4‐⑬ 激突一分前
ヘビヨラズ第一棟121号室。
部屋は静まり返っていた。
眠ったままのシン。
どこか覚悟を決めた顔のテンオウ。
信じられない、という顔をしているマリス。
全員の顔色を伺うポール。
そして、既に他の者達とは一歩先の思考をいっているツミキ。
静寂を切り裂き、真っ先に口を開いたのはマリスだった。
「ど、ドッキリよコレは!」
目を泳がせ、微かな希望に縋る。
「ありえないわ! だって、トートさんがそんな酷いことするわけない! メイバーさんのドッキリ……もしくは何かトラブルがあって――」
「それは無いよ。マリス」
冷たい目つきでツミキはマリスを見る。
「メイバーさんが、あの人が、こんな面白くないことをするわけないでしょ?」
「ダーリン……」
「皆、よく聞いて欲しい。僕は、この監獄から脱獄する」
ツミキの言葉に周囲は驚く。
「相手に容赦をする気はない。トート監獄長もエイセン看守長も必要なら倒すし、相手が援軍を呼んでも倒す」
「ツミキ……」
「仲間はできるだけ多い方がいい。だから協力してくれる人が居れば協力して欲しい。でも無理強いはしないし、おススメもしない。最悪死ぬ場合もあるから。だからゴールドを使い続けて刑期を減らさず、死ぬまでこの監獄に残るのも悪くない選択肢だとは思う。よく考えて結論を出してほしい」
ツミキに言われ、一番に手を挙げたのはテンオウだった。
「私は協力するよ」
「テンオウ……」
「私は外でやらなくちゃいけないことがあるから、ここに残り続けるわけにはいかない。それに、脱獄とか憧れてたんだ! ほら、小説とかでもよくあるから……」
強気に振舞うテンオウの手は微かに震えていた。
「ありがとう、テンオウ。よろしくね」
テンオウの次に手を挙げたのはポールだった。
「ポール!?」
マリスの瞳が『どうして』と訴えかけている。
ポールはマリスの腰巾着。自分の言葉なしで、自ら動くポールを見てマリスは驚いているのだ。
「僕も手伝うよ。僕もまだまだやりたいことがいっぱいある。――ねぇツミキ君、もし生きて外に出れたらお願いがあるんだけど……」
「うん。なに?」
「僕を君のパーティに入れて欲しい。メカニックとして、アンドロマリウスのパーツを集める旅に同行させてほしいんだ」
「え?」
「ポール……」
「アンドロマリウスを完成させて、ミソロジアを、義竜軍を倒せればさ……」
ポールは隣で震えながら立っているマリスを見上げ、笑って言う。
「この監獄も自由にできる。そうなれば、君を迎えに来れる」
「アンタ……」
「だからマリスちゃんはここに居ていいよ。絶対に、僕が助けに来るから。命に代えても」
「――!?」
マリスは顔を赤くしてポールから顔を背け、腕を組んで声を上げる。
「うっさい! アンタの慈悲なんて願い下げよ! ――私も協力するわ、ダーリン」
「マリス……」
「き、危険だよ! マリスちゃん!」
「だったらアンタが私を外まで安全に運べる機械を作りなさいっ! 発明だったらアンタは誰にも負けないんだから!」
「でも――」
「文句言うな! これ以上ここに居てたまるか。私は二十歳までにはお嫁さんになるんだから!」
どこか嬉しそうに笑うポールと、ツンとした態度のマリス。ツミキは二人を眺めて口元を緩ませた。
「ありがとう。ポール、マリス」
テンオウ、マリス、ポール。三人の協力を得ることが出来た。しかし――
「あの~、僕は遠慮しとくね。ツミキ君」
「シン……」
「はぁ!? どうしてよ!? アンタ、こういうの一番乗るタイプじゃない!」
「多少の協力はするし、ここでの事は誰にも言わない。でも僕は脱獄する気はないから。めんどくさいし」
「めんど!?」
「――そっか。わかった」
シンはどこか冷たく言い切り、ツミキは発言通り無理強いはせず受け入れた。
「ツミキ君、とりあえず何か作戦はあるの?」
「うん。細かい部分はまだだけど、とりあえず大筋としては義竜兵からチェイスを奪って、それを使って逃げる」
ツミキの作戦にポールが口を挟む。
「義竜兵? でも義竜兵ってこの監獄じゃトートさんかエイセンさんしか居ないよ?」
「僕達が部屋に閉じ込められている夜八時~朝十一時、この時間に多くの搬入車と義竜兵が来る。そこを襲って、車とチェイスを奪って細菌をかいくぐり、メイバーさんの言っていたルートで外に出る」
ツミキの考えを聞いてテンオウは顔を赤くしながら手を合わせた。
「すごいねツミキ! もうそんなに考えたなんて!」
「いや、前々から脱獄しようかなー、どうしようかなー、とは思ってたから、その時ある程度頭を捻ったんだよ」
「でもダーリン、そんな作戦この人数で出来るの?」
「できない。だから仲間を集う。そのために、盗聴器がある」
ツミキは盗聴器を皆に見えるよう手のひらの上に置いた。
「この中にはさっきのメイバーさんの音声が入ってる。これを聞けば協力してくれる人もいると思うんだ」
「そうね。メイバーさんは人望があったし、信憑性は抜群且つ効果的ね」
「うん。とりあえず、僕はこれを持ってメイバーさんと親しい人が多い“GRIFFON BURGER”に行くよ。そこで録音した音声を聞かせて仲間を増やす。その間に皆は協力してくれそうな人、戦力になりそうな人をピックアップしておいてほしい」
「わかった! 僕の部屋のPCにヘビヨラズの囚人のデータバンクがあるから、そこから探してみる!」
「私も手伝うわ。ポール」
「ツミキ。私はツミキと一緒に行こうか?」
「いや、大丈夫。テンオウはマリスとポールを手伝って」
「うん! わかった!」
よし。とツミキは扉の方へ足を向ける。
「じゃ、ちょっと行ってくるね」
『行ってらっしゃい!』
扉を開け、ツミキは顔つきを変えた。
(トートがこっちの動きに気づく前にできる限りの手を打つ)
ツミキは部屋から飛び出し、一階へ行く。
「できるだけ早く、トートに見つからないよう静かに……」
階段を降り、大きな玄関口へ向かい、ツミキは入り口の扉を開いた――すると、
「どこに行くんだい?」
扉を開けた先に、あの男が待ち構えていた。
玉座に座った骸骨。以前のおちゃらけた恰好ではなく、真っ黒のマントを纏っている。人骸を使い、決して本体を見せないこの監獄の王――
「トート、ゲフェングニス……!」
「ここから出ることは許さないよ。ツミキ・クライム君……」




