4‐⑩ 精神体
ツミキが連れてこられたのはツミキが住んでいる第一棟の三階、132号室。ラッキー・ボーイの部屋だ。
ツミキはラッキー・ボーイの部屋に入って、まず家具の少なさに驚いた。
(椅子も無ければ布団もない。元々ある物と、大きなクーラーボックス一つだけ……)
ラッキー・ボーイは玄関扉の反対側の壁に背を預けてあぐらをかいて座る。ツミキはラッキー・ボーイの正面で正座した。
「早速だが、お前さんはこの街に不満はあるか?」
「――いえ。とてもいい監獄だと思っています」
「それはどうしてだ?」
「それは……監獄と言う割には比較的自由ですし、それに通常の刑期を倍以上、上手く立ち回ればもっと早く終わらせられることができますから」
「っふ。それが一番の落とし穴だ」
ラッキー・ボーイのサングラスから鋭い瞳が透けて見える。
「どういうことですか?」
「刑期が終わると何が待っている?」
「それは、釈放……」
「そう、釈放さ。この監獄からの釈放だ」
「なにが言いたいんですか?」
「トートはいつもこう言っている。『刑期を終えれば外に出れる』、『解放する』、『釈放する』とな。そして囚人はその言葉を鵜呑みにしている。実際、トートは嘘を付いていない。トートは確かに監獄から外に囚人を出している。だが、廃棄指定地区から囚人を出したことは無い」
「……まさか」
ツミキは信じられない、という瞳をしている。自分の中で生まれた仮説を自分の中で必死に消していた。
「細菌“ジャブダル”を知っているな?」
「はい。確か、人の一部分だけを鉱石化させ、残りを砂に変えるという……」
「そうだ。トートは刑期を終えた囚人を廃棄指定地区のど真ん中に放置し、その“ジャブダル”と結合させとある鉱石を作っている。人とジャブダルを組み合わせることで誕生する――“リウム合金”と言う名の鉱石をな」
「――!?」
ツミキは「え」と声を漏らした。
「刑期とはつまり、死刑執行までのカウントダウン」
「で、ですが……外に出て行った人から今でもたまにメールを貰えると、メイバーさんは言っていました」
「ああ。だが、肉声を聞いた奴はいない」
「それはだって、規則で……」
違う。とツミキは否定する。
その規則を作った張本人は――
「メールはトートか、もしくは看守長の“エイセン”の自作自演だな」
「で、でもおかしいですよ! それならどうして店を開かせたりして商売をさせるんですか? その鉱石を作りたいんなら、そんな回りくどい事させずここに来た時点で僕達を鉱石に変えてしまえばいい!」
「リウム合金ってのは素材の良さによって価値が変わるのさ。素材を良くさせるために、商い事をさせ“精神体”を鍛えさせる。 “精神体”の数値が高いほど、良質なリウム合金が取れるからな」
「“精神体”?」
「――お前さん、チェイスに乗ってたのに“精神体”を知らないのか?」
頷くツミキを見てラッキー・ボーイは「これもまた運命、か」と呟いた。
「俺達には今こうやって動かしている手や、足といった“肉体”がある。だが同時に、己の肉体が動いた姿をイメージしたり……もっと言うなら、妄想上の自分、夢の中で動く自分、といった想像の中で動く自分“精神体”が存在する」
「それがチェイスとどう関係が……」
「チェイスを動かす時は約三~七割をこの精神体で動かし、残りを肉体で動かしている。一つの機兵を、肉体だけで動かすなんて到底無理な話だからな」
チェイスは頭の先端から足、手の指までに至る動きの幅がかなり大きい。それらを全てカバーするには肉体での操作だけでは足りないのだ。ゆえに精神体を利用することにした。
“精神体”で動かした兵器の例としてはコモンが操っていた“神糸”や、ケインが利用していた“ポセイドン”がこれにあたる。
「チェイスのエネルギー源である〈輝光石〉が精神体を伝導させる効果を持っているんだ。だから初心者でも精神体のステータスが高い人間は、肉体で操作する分を減らし精神体に九割方動かせることで上級者に食って掛かったりできるわけだな」
