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雪男   作者: 黒熊文文
3/3

 始発が動き出し、夜が明ける。


 霜柱の立つその一番寒い時間に、万樹の親は帰って来た。


 またすぐ出ていくつもりが、万樹が夜通し自分を待ち続け、ヒーターも付けず震えているのに気付く。

 万樹は高熱を出していた。


 「なんだってお前は…」

 親は持て余したような声を上げる。

 未成年の万樹一人で病院へ行かせる事はできない。といって仕事は休めない。

「…大丈夫、薬飲んで寝てるから。何かあったら連絡する」

 万樹は空気を読んだ。

「そう?それなら…」

 安堵の笑みを浮かべた親は、万樹に何をするでもなく再び出ていった。


 万樹は自分で氷枕をあてがい、ペットボトルを用意しベッドで横になる。

 こんなに具合悪ければ、図書館へ行きようがない。だから行かない。

 きっとそれで、あの化け物とは終わり。


 万樹はもう何度目かの溜息をする。その息はヒュウヒュウと不穏な音がした。


 体温が39度を越えたのだろう。

 金槌で叩かれていくかのように頭に激痛が走る。

 とにかく寝よう。もう寝よう。

 たとえ見る夢が悪夢でも。

 万樹は目をつむった。


 暖かい春の日差しを感じる。


 予想に反してふわふわと不思議な浮遊感を覚え、万樹は目を覚ました。

 芝生のような所で眠っていたのだろうか。酷く気分がいい。

 暖かくて陽気もいい。


 そこは穏やかな春だった。


 起き上がると大地が一面鮮やかな黄色に輝く。

 ああ菜の花畑だ。学校で習う歌に本当に良く出てくる。

 モンシロチョウが幾重にもひらひらと舞う。

 あのさえずりは何の鳥だらう。

 見上げた空は淡い青に霞んで。

 本当に暖かくて幸せな―――


―――雪の精霊達はこの様を知ってるのかな。

 万樹はふと考えた。


 雪女は知ってそう。

 自分の全ての能力を封印し、一番人間らしく生きようとしていた。

 その結果は裏切りだったけど。


 雪童子なら遠くで見つめてそう。あの少年は生前人間だった節がある。泣きそうな気持ちで見つめていそうな。


 雪の女王なら(はな)から興味無さそう。もはや女神な彼女の僅かな人間らしさこそが、カイへの執着だったのかな。


 じゃあ、あの化け物は?

 万樹は思った。

 あの男と。女が混じったような美しい化け物は?


 あの物語が本当だとして、もし化け物に万樹がついていったら、喰われるまでは大切にしてもらえるらしい。だけど氷の欠片からしか世界は見えず、まして春なんて味わえないんだろうな。

 それって、ひきこもってネットでしか世界を知らない、と何が違うんだろう。

 万樹は思う。

 見たいものしか見れない。それは酷くつまらない気がする。

 でも雪属性の化け物に、人間のふりをする為に四季を生き抜いた雪女ほどの忍耐強いるのもどうなんだろう。

 というか、あの化け物の思い詰めた理由がいわゆる地球温暖化かなんかなら、地球冷やせば問題解決じゃない?

 化け物は生き長らえる。

 万樹は生け贄的なものにならずに済む。


 万樹は良いこと思い付いた気がしてウキウキしてきた。


 ああその上で、あの麗人と仲良くなれたらいいな。

 私が春、夏、秋と経験してきた事を美しい化け物に話してあげる。

 なんだったらネットで繋がっちゃえば冬を待たずにいつでも話せる。

 直接会えるのは冬だけだけど、これだとさみしくないんじゃないかな?むしろ遠恋みたいでロマンチックかも。

 うん良い感じ、心が浮き立つ。

 やにわに万樹は起き上がった。

 とても体が軽い気がする。

 さっきまで頭は割れるように痛くて、体も節々が痛くて、喉も息苦しくて辛かったのに。

 何もかも嘘みたい。

 暖かい日の光を浴びたくなって万樹は窓に向かった。

 カーテンを開けて、鍵を解除して。

 ガラス戸を開けて、網戸もどかして、ベランダに飛び出して、手摺を乗り越えて。


 万樹は勢い良く光の中へダイブした。


 最後に小枝の折れる感触がした―――


―――気がつくと万樹は再びベッドにいた。


 頭がフラフラする。

 今の今まで変な夢を見てきた気がする。

 ここが何処だかよくわからない。

 目を動かすのも努力が必要で、ゆっくりなんとか時計の方を見る。

 16時過ぎだ。時計の位置からここが自室とわかる。

 リビングから生活音がする。

 親が帰ってくるのは早くていつも20時過ぎだ。

 と、いう事は…。

 弱った体なりに身構える万樹に、自室の扉が開く。

「どう?だいぶ良くなった?」

「!?」

 親だ!

 親だ?!

