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1.1 魔術師が生まれる日

 ――息を殺す。

 昔やったゲームに出てくるような、およそこの世の者とは思えない歪んだフォルムをする化物を前に少年はただただ息を殺して物陰に隠れる。


「……」


 沈みかけていた日はいつしか消え去り、空には死神の鎌を思わせるほど鋭利な紅い月が昇り、視界を度の強いサングラスを掛けているかのような赤が支配する世界。

 そのあまりにも現実と乖離した状況を前に,少年は生存本能からか即座にごみ捨て場のごみ袋の中へと飛び込んでいた。


「なんだって俺がこんな目に……大体アレはなんなんだよ!? あんな化物、見つかったら即ゲームオーバーだろ!」


 極度のストレスと無力な自分への葛藤からか、少年は目の前を歩く化け物『オーク』へ向けてボリュームを可能な限り殺した小さな声で文句を言う。


 彼が目の前にするオークは身の丈三メートルはありそうな大柄で、顔は豚と人間を足して二で割ったような歪な容姿をしており、赤褐色の体毛と相まって一目でこの世の生き物では無い事がわかる。

 そして、尖った石に長めの棒を紐で無理やり繋ぎ合わせた簡易的な槍と薄汚れた布が一枚、申し訳程度に巻かれているだけという如何にも原始的な格好をしていた。


 そんな常識の外に位置する生物から隠れる事少々、少年の祈りが実ったのかオークは彼の存在に気づくことなく過ぎ去っていった。


「いったか? これも日頃の行いってやつかな。まぁ神様なんて信じていないけど……今日ばかりは神様に感謝しよう」


 少年は安堵した表情で大きく息を吐く。


「――にしてもめちゃめちゃ臭い。他に隠れる場所がなかったから仕方なかったけど、よりによって今日は燃えるゴミの日かよ……最悪だ」


 少年からは鼻が曲がりそうな程濃密な異臭が漂い、もし知り合いに会おうものなら今度は別の意味でゲームオーバーになるだろう。


「ってかよくよく考えてみればあんな化物いるわけないじゃん! きっと疲れてるんだよな。――早く帰って風呂にでも入れば綺麗さっぱり忘れられ……」


 緊張状態から解放された少年は一瞬前まで目にしていた異形の化物を錯覚と片付け、自宅へ向けて歩き出す。


 ――そして残念ながらそんな簡単に片付く話でもなく。


 ドンッ!


 T字路を右に曲がろうとした時、向こうから来る気配に気づかず、運悪くぶつかってしまった。


「あっすいません。ちゃんと前を見てませんでした」

「ギャォ?」

「え……」


 ぶつかった相手は不幸にも先ほど死線を乗り越えたばかりのオーク……の色違いだった。

 見てくれはさっきのオークと大差ないが、こっちは体毛が青く、頭にねじ曲がった角が生えていた。


 不意に訪れた絶体絶命の危機的状況に少年は立ちすくみ、ただただオークを見上げるしかなかった。


「あの……その……」

「グゥォォォ!!」

「うぐっ!」


 そして、さも当然のようにオークは少年に牙を剥いてくる。

 オークは自身の巨体を支えるのに十分な筋肉をこしらえた太い足を使い、見た目通りの粗野な動きで少年を蹴り飛ばす。

 自分の倍はある巨大な化物に蹴り飛ばされた少年は、サッカーボールのように何度か地面をバウンドした後、コンクリート製の固い壁にめり込むような形で激突した。

 たった一回の暴力で少年の身体はボロボロになり、全身の臓器や骨が壊れ、もはや動くことは叶わない虫の息となり果てた。


 ――マジかよ……俺こんなあっさり殺られるのか? 全身ズタボロでもう痛みとか感じないし、段々と頭も真っ白になってきた。――こんなんなら興味本位であんなもの拾うんじゃなかった。


 色々と限界を迎えているからか、逆に冷静になる少年は、こんな事態を招いた原因のとあるアイテムを思い起こし後悔していた。


 あぁ、もう前も良く見えなくなってきた。――結局、俺は神様には愛されていなかったみたいだ。短い人生だったが、まぁそれなりに思い出もあったし悪くはなかったかな。


 全てを諦めた少年は走馬燈のうように流れていく過去の思い出を目に焼き付けながらゆっくりとまぶたを閉じた。

 一方、そんな少年を蹴り飛ばしたオークはやたら興奮気味に鼻息を荒くし、手に持つ粗悪な槍をお手玉しながらゆっくりと彼へと近づく。


「ギャオォ!!」


 そしてオークは少年が槍の射程圏内に入ったのと同時にお手玉を止め、寸分の狂いも無く、正確に少年の心臓を貫いた。


 グサッ!


