準備開始(表) まずは役割分担を
作中の憲兵官は筆者の造語です。多分。
一応、グーグル検索では出てきませんでした。
この世界での俺の名前。
百弥宋虎。
港町の大衆向けの飯屋の一人息子で人生リスタート。
個人的には悪くない始まりだと思ってる。
父ちゃんも母ちゃんも料理メッチャ美味かったし。
子供時代は基本的には普通の子どもとして過ごした。
ゲームは無いので外で友だちと走り回って、ひとしきり遊んだら帰って家の手伝いをして。
ただ、後々のために体と能力を積極的に鍛えてはいた。
精霊使いになるためには軍隊に入る必要があり、筆記試験と実技試験をパスしなければならなかったからだ。
ま、結局その辺の努力が生かされたのは幼年学校に入った後だったけども。
ある日、軍属の偉い人……の子どもが町でトラブルを起こした。
ちょうど反逆の加護を色々試していたときだったので、遠慮なくぶん殴ってやった。
そらもう、驚くくらいに都合よく戦えたよ。
いくら鍛えたとはいえ、一般人が背伸びした程度で弾丸は見切れないだろ普通は。
こう、相手の短銃をシュッ! と回避して右ストレートをビシッ! とキメてやったわけだ。
そんときのいざこざが軍の偉い人の興味を引いた。
そっからはトントン拍子で色々決まったね。
お陰様で対して階級も高くない庶民でありながら、精霊使いとして一国一城の主? になれたワケだ。
ありがとう女神さま。
これで心置きなく精霊の女の子でハーレム生活、いや性活をドップリ……とはならない。
魔獣から人々を護るという役目、しっかりこなさないとね!
正義感とか使命感とか、そういう類いじゃなくて。
普通に考えてさ、命とエロ、どっち優先ってそりゃ命っしょ。
魔獣を倒すには守護精霊の力が必要。
彼女らを指揮するには俺の力が必要。
俺が生活するためには人の力が必要。
結局のところ、俺自身のためにも人々の生活を護る必要があるのだ。
ま、特別なことはしなくていいから気楽なもんだ。
別に独裁者になりたいワケでもなし、大衆にチヤホヤされたいワケでもなし。
精霊ハーレムで【禁則事項】な日々を送りたいだけなのだ!
で、そのためにはいろんな立場の人との連携が必須なワケで。
◇◇◇
「御役所リターンズ、ってか。前任が逃げ出すのが早すぎて、引き継ぎもろくにできないまま着任したせいで、挨拶もちゃんとしてなかったんだよなー」
「なるほど、そういうことでしたか」
「わざわざ挨拶に、と。さすがは局長、人の繋がりの重要性を御理解なさっています……」
ご近所付き合いに出ただけで感心するスズリと和泉守。
とくに和泉守のリスペクト感が半端ねぇ。
寝床に呼んだら大喜びですり寄ってきそうだなぁ。
「で、お前さんは寝なくていいのかい?」
虎鉄、鬼神丸、菊一文字の三人は朝飯を食べてからぐっすりと寝てる。
「何も問題はありません。それにスズリも精霊とはいえ……戦闘が本職ではありませんから。なれば、護衛は必要でございましょう?」
「わからなくはないけどさ。昼間だよ?」
魔獣はそうそう出ないだろうし、不審者程度に負けるほど怠けた日々を送っちゃいないんだが。
「それでも、です」
「……わかった。でも刀を抜くときは気を付けてな?」
マンガとかだと、こういう忠誠度の高いキャラってちょっとしたことで敵認定しちゃうからな。
ぶつかっただけの一般人を斬られたらたまらんね。
「それにしても局長、制服でなくてよかったんですか? その、こうして羽織を頂いた私が言うのもアレなんですけれど」
「軍服は堅苦しくて好きじゃないんだ。見せびらかして歩くのも、一般人にしてみれば面白くはないだろうし。どうしても威圧感とか、な」
今、俺は黒系の着物と袴に浅葱の羽織という格好だ。
まぁ、新選組をさらに中二病的痛いアレンジしたような見た目だ。
偉そうに振舞うのもたまになら悪くないけれど、帝都ならともかくここでは気楽さを優先したい。
権力はオイシイけど息が詰まるのはイヤなのだ。
それにおそろいの方が楽しいじゃん?
◇◇◇
役場に入ると知った顔のおば様と知らない顔のオッサンが並んでた。
とりあえず挨拶をば。
「先日は慌ただしく挨拶も雑になってしまい申し訳ありませんでした。新しく南播磨市第4区に配属されました、百弥宋虎です。これからお世話になります」
「区長の荒木です。中尉殿、そうかしこまらずとも結構でございますよ。市民の安全を優先して下さったのです、ええ、謝ることなど何一つありませんとも」
区長は上品な年配の女性が務めている。
なのでそこまで怒られはしないだろうと思っていたが……いざ思い通りになると申し訳なさが倍増だな。
人間って身勝手よね!
「憲兵官署、署長の幕城です。中尉殿、これからよろしくお願いします」
憲兵官。
転生前の日本でいう警察に近いが、この世界ではガッツリ武装している。
まぁ治安事情が比べ物にならないくらい悪いからね、仕方ないね?
白髪に白髭のイケメンお爺ちゃん、なんか強そうに見えるのはゲームやマンガの影響かな。
「ところで百弥中尉殿。一つ、聞きたいことがあるのだが…よろしいか?」
「はい? なんでしょうか」
「軍服はどうなされたのですかな?」
まぁ、そうくるよね。
「あれを着用している間は……お互いに、まぁ、そういう態度で向かい合う必要があるでしょう? そういうのは……あまり好みではないので」
言ってることは面倒だからイヤだ、ただそれだけ。
だがしかし!
丁寧かつ申し訳なさそうに話すことによってワガママ感を誤魔化すことができるのだ!
ククク、社会の理不尽な世知辛さに縁の薄い、心の歪んでない学生系転生者にはマネできまい!
……言ってて悲しくなってくるな、コレ。
「ふむ。そういうことですか。ならば私も階級ではなく名前でお呼びした方がよろしいかな?」
「ええ。できれば言葉遣いも砕いてくださって結構なのですが」
「そうは言うがね百弥君。私も署長という立場上、軍人の、まして精霊使いである君にはある程度の態度で接する必要があるのでね。多少は君も妥協してくれたまえ」
「いえ、それぐらいでしたら私も何も問題ありません。ありがとうございます」
「あら、なら私も百弥君とお呼びしたほうがいいかしら?」
「お心遣い感謝します、区長」
◇◇◇
話し合いの内容自体は非常にシンプルだった。
昼間は憲兵官が、夜は守護精霊が中心になって治安を守る。
何かあればお互いに連絡と報告を。
全体方針については区長が市民の要望をもとに決定する。
つまり、俺は魔獣の相手をしていればいい。
役割分担をしっかりすることで責任も分散される。
うーん、この気楽さよ。
区長も署長もいい人だし、これからの生活、これは期待値高まりますよ?