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希いの碧落 煙滅の世条  作者: 鈴 初夏ノ影
1/3

とんでもない場所

逆様の彼岸花の様に咲く、大輪の花火のポスター。電車でなんとなく見ていた。近々花火大会があるんだと告げるそれは、真っ黒な闇の中で華やかに散っている。写真だが。その花火も台風で中止にならないように、と思う。俺がその花火大会へ行く事は無いが。

 完全に目を前髪で隠し、フードを目深に被る俺を「男子中学生みたいな」と皆は形容するが、一応1・5・歳・女・子・である。痴漢に会った事も、昨年男色家の野郎に目を付けられた事くらい。因みに、あの男色家野郎は俺が女だと解ってからは、見ていない。自分でも自身の身形みなりに無頓着な訳ではないと思っているつもりだ。だが、男の様な格好をしている方が気が楽だった。

 第一、小学校入学式の時、担任が間違えて「大田黒おおたぐろ けい君」なんて言ってしまった事だけが始まりじゃない。事あるごとに君付けで呼ばれ、挙句の果てには店員に「お客様、男性用トイレはあちらですよ」なんて言われたこともあった。こればかりは流石にこたえた。

 もう男でいいやと思ったのは12の時。女を棄て、地を見詰め、富豪層の親の脛を齧って生きていくんだろう、そう思った。実際、中3の癖して進路不定どころか、不登校で、社会不適合者への道を歩んでいる。馬鹿みたいだ。

 上手く点かなかった花火の様に、俺の人生はふしゅっと消えてなくなるのだろう。散るなら散るで、あの打上花火の様に一華咲かせてやりたい気もしたが、精々悪目立ちするだけで終わるんだろう、と考えてしまった。

「○○駅~○○駅~」

 電車を降りる。比較的人が少ない時間帯だったお陰で、移動がしやすい。しかし、改札の前で気付く。財布が無い。リュックのサイドポケットに入れていた筈なのに。切符も財布に入れていたから、駅から出られないし、何なら極力人とは話をしたくない。主に警察とは。別にお世話になったは事無いが。とにかく、帰りは数時間歩くとして、改札を抜けられないのではどうしようもない。そう思った時。

「あの~、すみません」

 振り返ると、かなり上背のある男がいた。正直、その身長に一瞬恐怖を覚え、ひゅっと息を飲んでしまった。

「は、はい…」

「これ、お兄さんので間違いないですか?」

 男が俺の目の前に出したのは、確かに俺の財布だった。使い古されて、ほつれが沢山出た、蒼と水色の縞々だった蝦蟇口がまくちの財布。

「はい…そうです。確かに俺のです」

 良かった、と言って男は財布を俺に渡して、改札をさっさと通ってどこかへと行ってしまった。何かお礼をしたかったが、この交通費さえも努力して集めたもので、残額はもう、帰りの交通費と目的の物の予算しかない。仕方無いなと、富豪層の家庭内の貧乏さに溜息を吐かずにはいられなかった。


☆☆


 ああ、やってしまった。真夏に水筒を持たない馬鹿なんて、俺以外にきっといない。小さな折り畳み傘の下、重い足を動かす。多分、脱水症か熱中症のどちらかだろう、酷く喉が渇いて、フードで籠る熱が蒸々(むしむし)して、その熱に浮かされた様に、頭がフラフラして。だけどこの場で、雨水を全身に被り、飲みでもしたら、免疫力の低い俺はきっと、風邪をひく。風邪で寝込んで、そこに怪我をすれば、弱り目に祟り目、挙げ句、死に至る可能性もある。

 そこまで考えた時、大きく視界が歪んだ。風邪で死ぬより、脱水症か熱中症で死んだ方がマシか。

 自嘲を一つして、俺は残る体力0の闇に飲み込まれた。


☆☆


「…!」

「……!」

 微睡まどろみの中、誰かの声が聞こえる。

「なんでって、そりゃ、コイツに素質があると見たからに決まってんだろ!?」

 男の物であると思われる大声に、思わず飛び上がって起きる。寝起きのせいで一瞬視界が傾かたぶく。座ったままの姿勢で、腕をついて体を支える。

「ほら、仁太じんだいが大声出すから起きちゃったじゃない」

「ぅぐ…」

 黒いマフラーと赤い髪で右目と口元を隠すふくよかな女と、駅で助けてくれた、かなり上背のある男がいた。それから、妙に視界が明るい。そこでようやくいつものパーカーを着ていない事に気付く。義兄に貰った、メンズLサイズのブッカブカのパーカー。貰った時、ポッケに蜚蠊ゴキブリの死骸が入っていて、酷く驚かされた。

