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家康くんは史実通りに動いてくれません!  作者: 永遠の28さい
第九章:望まぬ天下の光
122/131

122.小山評定を前に

定期投稿です。

今話からは、ずっと関ケ原の合戦までずっと戦が続きます。

先ずは三成挙兵を知って徳川軍が一致団結して三成討伐を決する「小山評定」までの話です。



 慶長5年6月4日、近江国佐和山城。


 徳川家康からの挙兵を命じる書状を見つつ、石田三成は腹心の島清興に意見を求めた。書状は上杉家討伐の兵馬を揃え美濃大垣城に参集する様書かれており、越前若狭の兵と足並みを揃える様記述されていた。清興は渋い表情で三成に応える。


「既に毛利家、宇喜多家、長曾我部家が我らに賛同して支度を整えております。加えて奉行衆も、親族衆も我等の味方…。西国の大名を中心に大坂城を固める体制は整えられております。…後は一刻も早く檄文を諸大名に送り我らの味方に付く様仕向ける事が寛容かと。」


 清興の意見に三成は頷きつつ嘆息もした。檄文を飛ばそうにも家康本隊が美濃を通過してからでなければできず、肝心の豊臣家親族衆も実際は有楽斎からは断られ、岐阜を守る織田秀信からもまだ返事がなかった。更に豊臣家の武闘派である福島正則、加藤清正、加藤嘉明、池田輝政らには自身との関係性の悪さから文すら送っていないのだ。三大老を抱え込んだとは言え、淀からの直接的な支援も貰えておらず、徳川家を打倒する為の戦略としては結果は良くなかったのだ。


「九州勢には余り期待はできぬ。東国勢は家康と親密な者が多く此方も期待できぬ。頼みは畿内と西国の方々のみ…。勝敗の行方は五分に満たぬ。」


「徳川の世になる事を良しとせぬ者は大勢居りまする。始まる前から勝敗を考えてはなりませぬ。」


 清興の叱咤に三成は薄く笑った。確かにそうだ。今は勝敗を考えるより、一人でも同調してくれる者を集めるべき。三成は気持ちを入れ替え立ち上がった。


「我が友、大谷刑部を味方に加える!」


 三成は意を決し、この城を目指して進軍中の旧知の友を待った。




 慶長5年6月14日、大坂城本丸奥の間。


 淀は昨日から落ち着きがなかった。既に側近の有楽斎が家康に付いて出陣しており、木下家定も京都の警備と称して城から出て行った。自分を守る将が居ない様に感じ、今家康が踵を返して大坂城に攻め込めばどうなるのか…その不安が拭えず室内を歩き回っていた。


「落ち着き下さりませ。徳川殿は攻めたりは致しませぬ。」


 蟄居を解かれ常陸から淀の側近に復帰した大野治長が淀を諫める。しかし淀は治長を睨みつけた。


「何を根拠に?…石田治部はまだ動かぬし、毛利も宇喜多も姿を見せぬ。秀頼に忠誠を誓う大名らが一人も顔を出しておらぬのじゃ。焦って当然であろう?」


「毛利も宇喜多も石田殿も必ず動きまする。彼らは徳川の世に納得できぬ者らです。家康が大坂を空けるこの機会を見逃すはずは御座いませぬ。」


「豊臣を掲げる大名らが集まれば、彼らに兵馬と財貨兵糧、御旗を出せば良いのじゃな。」


 淀の問いに治長は硬い表情を見せた。


「…恐れながら、彼らには公に兵馬、兵糧は出せませぬ。まして御旗などを貸し出す訳にもいきませぬ。」


「何故じゃ?家康を倒すには豊臣の御旗を持って大名らを糾合し、その忠義を持って戦に臨むことが最もではないのか?」


「其れは今では御座いませぬ。御方様は既に徳川殿に上杉討伐の出兵をお認めになり、財貨兵糧を供出しております。これで反徳川方にも支援をなされば「豊臣紀家が内紛を助長している」と言われかねませぬ。御方様が明確に豊臣家の財を動かされるのは、徳川殿がはっきりと豊臣家への反逆の意を見せた時。」


