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1.2 契約

「んんっ!!??」


 煙が晴れると琢磨の目の前には、スピネルのような妖艶な朱色の瞳を持った少女が、驚きの形相と共に現れた。


 ――ただし、ゼロ距離で


 あまりの急転直下に琢磨も少女も理解が追い付かず、唇と唇が触れている……そんな事実を他人事のように眺めるしか出来なかった。


「ほぅほぅ、古代(エンシェント)竜族(ドラグナー)を引き当てたか。初めから普通の人間では無いとは思っておったが、これはこれは……どうやらワシ見立て以上の素質を備えているようじゃ」


 スライムは満足げな声色で現れた少女を評価する。

 そして、ひとしきり堪能したスライムは次の行動へと移る。


「――っといけない、時間が無いのをすっかり忘れておったわい。――お二人さん、思考停止中のところ申し訳ないが、もう少しそのままでいておくれ……天と地を統べる数多の神々よ、この二人の出会いを祝福し、今ひとときの契りを結びたもう――『主従契約(コントラクト)!!』」


 未だに状況が理解出来ていない二人を余所に、スライムは不思議な祝詞を紡ぐ。


「!!」


 すると、二人の周囲には少女の瞳と同じくらい朱い炎が舞い始め、気付くと炎は二人の心臓部を繋ぐ鎖のような形状となった。


「これってまさか!?」

「うげっ!!」


 ようやく自らの思考を覚醒させることに成功した少女は少年を突き放し胸元に現れた炎の鎖に目をやる。

 そして少しの逡巡の後、自分の身に起きた出来事を理解してこう言った……


「いぃやぁぁぁぁ!!!」


 少女は竜の咆哮の如く、この場にいる誰よりも大きな叫び声をあげる。

 それは力ある言葉となり、琢磨とスライム、そして突然の事態に困惑しているオークまでもを吹き飛ばした。


 ドゴォン!


「ぐはっ……」


 本日二度目のコンクリートタックルを決めた琢磨は、声にならない痛みを殺す為に、虫ケラのように地べたを這いつくばる。


 し、死ぬ……マジで痛すぎ! ……もう無理! ――誰か助けて……


 琢磨は必死に痛みを堪えようと藻掻くが、元々瀕死だったことも相まって、一向に痛みが消える気配は無かった。


 一方、敵味方関係無く一切合切吹き飛ばした少女はと言うと、自分の胸元に繋がれた炎の鎖を引き千切ろうと懸命に足掻いていた。


「うそっ!? なんでよ! どうして取れないの?」

「無駄じゃ、そなたと少年は今しがた正式に主従契約を結んだ。潔く諦めて少しは落ち着いたらどうじゃ?」

「あんたねぇ~」


 少女は鎖を引き千切るのを一旦取り止め、元凶たるスライムを睨み付ける。その眼孔は先程の咆哮にも負けず劣らずな威圧を孕んでおり、並大抵の生物なら一発で気絶してしまいそうなものであった。


「当たり前だけど私にこんなことをしたからには覚悟は出来ているんでしょうねぇ? そのプヨプヨボディが干からびるまで燃やし尽くしてあげるわ!」


 言うや少女は自らの拳に朱色の炎を纏わせ、スライムに向けて一歩、一歩と距離を縮める。


「まったく、これだから竜族の若人と来たら……短慮な所は何千年生きようと変わらぬか」

「なんですって!!」


 スライムは自分の絶対的な危機も省みず、少女を煽り続ける。

 当然、少女の怒り値も順調に上昇していき、最早オークとの戦闘よりも悲惨な結末が約束されたように思われた。


「おい! その子危ない!!」


 スライムと少女がバチバチの口論をする中、必死に回復を図っていた琢磨は、ようやく声が出せるようになったのと同時に少女に迫る脅威に対して警告を発した。


「えっ!?」

「グギャァァァ!!!!」


 それは少女の叫びによって吹き飛ばされたことで怒髪衝天となったオークによる全身全霊を傾けた刺突であった。

 それまで怒り狂っていた少女は突然の攻撃に頭がついていかず、反応が一歩遅れてしまう。


 あれ? マズくないか? あんな動きじゃ避けきれないぞ!?


 琢磨はオークの攻撃に反応出来ていない少女を見ながら一寸先の未来を思い浮かべる。

 そして、琢磨の思考が最悪の結末へ辿り着いたとき、彼は思考を放棄して駆け出していた。


 あぁもう! 全身死ぬほど痛いし、なんでこんな事やってるんだろ?


 半ば無意識のうちに走り出した琢磨は、時折バランスを崩しながら持てる力を振り絞って少女を突き飛ばした。


「きゃっ」

「ウゴォォォォ!」


 間一髪オークの攻撃から守る事に成功する……が、オークの刺突の勢いが止まる事は無く、槍の穂先は再び琢磨の心臓部へと吸い込まれるのであった。


 グサッ!


 また刺されちゃったか……やっぱヒーローみたいに上手くいかないな。――とはいえ、一度失った命だし今度は人の役に立てただけ及第点は貰えるかな……


 沈みゆく意識の中、琢磨は再び両親や友人の顔を思い浮かべる。

 そしてゆっくりと視界がぼやけていく……


「熱っつ!」


 ……ことは無かった。

 彼の心臓はまたもや的確に槍で貫かれていた。しかし、開いた穴には朱色の炎が舞い踊り、傷口を焼き、あろうことか塞ぎ始めていた。


「痛いわね。まったく人間ごときが私を突き飛ばすなんていい度胸しているわね」

「いやそんな事より! 俺の体が燃えてるんだ!」

「当然でしょ? 刺されたんだから……感謝しなさいよね? 契約者が私じゃなきゃ今頃あんたは極楽浄土へ一直線だったわよ」

「へっ?」


 少女は腰についた土埃を払いながら琢磨に勝ち誇った顔をする。


「まぁ細かいことは後でいいや。――それよりも……よくも私の従僕に手を出してくれたわね? おかげで服も汚れちゃったし……責任はきっちり取ってもらうから!」


 少女は今まで溜め込んできた怒りの矛先をオークに向けた。

 そして、何処からか少女の身の丈はありそうな大太刀を手にする。


「神威『焔ノ太刀』!」

「ウゴォォォ!」


 大太刀は少女の手に収まったと同時に重力を失い、朱色の軌跡が空を舞うように踊り咲く。

 その動きは瞬足の一言に尽き、オークは自らが斬られる様をただ見ているしかできなかった。


「まったく……弱いくせに私に挑むからこうなるのよ」


 少女は切り捨てたオークを見る事もなく、刀を鞘へと戻す。

 そして、死したオークは青白い塵となって風に飛ばされていった。

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