4‐⑪ メイバー・ペーターズ
ツミキはラッキー・ボーイの話を聞いた後、すぐにある者の部屋へ向かった。
――刑期残り一週間の男、メイバー・ペーターズ部屋だ。
「お、ツミキか。どうした?」
「――メイバーさん。少し話があります」
そしてメイバーにラッキー・ボーイから聞いたことの全てを話す。するとメイバーは笑ってこう言った。
「お前もラックさんの被害者になったのか」
「え?」
ラック(ラッキー・ボーイの愛称)はこの監獄内では変人で有名らしい。
それゆえ多くの人間から全く信用されていなかった。ラックの言葉を鵜呑みにすれば馬鹿にされる始末である。
「時々出てくるんだよな、ラックさんを信じちゃう奴が。ツミキは純粋だからなー」
(あの人、案の定変人扱いされてるんだなぁ……)
当然だな。とラックの立ち振る舞いを思い出しながらツミキは納得する。
「心配してくれたのはありがたいが、大丈夫だよ。ちゃんと外に出れるって確信に至る出来事はあった」
「え!? ほ、本当ですか?」
「ああ。さっきお前が外に出れない根拠に挙げてた『釈放された人間の肉声を聞いた奴はいない』って話あったろ?」
「はい」
「俺、受けたことあるんだ。釈放された奴からの連絡を。トート監獄長には内緒で」
「えぇ!?」
「前にポールに通信機を作ってもらったことがあるんだよ。それを使ってな」
だとすれば大前提が覆る、もしそれが本当ならば――
「それは、本当にメイバーさんの知人の声だったんですか?」
「ああ。紛れもなく、な。バイトのメンバーだったからよく声は覚えてたし、聞き違えることは無い」
「な、なんか合言葉を使ったりはしましたか?」
「ん? そこまではやってないな。――よっぽどラックさんに毒されてるなお前。いいだろう、だったら……」
メイバ―は自室の机の引き出しを開け、なにやら工具を使って引き出しの底を開け、手のひらサイズの小さな黒い袋を取り出した。
「それは?」
メイバーは黒い袋から小型のカプセル剤の形をした機器と小型のスピーカーのような機器、合わせて二つを取り出し、ツミキに見せる。
「じゃじゃーん! ポール特製、薬品型自動録音盗聴器!」
「と、盗聴器!?」
「しかもコイツはカプセル型の盗聴器を飲み込んで隠すことが出来る。俺がケツから捻りだすまで俺の半径十メートルの音はそっちのスピーカー型端末で拾えるぜ。お前にその端末を渡そう」
「これを使えばリアルタイムでメイバーさんの周辺の音が拾えるわけですか……っというか、コレを作れるポールって何者ですか!?」
「お前、ポールがどういう経緯でここに収監されたか知っているか?」
「いえ、聞いてません」
「聞いて驚くな、ポールが言うには……」
メイバ―は以前にポールとした会話をそのままツミキに話す。
『ほら、学校の自由研究ってあるじゃないですか』
『あるな。大嫌いだった』
『僕、夏休みの自由研究で“アンドロマリウス”について調べることにして、その姿を映した動画をネットから拾って見たんです。その映像を頼りに、アンドロマリウスの構成物質に予想を立てて、アンドロマリウスの細胞である“リウム合金”ってのを作ったんですよ」
『アンドロマリウスの、細胞!?』
『はい。この監獄の周りにある有害ガス“ジャブダル”。あれに生物が触れると生物の一部が鉱石化して残りは砂みたいに溶ける。その時にできた鉱石のさらに一部がリウム合金なんです』
『そ、そうなのか……初めて知った』
『ジャブダルについては昔、廃棄指定地区の特集で見たことあって、その時にある程度ジャブダルの原理も察しがついてました。それで動画を見て確信しました、アンドロマリウスの細胞はジャブダルで作ってるって。それで既存の化学物質を合わせてジャブダルを作り、ネズミが入った虫かごの中にジャブダルを流し込みました。ネズミは体の一部をリウム合金もどきにして消えた。僕はリウム合金……と言っても、双眼鏡でやっと見えるぐらい小さなリウム合金もどきを自由研究の成果として学校に提出したんです。そしたら次の日に義竜軍の人が家に来て「君を危険技術保持法によって逮捕する」――って言われ、今に至るってわけです』
かいつまんで言うと、十一歳の少年が独学でアンドロマリウスの細胞であるリウム合金、その劣化版を作り、義竜軍にヤバい奴扱いされて逮捕されたというわけだ。
……。
ツミキは話を聞いて、「もしかして」とメイバーに聞く。
「この監獄で一番凄いのって……」
「間違いなくポールだろう。アイツ化物、この体内盗聴器だって外の世界にはまだ無いからなー。アイツオリジナルだ。――何はともあれ、コレがあれば真実を掴めるだろう? 次の月曜日、俺は釈放される。その時コイツを飲み込んで俺の周囲の音をお前に拾えるようにしてやる。俺がここから外に出るまで実況してやるよ」
「き、危険ですよ! ラックさんの話が本当なら……」
「ツミキ! ――俺とラックさん、どっちが信用できる?」
メイバーは真っすぐな瞳でツミキを見て、言い放った。
ツミキは俯き、唇を噛む。
「どうして、メイバーさんはこんなものをポールに作ってもらったんですか? メイバーさんにはリスクばかりで、利益が無い……」
「ああ、そりゃお前みたいなやつがいるからさ。俺も用心深い方でな、昔はこの監獄を疑っていた。だからわかるんだ、お前の気持ちはな。そんでお前と同じことを思ってるのは他にもいる。だから俺は盗聴器を使ってそいつらを安心させてやりたかった」
「メイバーさん……」
「利益がどうとか言う問題じゃない。――俺には外に置いてきちまった家族がいる。その家族に、恥じない男になって出て行きたい。それだけなんだ。だからお前がその盗聴器を使って皆に証明してくれ! ここは良い街だってことをな!」
そう言い切るメイバ-の顔は輝いていた。
ツミキはまだ不安を拭いきれていなかった。それでも、メイバーの信念を聞いたら止めることが出来なかった。
「わかりました。僕は、メイバーさんを信じます」
「それでいい。トートさんも看守長も、この街も……本当に良い場所なんだ。それを、お前にわかってほしかった」
ツミキは頭を下げ、部屋を出た。
――この時、無理にでもメイバーを止めなかったことを、一週間後の月曜日にツミキは後悔することとなる。