 治長の言葉は淀を黙らせた。彼の言う通りであった。家康に挙兵を悟られぬ様に国庫を開いて支援を行っている以上、徳川家は官軍なのだ。治長の進言は挙兵して家康と一戦して勝利を居た所で豊臣家から逆賊の冠を被せ全国の諸大名で殲滅すべきと言っており、それは石田三成から出された当初からの作戦であったのだ。淀は現状のみを見て必要以上に不安に駆り立てられていただけだと悟り、ようやく落ち着きを取り戻した。だが不安を完全に拭い去ったわけではない。淀はゆっくりと治長に近づき、彼の側にしなだれる様に座って彼の手を握った。


「…それでも妾は不安じゃ。お主は此処に居てたもれ。」


「私も御方様が心配で御座います。何時までも御側に居ります故、ご心配無き様…。」


 見つめ合う二人は上司と部下のそれでは無かった。怪しげな輝きを放ちどちらからともなく、抱きしめ合った。




 6月14日、徳川軍は京都伏見城に到着する。城内を全て解放し引き連れた軍勢を全て引き入れて休息を取らせると、家康は自身が信の置ける者を呼び出して軍議を開いた。集められた者は、四男忠吉、本多忠勝、本多正純、本多康俊、井伊直政、長坂信宅、高力清長、酒井重忠、伊奈忠次、鳥居元忠、藤堂高虎であった。高虎は徳川家の直臣ではない。だが、秀吉没後、早くから家康に接近して活動しており、家康も彼には信頼を寄せており、特別にこの場に呼ばれていた。


「明日我らは此処を発ち、大垣城を目指す。その後は美濃、尾張、三河、遠江、甲斐、信濃、駿河の諸大名らと合流しながら東進し、25日には江戸城に到着する予定だ。そこから北上して会津で待ち構える上杉軍と対峙する。恐らくは…江戸を発った辺りで、毛利宇喜多が挙兵に及ぶであろう。」


 家康の言葉に家臣らは頷き、高虎だけが驚いた。此処に来て初めて知ったからだ。思いもしない重要な軍議であることに気付き戦慄する。


「佐渡守を呼んだのは、奴らの挙兵に福島、加藤ら豊臣家子飼いの大名らが動揺せぬ様、取り計らいをお願いしたいからじゃ。」


 家康は高虎に向かってこれまでの経緯を説明した。徳川家の台頭を良く思わぬ者、上杉、毛利、宇喜多を筆頭に多くの西国大名がこの出征を絶好の機会と目論んでいる。これには石田三成も関係しており、上杉家と三成、毛利家と三成、豊臣家と三成、という形で繋がっている。後は我らが十分に東へ進んだところで一斉蜂起し、東西から挟み撃ちにする計画である。

 話を聞き、高虎は更に戦慄した。これほどまでに大きな事変が動きつつある。そして徳川家康はそれに打ち勝つつもりで自分を此処に呼び出している。そう考えて自分も後には引けない事を感じた。


「某は福島、黒田、加藤、細川と豊臣家中の武闘派組と親密な仲でおりまするが、彼らが忠誠を誓うは秀頼君…。大坂城で秀頼君を大将として挙兵に及べば、某がどう説いても彼らは大坂に参じましょう。…如何なさるお積りか?」


「流石は藤堂佐渡守だ。儂が一番懸念しておる事を直ぐに読み解いたのう。…じゃが心配無用。豊臣家は戦況が完全に優位にならない限り、毛利方に付く事はない。」


「…我らは不利にならぬ様にすれば、豊臣家は中立の立場を取られる…という事ですか。承知いたしました。されど、彼らが挙兵に及べば、真っ先に狙われるはこの伏見城では御座いませぬか?」