「……パーカー」

「ん?」

「俺のパーカー…」

 部屋中に視線をやろうとするが、明るすぎて上手く見えない。息を潜ひそめて、一日中自室の電気を消して引き籠っていたから。

「それなら枕元に」

 女が言った。

「ぁあ」

 あった。安心した。最低、これさえあれば、俺はどこでも同じ精神状態を保てると思っている。絶対、ではないが。枕元に丁寧に畳まれたパーカーに袖を通し、前を閉め、フードを被る。うん、これがいつもの俺だ。ほ、と息を吐く。

「それで少年、名前と住所をこれに書いてもらえる?」

 そう渡されたのは、『入館記録』と書かれた紙を挟んだバインダーとボールペン。紙には氏名と住所を書く欄があり、既にその紙には既に2,3人分が書き込まれていた。そこに自分の名前等を書きながら、女の話を聞く。

「少年、アンタは脱水症状で倒れてここに運ばれたんだ。覚えてる?」

「はい。…書けました」

「ん。ありがと。えーと…大田黒君ね。大田黒君は、意図的に脱水症状になったの?」

「え、いいえ」

「ま、そりゃそうよね」

 顔の大部分が隠されているのに加え、俺の長い前髪と被ったフードでさらに視界が狭く暗くなっているため、表情が解らない。

「仁太じんだい…このデカいのが言うには、」

「デカいのって…扱い酷くないか?」

「助ける時に腕に無数の傷や痣が見えたらしい。それは本当か?」

 はい、と答えようとした時。男が無視すんな、と言おうとした時。

《“千薫煙華せんこうえんが”の管轄区域内に敵の侵入を確認しました。北出口に向かえる者は直ちに向かって下さい。射撃班は東側屋上、北側屋上に別れて準備してください。繰り返します。千薫煙華せんこうえんがの管轄区域内に敵の侵入を確認しました。北出口に向かえる者は直ちに向かって下さい。射撃班は東側屋上、北側屋上に別れて準備してください》

 サイレンが鳴って、女性アナウンスが流れた。いきなり過ぎて、心肺停止状態になるかと思った程にサイレンの音は大きかった。

「ごめん。私ら行かないといけないから、また戻って来るまでここで待っていてもらえる?話はまた聞くから」

 そう言い残すなり、女と男は俺のいる部屋から走って出ていったが、男のドアを閉める動作は丁寧で、あまり音がたたなかった。

「………」

 改めて、部屋中を見渡す。普通の部屋よりも比較的暗く、狭い。ベッド一つがようやく入っている程度で、あとは小さな机と椅子が一つずつあるだけだ。俺のリュックは小さな机の上に置かれている。外では、ドタドタと人が走って行く音、何か大声、小声で話す声で騒がしくなっていく。あの女と男がいた時は、外からは物音なんてしなかった。確か、アナウンスで敵の侵入とか言ってたっけ。敵…。日本は平和な国の筈だ。虐待とかは置いてくとしても、武力なんて自衛隊以外無い筈だし、武力的な攻撃もされない筈。二人は慣れているように見えたが、敵に攻撃、侵入される事が日常茶飯事な場所…俺はどこか海外にでも連れ去られたのだろうか。そんな場所、俺の知る限り、日本には存在しない筈。

 …どうでもいいか。もともと、あの男が助けてくれなければ、俺は今頃脱水症状で彼の世に逝っていたんだろう。そう思うと、ここで殺されようが、また虐待を受けようが、あの台風の雨天で死のうが、どれも同じ様な物に見えてくる。

 ふと、この部屋の前を通る誰かの声が聞こえた。

「なぁ、今回侵入して来たやつらって、‟北”のやつらしいぜ」

 ふと、外での話し声が耳に入った。多分、男が二人。

「マジかよ…“北”って一番強ぇところじゃなかったか?」

「そうなんだよなぁ。今日でこの“千薫煙華せんこうえんが”も終わるんかな…」

「やめろって。縁起でもない事いうなよ。またひじりさんに怒られるぞ」

「ま、冗談だって。いざとなったら、騒動に紛れて逃げりゃいいし、俺らまだ新米だから、怖くなって逃げました~なんて言いながら泣けりゃ、どこかの軍が中央に送り返すなり、その軍に入れてくれるなりするだろう」

