐さんを強引に運んだせいで、途中で気を失われたみたいで。勝手とは思いましたが、姐さんが眠ってる間にとりあえずの手当をさせてもらいました。
――――あっ!でも手当が必要だって言ったのはグレンですから!包帯巻いたり、着替えさせたりしたのもグレンが連れてきた女にやらせたんで、俺は見てませんから!」
リーヴァにじっと見られていることに気付いたハーヴェイは変な誤解を招いたと思い、うろたえながら声を上げた。
「えーっと、そのー、一応あれを用意したんですけど要りますか?急ごしらえで用意したんで姐さんの口には合わないかもしれないですけど」
(あれ、とは何のこと?)
そう言ったつもりだったが、リーヴァの口からは掠れた息が出ただけで言葉にならなかった。
「もしかして姐さん、声が出ないですか?血を流しすぎたんですかね?とりあえず、俺、あれを持ってきますね」
口をパクパクさせているリーヴァを見たハーヴェイは、そう言って部屋から出て行った。
* * *
ハーヴェイが「あれ」を持って部屋に戻ってきた時には、リーヴァは再びすやすやと眠りについていた。
「何だ。まだ眠っているじゃないか」
ハーヴェイの後に続いて部屋に入ってきた黒髪、緑眼の青年――グレンは、眠っているリーヴァを見て落胆の声を出した。
「いや、俺たちが戻ってくる前にまた眠ってしまったのか。姐さんは何か言っていたか?」
「何にも。声が出ないみたいだったぜ。だからこれを取りに行ったのに、お前が絡んでくるから戻るのが遅くなったんだろ」
「交代で番をすると話したにもかかわらず、お前が姐さんの傍を離れないからだろう。少しは俺に譲って、外の見回りでもしてこい」
グレンとてリーヴァの傍に控えていたい。
しかし、リーヴァを傷付けた者が追って来る可能性があるため、リーヴァから一時も離れようとしないハーヴェイの代わりに外を見張っていたのである。
そのハーヴェイが姐さんの傍を離れた――つまりは姐さんが目を覚ましたと勘付いたグレンは居ても立ってもいられず、リーヴァを見にやってきたのだ。
「追手から姐さんを守るんなら、姐さんの傍にいるのが一番だろうが」
「休んでいる姐さんの傍で戦闘する気か?それよりも姐さんに近付く前に排除すべきだろう」
両者一歩も譲らず、自分こそが正しいと主張する。
ハーヴェイはこの場から動かないとばかりに、室内にある椅子にドカッと座った。
「つーか、姐さんが獲物を取り逃がすとも思えないし、もう死んでるんじゃないか?」
「もしそうなら、俺たちが姐さんと合流した場にそいつの死体があっただろう」
「言われてみたらそうだな。じゃあそいつは姐さんに怪我を負わせた上、逃げ延びたってことか」
「逃げたのではなく、姐さんがわざと逃した可能性もある。だから姐さんが眠っているうちにそいつがやってきたら、殺さず生け捕りにするんだ」
グレンの言葉にハーヴェイは返事をせず、不服そうに椅子に腰かけたまま両腕をだらりと垂らして前後にぶらぶらと揺らした。
「おい、真面目に――」
「なぁ、グレン」
ハーヴェイはぼんやりと天井を見ながら、グレンの話を遮った。
「何だ」
「それなら……どっちが先に侵入者を仕留められるか勝負しようぜ」
「…………はぁー。だから仕留めずに生け捕りにしろと……もういい。さっさと片づけるぞ」
「りょーかい」
好戦的な笑みを浮かべたハーヴェイは勢いよく椅子から立ち上がり、そのまま走り出して部屋のガラス窓を突き破り外に飛び出した。