「あいや心配ご無用。」


 高虎の懸念に鳥居元忠が口を挟んだ。落ち着いた笑顔で大きな身振りで高虎の意見を否定した。


「儂が此処に残りまする故、貴殿は安心して殿に従いなされよ。」


 高虎は何かを言おうとしてそれを飲み込んだ。元忠の顔を見て納得したのだ。彼の顔は穏やかで澄み渡っており、何の恐れも抱いていなかった。つまり既にこの城での討死を覚悟しているということであった。周囲の家臣も家康さえも元忠の覚悟を理解しており、何も意見をすることなく佇んでいる。高虎は理解した。これは随分前から重臣らの中で天下を取る事を決めており、その為に自分の命をも犠牲にすることも厭わぬ覚悟であるのだと。そしてそれに自分も乗っからねばならない事を。


「承知いたしました。徳川家の御為…全身全霊を尽くして諸大名の動揺を防ぎ御大将に御味方する様説得致しまする。」


 藤堂高虎は改めて家康に平伏した。藤堂家が徳川家に臣従した瞬間であった。




 6月15日、徳川軍は伏見城を出発。

 6月18日、徳川軍は金森長近、竹中重門、加藤貞泰の兵と合流し、大垣城に到着。城主伊藤盛宗の歓待を受ける。

 6月20日、大垣城を出発し、清須へ向かう。途中、関一政、一柳直盛、京極高知が合流。

 6月21日、徳川軍は清須城に到着し、福島正則を麾下に加える。

 6月23日、徳川軍は東海道の東進を開始。

 6月29日、小田原城に到着。この間に有馬豊氏、浅野幸長、田中吉政、中村一栄、山内一豊、松下重綱らが合流。総兵力は五万五千となる。

 7月3日、江戸城に到着。徳川家康は増築中の大名屋敷を解放して兵を休ませ、諸将を集めて軍議を開く。

 7月10日、上杉討伐軍の先鋒隊が江戸城を出立。先鋒を務めるは、細川忠興、結城秀康、蒲生氏郷、金森長近とし、兵力は一万二千に上る。

 7月16日、先鋒隊が宇都宮に到着。同日、家康本隊も江戸城を出発。総兵力は秀忠率いる関東軍を含め、八万九千の大軍となる。


 7月18日、畿内の状況についての第一報が家康の下に届く。京極高次からの知らせで、石田三成が挙兵したとの報告であった。家康はその知らせを秘匿し、北上を続ける。

 7月22日、徳川軍本隊が下野小山に到着。上杉家の同行を確認する為、陣を敷いて一旦進軍を止める。




 慶長5年7月24日、下野国小山城家康本陣。


 徳川家康は小山で全軍を休息させるよう指示を出すと、藤林衆を呼んで情報収集に努めていた。既に上杉軍は自領内で合戦の準備を進めている事実を調べており、後は東国勢の動きがどうなっているのかを知ろうとしていた。


「伊達家は既に軍勢を動かしておりまするが、その動きは遅く、上杉家との直接対決を避ける様に見えまする。最上家、堀家、秋田家は上杉家との国境に着陣しており、殿の御命令を待つ状態となっておりまする。南部家、戸沢家は南進中、一両日中に上杉領に侵入する模様。佐竹家については今のところ動きはありませぬ。」


 藤林保正の報告に家康は頷く。伊達家佐竹家については想定の範囲内であった。各大名の兵力も申し分ないものと判断し、此処には蒲生氏郷と、加賀から合流予定の前田利長で抑える事で、本隊を大坂に向ける事は可能だと考えた。