 そのあとは、男二人の物と思われる声は、遠くに行ってしまった。センコウエンガとか、北…?とか、専門用語か隠語っぽいものが聞こえたが、軍って、思いっ切り日本では政治関係とかでしか耳にしないような単語が出てきた。ここはどこだ?まず、日本語を話している時点で、ここが日本であることは間違いない筈。そうしたら、もしかして反社会勢力とかの拠点とかもあり得る。あとは、日本語圏の外国ということも、あり得ないが、100%ないとは言い切れない。俺の悪い頭では、その二つしか考えつかない。多分、どちらか一つ--反社会勢力の可能性が高いだろう。どっちにしろ、あの二人が戻って来るまで大人しくしていないといけないら、どうすることもできない。また立往生だ。

 この後、どうされようがどうでも良くなった時、またアナウンスが流れた。

《“千薫煙華せんこうえんが”本館内に敵の侵入を確認しました。本館に残っている者は直ちに避難、あるいは応戦して下さい。繰り返します。“千薫煙華せんこうえんが”本館内に敵の侵入を確認しました。本館に残っている者は直ちに避難、あるいは応戦して下さい。》

 とんでもない場所に連れて来られたな、ここで死ぬのかな、俺、とリュックの中身を確認しながらぼんやりと思う。リュックの中身は何一つ変わっていなかった。良かった。これが無ければ、生きていられる時間も無くなりかねない。俺自身、死ぬときはさっさと死んで、生きていられるときは頑張って生きようとは思っているが、いつも信念がブレブレな気がしてならないし、実際そうだ。今は、きっと死ぬときなんだろう。というか死にたい。だから、アナウンスの言う敵とやらにさっさとここが見つかって、俺を殺してくれるとありがたい。生きていても何もないし、ここで死んでも、遺体が親元に届かないなら尚更良い。

 突然、バンとドアが開いて、体格のよい男が入ってきた。

「男か。はっ、小柄でヒョロい奴だな。使い道もなさそうだ。オラ、手を挙げろ」

 手に銃を持っている。その黒光りする銃口は確かに俺の眉間辺りを指している。これは、反社会勢力の所で間違いないな。

「挙げなかったら?」

「撃つにきまってんだろ」

「じゃあ、挙げたら?」

「…撃つ」

「どっちも一緒じゃん、手、挙げる意味あんの?」

 殺すなら速くしてほしい。俺はこの場所の何も知らない。この場所について何か聞かれて、知らないと言って、嘘だと殴られるより、今、この場所で、撃たれて死んだ方がまだ良い。寧むしろ大歓迎だ。これまで生きる意味も無く、かと言って、死ぬ意味も特にはなかった。死にたいと思うこともあったが、これという理由が欲しかった。それが今、ここにある。この好機を逃したくない。煽って、怒りを買って、殺してくれたら、俺は彼の世でも、この名も知らない男に親よりも、感謝を捧げよう。

 沈黙が流れる。撃つか、撃たないか。このヒョロい少年に情報を聞き出そうか、それとも怒りのままに殺してしまおうか。そんな風に葛藤しているんだろう。

「オイ餓鬼ガキィ……こっちに情報を流してくれたら、命だけは助けてやろう」

 乗れよ俺の煽りに。いっそ本音言うか?

「俺はついさっきここで目が覚めて、何も知らない。ここの部外者だ。何も情報は無いから、とっとと殺してくれ」

「はぁ?んな訳ねえだろ。何かあんだろ。情報を渡さない為に死ぬってか?無駄死には辞めた方がいい。ここが一番の人手不足だってのは理解してんだろ」

「いや、関係ないし」

 そもそも本当に部外者だし、何も知らないし、マジで殺してくれ。早く。

「まず手ェ挙げろ」

 ここは素直に従った。腕が疲れないうちに殺してくれればいいんだが。

「死ぬか、情報吐くか」

「殺せ」

「頭狂ってんのか!?」

「どうでもいい。殺すなら早くしてくれ。腕が疲れる。もう生きていても意味も無い。死ぬ意味がなかったから、悪目立ちしたくなかったから、死ねなくて、生きてしまっている。それがどうだ、いまこそその絶好の機会だぞ?これを逃す手は無い。俺を殺せ。俺からの願いだ」

 チッと舌打ちして、男は引き金に力を籠めようとし、俺は目を瞑つぶる。思わず口元に笑みが零れるのを感じた。口角を上げたのはいつ振りだろう。何年俺は笑っていなかったんだろう。自分の望む形かどうかは、考えていなかったから解らないが、悪くはない死に方だ。これぞ、上手く点かなかった線香花火の様な最期だ。その事に声を上げて笑って自分の死に賞賛を与えてやりたくなったが、それは我慢した。