 これ確実に心臓持ってかれた音だよな~ 幸い、感覚が麻痺しているから全然痛くないけど。――父さん、母さん、クラスの皆、最期に顔を見れないのは悲しいけど、どうか達者に暮らしてくれ。


 少年は最期の遺言を呟き、世界との関係を断ち切った。


 ――はずだった。


「これだから人間は……生きるのに頓着しないことを美学とする習慣があるのか、どうも生に対する執着が無さすぎる。こんなんでこれから先やってけるのだろうか?」


 ???


 沈みかけていた少年の意識は謎の声によって急速に引き上げられ、気づいた時には世界の光を再び感じられるようになっていた。


「これはいったい……」

「ふむ、死にかけているお主に最後のチャンスを与えに来てやったぞ?」


 なぜか再び見えるようになった目で眼前を見据えると、少年を刺し殺して雄叫びを上げているオークの他に、小さくて丸っこい変な生き物が膝の上に乗っていた。謎の生物は両手サイズの小さな身なりに液体なのか個体なのか分からない謎の要素で構成されたゲームとかでよく見るスライムのような身なりをしている。


「キミ誰だよ? ってかチャンスってなんだし。――見ての通り俺はこれから天国だか地獄にいく死人だぞ?」


 すべてを諦めていた少年は潔く終わりを迎えるつもりだったところを邪魔され、苛立ちの感情を含みながら謎の生き物へ問いかける。


「まぁこのまま死んでもらってもいいのだがな。でも、お主は見た所そこらの人間と違い可能性を感じる。――だから、今わの際に問うことにした。お主、まだ生きたくないか?」

「そりゃまだ生きれるなら生きたいよ。――青春ってやつを欠片も謳歌していないし」

「いい答えだ。ならワシがその心臓、治してやろう」


 言うや否や、謎の生き物は自身の身体の一部を分裂させ、槍で突かれた少年の心臓部へと潜り込んできた。

 すると、少年の身体はカエルに電気ショックを与えた時のように痙攣しだし、全身がうっすらと光輝き出した。


「ふむ、どうやらいい感じに戻ってこれたようだな」

「あれ? 体が動く。生きてるのか?」


 先ほどの致命傷が嘘のように手足の感覚が戻っていくことで少年に希望的な言葉が口から漏れる。


「まだだ。忘れたのか? お主の目の前にいる怪物を」

「あっ……そうだった。早く逃げないと!」


 少年は目の前の敵について再確認する。


 まだオークは俺が生き返った事に気づいてない。今なら走ればまだ逃げれるかも!


「まったく……魔物の能力を舐めすぎだ。ひ弱な人間ごときがオークの脚力から逃げれるわけなかろう」


 我先に逃げ出そうとする少年をスライムは呆れながら止める。

 冷静に考えれば身の丈三メートルの筋肉の塊だ。本気を出せばそんじょそこらのオリンピック選手より俊敏な動きで追ってくることだろう。


「そんな……じゃあやっぱり俺は死ぬしかないのか……それならぬか喜びさせないでよ……」


 再び、絶望に落とされた少年は力なく項垂れた。


 そして、スライムはそんな少年の姿を見て満足げな声色でこう言った。


「現実を理解したいい表情だ。――さて、そろそろ(やっこ)さんも気づく頃だろうし、さっさと済まそうか……少年、死にたくなければお主の左手に持つオラクルを顔の前にかざせ!」


 スライムは訳知り顔で少年の左腕を小突く。

 その手にはいつの間にか黒と金で装飾された古くさいカードが握られていた。


 あれ? 俺いつの間にこんなの持ってたんだ? ――ってよくよく見ればさっき拾った紙切れか。


 それは少年がこのイカれた世界に導かれたきっかけとなった落とし物であった。


「このめちゃくちゃな状況はやっぱりこいつのせいだったのか……ええいままよ! 今更失うものは何もない! 俺の命好きに使ってくれ!」


 やけっぱちになった少年はスライムの言う通りにカードを眼前にかざす。

 そしてそれを見たスライムはニヤリと口元を歪ませ少年を攻撃するのであった。


「うむ、よく言った! その覚悟、忘れるでないぞ!」


 スライムは少年が手にするカード目掛けて一直線に突撃した。

 当然、そんなことを予期できるハズもなく、スライムの体当たりによってカードは少年の顔面に直撃し……


 ボフン♪


 どこか昔ながらのRPGゲームに出てくる変身が解かれる時の効果音を鳴らしながら少年は煙に包まれた。


 そして、


「んぶぅっ!」


 煙が晴れると少年は赤く燃え上がる真紅の髪の少女とキスを交わしていた。


「んんっ!!??」


 これは少年、神崎琢磨が魔術師として生まれ変わる、そんな奇妙な一日の出来事であった。

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