4‐⑰ ハリス・ベネット
ツミキはテンオウとマリスを連れて最も野蛮な囚人たちが集う第三棟を訪れた。
第三棟は入り口からすでに廃墟のような有様であり、柄の悪い男たちがうじゃうじゃと居る。
『女だ……女が来たぜ』
『へへっ、ハリスの野郎に身売りしに来たか?』
『あっちのガキもちょっと化粧させれば使えそうだ……』
ツミキとマリスとテンオウは男たちの気色悪い目線に囲まれながら第三棟に足を踏み入れる。
(や、ヤバいって! 私今日どうなっちゃうの!?)
「つ、ツミキ……」
テンオウはぎゅっと震えながらツミキのYシャツの裾を掴んでいる。
「やっぱり無事じゃすまないかも……」
第三棟の一階、食堂。そこはすでに食堂と呼べる場所では無かった。
中央に透明の防弾の壁に囲まれた場所がある。そこには赤く丸いシールを右腕と左足に付けた男と、ダーツを手に持った目つきの悪い二十歳ほどの男が入っていた。
『いけぇ! やっちまえハリス!!』
『逃げろ! お前に2000G賭けてんだぞユージン!!』
明らかに追われている側の息を切らした男は、すでに右腕のシールにダーツが刺さり血が流れている。追う側の男はギザギザの歯を見せながら悠長にダーツを構えていた。
「あの目つきの悪い人が……」
「ハリスよ」
ハリス。黒髪のオールバック。服装は黒の長袖のシャツと白の長ズボンと言うカジュアルな恰好だ。荒々しくも、どこか落ち着いた様子。右腕をポケットに入れて左手でダーツを持っている。
「――ね、ねぇダーリン……本当に大丈夫?」
「多分。まだ確信はもてないけど……」
透明の防弾壁に囲まれた人間ダーツのステージ。ステージには大きく円が描かれている。
逃げている男が円の外へ出ず、ハリスが円の中へ侵入しない様子から、あの円が両者の動ける範囲を区画していることがわかる。
「あれって的に手を被せたり、相手に背を向けちゃダメなの?」
ツミキが質問すると、隣に立っていた坊主頭の大男が笑った。
「ボウズ、お前ここは初めてか?」
「あ、はい」
「残念だがどっちも大した意味は無い。ダーツを的に直接当てずとも、逃亡者の体のどこかに当て、その射線上に的があれば当たり判定になる。つまりは右手の掌に的があっても、右手の甲に当てれば当たり扱い。左肩に的があって、右手で的の上を覆っても、右手にダーツが当たり、その時点でダーツの先端の射線上に左肩があったら当たり扱い。ってわけだ」
「なるほど……」
フィールドの外には時を刻むデジタルタイマーが設置してあり、ゲーム終了までの時間が映し出されていた。
――残り時間十秒。
(このままいけば逃げてる方の勝ちだ……)
「ハリスの野郎、ブザービーター狙いだな」
「え?」
ハリスは残り時間が少ないにも関わらず、余裕な表情でダーツを構える。
逃亡者はハリスの反対側で足を止め、ハリスの方を見て避けれる態勢を取る。
残り時間があと一秒になった瞬間、ハリスはダーツを投げた。
投げられたダーツを逃亡者は躱し、ほくそ笑む。だが、放たれたダーツの影からスッともう一つのダーツが現れた。
「なに!?」
残り時間0となり、デジタルタイマーから音が鳴る。それと同時に、ダーツは的に的中した。
『うおおおおおおおっ!! さすがだぜハリスゥ!!』
『よっ! 天才スナイパー!』
「出た! ハリスの影撃ち! 二つのダーツを投げ、一投目の影に二投目を潜ませ的に当てる。魅せてくれるぜ」
「――マリス、大丈夫みたいだ」
「え?」
ツミキは自信満々の顔で言う。
「この人には勝てるよ」
ざわ。とツミキの言葉で周囲の野蛮な男たちが固まった。
勝負を終えたハリスはフィールドから出て、自分特注のソファーに腰を掛ける。
「ったく、相手になんねぇぜ腰抜けが」
ハリスが対戦相手のふがいなさに文句を言っていると、観客たちの間を縫って三人組の子供が現れた。
「オイオイ。冗談だろ?」
ツミキはハリスの前に出る。
「人間ダーツ、やりましょうよ」
「――ガキと遊んでる暇はねぇぜ」