 しかし、撃たれるのは、銃声が轟くのは、まだかまだかと待っていても、一向にその気配はない。おかしいなと思うと、片手を誰かに掴まれた。目を開けると、あの恐ろしいほどに上背のある男が視界いっぱいにいた。

「もう手、下げていいぞ」


「あ、はい…」

 手を下すと、視界を覆っていた男が退いて、俺を殺そうとしてくれた奴が床に伸びているのが見えた。生死は解らないが、背中から倒れている。残念だ。折角の機会だったのに。あれ程良い機会はなかったのに。

「ほら、やっぱり適合してるじゃないですか、師匠」

「……そうね」

 デカい男に話し掛けられたのは、あの赤髪とマフラーで顔の大部分を隠した女。女は答えると、溜息を大きく一つ吐いた。

「なんですか、その溜めは」

「そろそろカイが帰ってきて、収拾もつくかなぁって思って」

「あと五分は掛かると思いますけど」

「あと1,2分。西側窓から入ってくる。それまで出来る限り食い止めるわよ」

「はいはい。五分食い止める計算で行きますね、俺は」

「あっそう」

 それから、赤髪の女は俺の方を向いて。

「多分ここは危険だから、一緒に着いて来て」

「…はい」

 俺が返事をすると、すぐに部屋を走り出る事になった。しかし、引き籠もりの足は遅く、五秒と経たない内に

「遅いっ!」

と言われ、女の肩に担がれた。情けないが、今の俺は、50m走のタイムを12秒を優に超える自信がある。

 部屋の外は、銃声、金属の搗かち合あう音、誰かの叫び声、走る足音、何かが壊れる音、無数の大きな音と殺気で満ち満ちていた。確かに、アナウンスが流れてからは部屋の外がやけに騒がしくなっていたが、これ程までとなると、あの部屋が多少なりとも防音効果のある壁を使っていたのに気付かされる。この騒々しさ、町の喧騒とはまた違っているが、規模で言うとこっちの方がよっぽど大きい。しかし、こんな中にいて、自分の耳や鼓膜は大丈夫か、と心配する暇も与えてもらえず、女は俺を担いで走っている訳で、頭ががっくんがっくんと揺れる。正直酔いそうだ。

「大田黒!」

「は、はいっ」

 俺を担ぐ女の後ろから、同じ様に着いて走る男に呼ばれる。

「ここは、社会で生きにくい人達が生きるための場所だ。俺等は極力死者は出したくないし、大田黒にはこちらに来れるかもしれないと思っている。だから、無闇矢鱈むやみやたらに死のうとするな…!」

 社会で生きにくい人達が生きるための場所…。そう言えば聞こえはいいが、要するにアンダーグラウンドだ。

「仁太、そっちは任せた!私は大田黒君を妹の所に連れて行く。出来次第応戦しに行くから、それまで耐えとけ」

「雑魚いのはまぁ大丈夫だ」

 そう言うと、男はさらに追ってくる敵を倒すため、体の向きを変えた。

 社会で生きにくい人達が生きるための場所…。アンダーグラウンドかもしれない。ああ、またやらかした。見間違った。今は、死ぬときじゃないんだ。生きるときなんだ。だから、生きないといけないんだ。まだ死ねない。それどころか、俺はこれから生きていかなくちゃいけないかもしれない。俺は、とんでもない場所に来てしまったのかもしれない。

 スターターの銃声が騒音だらけの中、雷の如く大きく轟いた。

 皆さんこんにちは、鈴 初夏ノ影です。最終投稿から気が付いたら見事に八ヵ月が経っていました。プロット等やっていると、気が付いたら今回の作品、六部作の超長編(予定)になっていました。私は書くのが遅い上、時間が取れにくいので、数年かけてボチボチ投稿していくかもしれません。

 さて。今回、前作とは違う感じの物を書こうと思って、かなりシリアスな物にしました。私自身、シリアス大好き人間なので、考えてふと気付くと、作者の癖して私が辛くなるような設定のキャラクターもいます。

 こんな少し苦しめの話ですが、長く付き合っていって下さると嬉しいです。「希いの碧落 煙滅の世条」を宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 花火大会のところが個人的に好きです。 [一言] 凄いとしか言いようがありません! 大田黒くんこれからどうなるんでしょう…? 第二話も楽しみにしてます!
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