 だって〆切で、今日中になんだかんだって今朝出掛ける時に。  

 混乱する万樹に見た事もないような慈愛の表情をして万樹の親が説明する。

 いわく、やはり万樹の状態が心配で、会社へ連絡して帰って来たと。

 そうして今まで意識の無い万樹を看病していたというのだ。

 言われてみればいつの間にか万樹はパジャマに着替えていた。

「不安にさせてごめんね」

 親は優しく万樹の頭を撫でる。

 こんな事してもらったのはいつ以来だろう。

 万樹は泣きたくなって―――そして気付いた。


 万樹は親を見つめる。

「貴方―――昨日のお兄さんですよね」

 親は笑顔を崩さない。

「昨日の絵本に書いてあったもの。見初めた相手が望む姿になるって」

 悔しいけど今、万樹は心から親が恋しかった。

 化け物はそれを読み取り、親の姿となったのだ。

「そう。私はさみしくてたまらなかった。でも」

 万樹は親を見据える。

「食べられるのは嫌だ」

「そうだろうね」

 親だった人影は笑顔のまま、昨日の麗人へ姿を変えていた。


「僕も嫌だ。予想外に嫌だった。君が僕に食べられるのも、君の魂がなくなるのも」

 麗人は笑顔を崩さない。崩してないのに、声に憂いが含まれる。


 ふと、万樹は麗人が致命的な何かをしてしまっただろう事に思い当たった。その為にもう2度と麗人と会えないだろう事も。恐らく万樹の為に。麗人は何か禁忌を犯してしまった?


――――まるで雪女のように――――


 万樹はぼんやりと麗人を見つめた。

 …どんな方法だったっけ。なんか麗人を救う良い方法思い付いてた気がするんだけど。

 万樹はぼんやり考えを巡らす。

 夢の世界でだった気がする。そもそもどこから夢なのかさえちょっと頭が回らないけど。

「バレないようにしたんだけどなあ」

 麗人は明るい声を上げる。

「昨日図書館で会ったのが今位の時間だもの。今日のこの時間で誰かに会うならお兄さんしかいないでしょう」

「万樹ちゃんは頭が良いね」

「…まあまあです」

 この状態で誉められても嬉しく…嬉しいな。いや嬉しいんかい。

 万樹の一人ボケ&ツッコミが始まる。

「…思い出した。お兄さんはやっぱり地球温暖化とかそういうので命が縮まったの?」

「まあそうだね」

 やっぱりそうなんだ。

「じゃあ地球冷やせばお兄さん延命できるんじゃ」

「そう簡単にはいかないでしょう?」

 麗人の笑みが苦笑に変わる。

「え?わからないよ?三人寄れば文殊の知恵って言うでしょう?今の人口もうすぐ80億人だから、÷3だとえ~と文殊菩薩が…え~と」

「………約26億(そん)

「お兄さん頭いい。(そん)て何ですか?」

「…仏様の数え方」

「菩薩だけで26億できちゃうならイケると思うんです。温暖化対策とか、少子高齢化とか、環境汚染とか世界平和とか」

「…………大盤振る舞いだねえ」

「だから待ってて下さいお兄さん」

 万樹は麗人の手を取った。

 麗人は驚いた顔をした。

 麗人の手は氷のように冷たかった。

「お兄さんに私でなく、棲みやすい地球を必ずプレゼントします。そうしてお兄さんと恋人になる」

「???」

「お兄さんに望まれて凄い嬉しかった。食べられるのは嫌だけど仲良くするのは全然OKです。だから」

 驚いた顔の麗人がそのまま万樹を見つめる。万樹も麗人を見つめ返す。

「待ってて下さい」


 麗人の目から涙が流れる。その涙で麗人がみるみる溶けていく。

 万樹は内心驚きおののいた。

 だけどバレないように微笑んでみせた。

 二人は手を繋ぎ続けた。

 麗人が溶けてなくなるまで。

 麗人が雪のように全てなくなって少ししてから、万樹はおもむろに泣き始めた。


 その晩、一度下がった万樹の熱はもう一度上がって意識不明となった。

 遅くに帰って来た親にやっと気付かれ緊急入院となった万樹は、結局1ヶ月経ってから退院となった。


「お前、異常行動が凄かったよ」

 親はうんざりした顔で迎えに来てくれた。

「いじょーこーどー?」

 万樹は聞き慣れない言葉を聞き返した。

「未成年が高熱出すとまれに幻覚見るんだって。死亡事故まであるんだって。お前ったら熱が下がるまで急にベッドから抜け出して走り出したり、大変だったんだから」

「へ~え?」

 なんだか幸せな夢を見ていた気がするけどな、と万樹は思った。

「…覚えてないんだ」

「全然」


 万樹が外へ出てきた時、ひらひらと雪が舞い落りてきた。

 万樹はそっと手を差しのべ雪を受け止める。

「またそうやって、風邪ひくよ」

「…大丈夫」

 束の間悲しい顔をした万樹は空を見上げた。

「なあんだ、会えないかと思ったら会えるじゃないですか」

「?」

 親は怪訝な顔をする。

「もうすぐ春だけど、来年も、そのまた次も会いに来て下さいね。私も有言実行するから」

「万樹?」

「ねえ?私の雪男さん?」


 万樹は空に向かって微笑んだ。


 それから地上を見据えると一歩一歩、万樹は歩き出していった。

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