4‐⑫ 屈辱の咆哮
ヘビヨラズ看守室。
たった二人しかいない、ガラガラの大部屋。そこには骸骨の監獄長トートと、スーツを着た長身筋肉質の真面目な男〈エイセン・グリッド〉が居た。
エイセンはパソコンで業務をしながら、トートは漫画を読みながら会話をしている。
「明日メイバー君他三名を釈放するから、準備よろぴくね~エイセンちゃん」
「了解です。ですが“ちゃん”はやめていただきたい、トート監獄長」
「相変わらずド真面目だねエイセン看守長は~」
「我々が模範となり、囚人を裁く。当然のことです」
「ほんと真面目。あ、そうそう。そろそろ堕落者達は別の監獄に移ってもらうようにしようかね~アイツら居ても無意味だし」
「――わかりました。一年以上刑期を消化していない者には警告を出しておきます」
「頼むね~」
エイセンはキーボードを打つ指を止め、トートに問う。
「トート監獄長。例のモノは……」
「届いてるよ。今、応接室の段ボールの中に居る。君へのボーナス。今日は輸入品だよ~」
「いま確認しても?」
「構わないさ」
エイセンは立ち上がり、応接室へ向かう。
その中央にある段ボール、その中には冷却剤が詰められていた。冷却剤に包まれた『商品』を見て、エイセンは鉄仮面を崩す。
「いいね。いい。やっぱり、生きてない方が良い」
その表情は狂気に満ちていた。
トートは看守室で応接室の方へ目線を送り、呟く。
「ある意味、一番恐ろしい檻かもね。彼は」
さて。とトートはメイバーの写真が張り付けてある書類を手に取った。
「良い子だったな、メイバー君。もうお別れなんて、――寂しいね」
―――――――――――――
ツミキがメイバーに盗聴器を預けられてから一週間の時が過ぎた。今日はメイバ―が釈放される日だ。
ヘビヨラズの釈放の日には巨大な入り口扉の前に完全外界遮断のバスが迎えに来る。このバスに、今日釈放される人間を乗せて外に旅立つのだ。
今日この入り口であり出口である扉には多くの見送りが集まっていた。今日ここを去るのは四人だが、この大勢の見送りを集めた人気者は間違いなく彼、メイバーだ。
「おめでとうメイバー!」
「俺も外に出たら一緒に酒飲もうぜ!」
「店長、お疲れ様でした!!」
「ああ、みんな見送りありがとな!」
メイバーが一人一人挨拶していると、見送りの背後から花束を持った花屋の店長がやってきた。
「フラさん!」
「いや悪いねメイバー、遅くなった。ほら、妹さんに送る花束。花は希望通り〈ブーセ〉で統一した。色違いはあるがな」
メイバーとヘビヨラズの囚人の別れ。その様子をツミキは自室で聞いていた。
『ありがとうございます! これで妹に胸張って会えます!』
『おう! 達者でな!』
ツミキは盗聴端末を拡声状態で自室の真ん中に置いていた。
ツミキの周りにはシン、ポール、マリス、テンオウの四人が居た。全員で盗聴端末を囲んでいる。
「よし。盗聴器はちゃんと繋がってるね」
「うん。さすがだね、ポール君の発明は」
テンオウがポールを褒めると、マリスがムッと唇を尖らせた。
「大したことないわよ! ってか、あんまりダーリンにくっつかないでくれる?」
「ご、ごめんなさい……」
ギスギス状態のテンオウとマリス。二人は性格の相性が最悪だった。
部屋の端に居るシンは布団に再び潜り、
「なんか動きあったら起こして……僕、もうちょっと寝る」
と言って眠った。
ポールは呆然とシンを見つめる。
「相変わらずマイペースだねー、シンちゃんは」
「ダーリンも大変でしょ」
「あっはは、もう慣れたかな」
盗聴器の先では既にメイバーはバスの中へ足を踏み入れていた。
「大丈夫かな……」
ツミキが心配そうに呟くとマリスが笑顔で言葉を返す。
「ダーリンの考えすぎだって。ラックのオジサンは嘘しか言わないんだから、廃棄指定地区に置き去りにされるなんてあるはずないわ」
バスのエンジン音が響き、振動が盗聴器越しに伝わる。
「あ、出発するみたいね」
(よし。ここまでは問題ない)
バスが発車する。
盗聴器越しに、バスの中でメイバーは共に釈放される女性と仲睦まじく話を弾ませていた。
『メイバーさん、やっぱりすごい人望ですね』
『そんな大層なもんじゃないさ』
『――ちょっと寂しそう』
『そりゃあな……ツミキにシン、ポールにマリス。テンオウ。アイツらの顔を最後に見たかったからな。ま、アイツらは今頃、一つの部屋に集まって盗み聞きでもしてるんだろうが』
『盗み聞き?』
『まったく、どいつもこいつも本当に手のかかる奴だった……シンは無邪気に場を荒すし、マリスはワガママで口下手、ポールは変な発明品ばかり作って皆を困らせてた、テンオウは内気で他人との壁を作って、ツミキはああ見えて頑固で自分の意思をどこまでも押し通す暴れん坊。だけど、ああいう奴らが居たから俺はあの街が好きだったんだな』
ツミキらはその他愛ない会話を聞いて安心する。マリスはうるうると瞳に涙を溜め、立ち上がって顔を背けた。
「ぜ、全然元気そうね! 私と別れて、ちょっと悲しむかなって思ったけど!」
「メイバーさんは僕とマリスちゃんにとっては恩人だったもんねー。いなくなると寂しいよねー」
「うっさい!」
「それは僕も同じだよ。本当にお世話になった――」
そうツミキが言って、油断した時だった。
――ピィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!