 夜になって家康は重臣らを集めた。これには藤堂高虎と黒田長政も呼び出されていた。家康は神妙な面持ちで現状を説明した。


「…上方より知らせがあった。石田三成が大谷吉継と共謀して挙兵に及んだそうじゃ。」


「何!!」


 事情を知らない黒田長政が思わず声を張り上げて立ち上がる。家康は長政に座るように手で合図し、話を続けた。


「儂が豊臣家第一の忠臣である事に不満を持ち、豊臣家中枢に返り咲かんと事に及んだらしい。」


「三成如きが挙兵に及ぼうともどうにもなりませぬ。某が兵を率いて上方に舞い戻り、蹴散らしてくれましょう!」


 長政はに九鬼三成を討てる好機と捉え、揚々と応えた。だがこれも家康は制した。


「…問題なのは、これに毛利家、宇喜多家が力を貸したらしいのだ。」


 長政が再び驚く。家康は話を続ける。


「大坂城の本丸は大野修理大夫殿と片桐左京殿で固めたそうじゃが、西ノ丸は毛利輝元が占拠した。留守居を頼んでいた天野景康が辛うじて脱出に成功し、この報を儂にもたらしてくれた。」


 実際には大坂城は占拠されていない。毛利輝元の大坂城西ノ丸入城を淀が黙認し、天野景康は追い出されただけである。だが、家康は自分に都合のいいように長政に説明した。長政はこれを聞いて憤った。


「おのれ三成め!大老の力を利用して秀頼君を質とし、自己の復権を望むとは!何処までも卑しき武士よ!」


 長政は三成への偏見から勝手な想像で三成に対して怒りを露わにした。家康はその様子を見つつ言葉を付け加えた。


「質とされたのは秀頼君だけではない。……皆の妻子をも奴らに押さえられたのじゃ。」


 長政はあっと驚く。大坂城下には広大な大名屋敷があり、そこに全国の大名の妻子を置いていた。急時に人質とすることが目的であるが、当然、長政の息子もそこに居たのである。長政は力強く膝を叩いた。怒りで顔も真っ赤にしていた。


「黒田殿、藤堂殿、此処に呼んだは他でもない。…質を取られ憤るは尤もなれど、それを呑んで此処に集まる諸将らの逗留を頼みたい。質を理由に三成に味方を考える者もおるであろう。この事実は明日の軍議にて皆に説明する。…それまでに諸将らに事の次第を伝え、この儂に味方する様説得して貰いたい。」


 家康は長政に向かって頭を下げた。長政はその姿を見て狼狽えた。家康が頭を下げる…それほどまでにこの三成の挙兵には困窮していると判断した。次に自身に問いかける。此処で徳川家の味方をすることが最善なのか。徳川家が勝てば、豊臣家中での家康の地位は絶対的なものになる。これが黒田家にとって最善なのかと自問した。そしてやや間をおいて長政は答えを導き出した。


「…承知いたしました。多くの者が三成の不平等な政務の取り方に一度ならず怒りを覚えておりまする。その三成が豊臣家を牛耳る…そんな事は質の命を奪われても許すまじと答えましょう。」


 長政の言葉を聞いて、藤堂高虎は胸を撫でおろした。彼が拒否しようものなら自分が長政も含めて諸将の説得に当たらねばならなかったからだ。長政が承知した事で、自分への重荷も幾分か和らいだ気持ちになり、ほっと安心したのであった。家康も長政の答えに満足そうに頷いた。立ち上がって長政に近寄り、その両手を強く握った。


「黒田殿、頼りに致しており申す。」


 その瞬間、高虎は得も言われぬ恐怖を感じた。このお方には逆らってはいけない。全身全霊でもってお仕えしなければならない。そうでなければ自家の安泰などあり得ない。


「徳川殿、この藤堂高虎も全力で諸将を説得致しまする!」


 慌てる様に高虎は言い放つ。家康はその様子を見て満足そうに笑顔で頷いた。


「頼んだぞ、藤堂佐渡守殿。」




 慶長5年7月25日、小山本陣にて軍議が開かれる。


 世に言う、小山評定である。







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