ツミキが初心者でありながら、多くの猛者たちを翻弄できたのは精神体に依存していた部分が多い。未だにツミキは、しっかりとしたチェイス操作の指導は受けていない。肉体の技術が無くとも、精神体と心能で肉体部分をカバーできていたからだ。
「だが、精神体には限界がある。どれだけ精神体が優秀な奴でも、肉体と精神体どちらの操作も手慣れた人間には手も足も出ない。あくまで優先順位は肉体>精神体であるべきなんだ」
ツミキの頭に過るコモンとの戦闘。コモンは肉体、精神体共に高レベル。コモンを倒すためには精神体による操作だけでは無理だろう。
「そして精神体は肉体同様鍛えることができる」
「そうか。その鍛える術として有効なのが――」
「商売による切磋琢磨。精神体には三つのステータスがあってだな、〈パワー〉、〈スタミナ〉、〈テクニック〉。その内、パワーとテクニックは才能面が多いがスタミナは鍛えて伸びることが多い。商い事じゃパワーとテクニックは鍛えられないが、スタミナは大きく伸ばすことができる」
「良質なリウム合金を作るためには、そのスタミナが必要……と」
「スタミナだけじゃなく、パワーとテクニックも必要さ。全部の合計値だな。だが後天的に伸ばしにくいパワーとテクニックに拘ってもしょうがねぇからスタミナだけ伸ばしているのさ。一つのステータスのMAXが100として、平均が30。合計値平均が90だ。だがこれで出来るリウム合金はへぼ、Dランクだな。合計値が30上がるごとにリウム合金のランクも上がる。トートが欲しがってるのは人体実験に使えるレベルのB(平均50)以上。そして願わくばアンドロマリウスの素材となりえるSランク(平均70以上)だな」
「え、アンドロマリウス?」
「そうさ。アンドロマリウスは精神体の強い人間を素材に作った、生きたチェイスなんだよ」
ゾッとツミキは鳥肌を立てた。
今まで自分が使ってきたあの銀腕は、多くの血肉を融合させて作った物。その事実に、悪寒を感じたのだ。
そして同時にとんでもない仮説が浮かび上がる。
(アンドロマリウスの素材……それを作っているということは――!)
ポタ。とツミキは膝の上に汗を垂らした。
「まさかトート監獄長の目的は、第二のアンドロマリウスを――」
「っふ。それは違うな。なぜなら、ランクSの精神体を持つ人間なんて一握りもいいとこだからなぁ。どれだけ鍛えてもBランクから先は才能が絡む。それに、一人の人間から取れるリウム合金が約10グラム、だがアンドロマリウスの総重量は70トンを超える。今、世界中の天才達を煮えにしてもアンドロマリウスは作れないだろう」
ならば。とツミキは考える。
(なら、三年前に誕生したアンドロマリウスは……一体どうやって作ったんだ?)
「簡単に話をまとめるなら、トートはこの監獄で人間の品種改良を行っているんだ。上手い卵を産ませるために、ミネラル豊富な水を鶏に飲ませる農夫のようにな。トートはストレスの少ない環境と人の胆力を上げる商い事を利用してよりよい質の人間を作り出し、ジャブダルに食わせて義竜軍に献上する上質なリウム合金を精製している。献上するリウム合金が上質であればあるほど、多額の報酬を貰っているのさ」
「もしそれが本当なら、なぜそれを他の方々に伝えないんですか!?」
「証拠がねぇからさ。変に噂を広めれば俺がトートの野郎に目を付けられる。そうなれば、いざって時に動けねぇ。俺がこのことを知っているのもたまたま“トート”と“エイセン”の会話を聞いただけだしな。真実かどうかは俺もわからねぇ。だが……俺は間違いなく、アイツらは黒だと思っている。俺の頭上に吹いている幸運の風がそう言っているのさ」
ラッキー・ボーイの話には信用に足る証拠がない。
――だが、
「見えてきたか? お前さんが動く理由が」
「いえ、まだ僕はアナタのことを信じられません。だから、信用できる人にこの話をしてみようと思います」
「ッフ。それはお前さんの自由だ。幸運は常に、自由意思に付きまとう」