『――――――!!?』
とんでもない音のノイズが部屋に響き渡った。
「な、なによこの音……!!」
部屋の住人は両耳を塞ぐ。
反射的にテンオウが盗聴器の音を止めた。
「なんだったの? 今の音――」
「止めちゃダメだ! テンオウ!」
「え?」
「最低音量でいいから音を出して!」
「う、うん……」
テンオウはツミキの言う通り最低音量に設定する。
「え? 何、なにが起きてるの!?」
「僕の作った盗聴器がノイズを拾うなんて……」
「駄目だ、ノイズ以外音を拾えないよ!」
事態を飲み込めない三人に囲まれ、ツミキは一人諦めたように地面に顔を向けていた。ツミキには読めてしまっていた、後に起こる展開が。
(メイバーさん……!)
最低音量でノイズを鳴らす盗聴端末。
部屋に居る全員が無言で、ノイズに耳を傾けていた。一分、五分、十分、ニ十分……
三十分の時をえて、ノイズは無くなり、代わりに弱弱しい男の声が聞こえて来た。
『よう。聞こえてるか? ツミキ……』
メイバーの声を聞き、全員の顔に生気が戻る。
「メイバーさん! よかった、無事だった……!」
「し、心配させないでよね! まったく!」
メイバーは既にバスを降りていた。
そして、目の前に広がる光景を見て、ただ突っ立っていた。
『結論から言おう。ラックさんが言ってることが正しかった』
マリスが「え?」と抜けた声を出す。
『催眠ガスで眠らせて、起きたらよ……なにもねぇんだ! これがなぁ』
メイバーの前に広がるのはひたすら荒地だった。
乾いた風、乾いた土、乾いた空。地平線を眺めるメイバーの顔はジャブダルの感染によって腫れあがっていた。
『バスが止まった時、催眠ガスが天井から降り注いだ。咄嗟に口と鼻は抑えたんだが、ちょっと吸っちまってこの有様だ』
足元に転がる花束は、静かに枯れていく。花束が劣化していくの同じに、メイバーの肌も乾いてゆく。
「う、嘘よ! ありえない!!」
マリスが取り乱す。ポールは眉を八の字にして汗を垂らし、テンオウはジッとメイバーの声を聞いていた。
ツミキは拳を握り、唇を噛みしめる。
『俺はもう助からねぇ。だからせめて、お前らに情報を……』
ズザ。と膝が崩れ落ちる音が聞こえた。
「メイバーさん!!」
『いいか、よく聞け……密室空間ならガスは通らねぇ、隣でチェイスが走ってたからチェイスでも大丈夫、だ――あと、“機犬”についても……わかったことが、』
通信の先でせき込む声が聞こえる。それでもメイバーは声を出し続ける。
「もういい……もういいんだ。メイバーさん……!」
ツミキの声がメイバーに届くことは無い。この通信はメイバーからの一方通行だ。わかっていながらもツミキは声を出さずにはいられなかった。
『“機犬”は、場所で敵味方を判断している……! コンクリートの床周辺20mと、入口の真逆側……から、真っすぐの道――そこは、安全地帯だ……!』
メイバーの唇からは枯れた血が流れ、右脚は砂となり、右目は鉱石となっていた。
『俺にわかったことはこれだけだ、ツミキ――』
「十分です……!」
ツミキの瞳からぽたぽたと涙が落ちる。
『なあツミキ。情報料ってわけじゃないんだが、最後に頼みがある』
メイバーは最後に、両目から大粒の涙を流して懇願する。
『トートの野郎を、ぶっ殺せ!!!!』
「――!?」
『アイツが、あの野郎が憎い!! 散々、ダチみてぇなこと言っといて、あの野郎、あの野郎!! 心から、信じ、て――――』
砂が落ちるような音と共に、無念の咆哮は途切れた。
メイバーの体は砂となり、鉱石と盗聴器が地面に落ちる。その鉱石を、通りがかった機犬が口で拾い、飲み込んで回収した。
(ラックさんの言葉に嘘は無かった。ここは、この監獄は……リウム合金を作るための、工場だった)
ツミキはツーツーと途切れた盗聴端末を握りしめ、涙を拭い、立ち上がった。その表情からは迷いは消え去っていた。
同時刻。看守室で監獄長は笑う。
「罪には罰を。罪人には相応しい最期が必要だ……なにもない世界で、なんの意味も無く死ね。クズで愚かな石っころ共が」




