4‐⑨ ラッキー・ボーイ
(銀の、英雄――)
銀の英雄。
ツミキは二人の仲間の言葉を思い出す。
――『一つずつしか動けず、横に動くことも後ろに下がることもままならん。――しかし、一歩一歩しっかりと歩いて経験を積み重ねる。積み重なった経験はいつしか盤上を支配し、勝利をもたらす。それがこの駒、“銀”じゃ』
――『ツミキ。アンタは“銀の英雄”になりなさい』
シーザーを倒した後に、二人はツミキに銀の英雄になれと言った。
(知っていたのだろうか、あの人達は。知っていて、僕に……)
ツミキの中で熱い何かが広がる。
(不屈の闘志を持って進み続けた英雄の異名。僕なら彼のようになると、そう信じたのだろうか?)
「これでプールの話はおしまい」
「面白かったぁ! まさか私が知らない理由なき戦争の話が聞けるなんて、今日はこれだけで満足だね~」
「いやいや、まだ始まったばっかりだよ? ねぇツミキ君。――ツミキ君?」
ツミキはポールに肩を揺らされ、ビクッと反応する。
「ああ、うん! そうだね……」
「どうしたの? さっきから考え事してるみたいだけど……」
「うん。ごめん、二人共。今日はちょっと調子が悪いから帰るね」
ツミキは立ちあがり、愛想笑いを浮かべながら部屋を去った。
部屋に残されたポールとテンオウは顔を合わせて、同時に笑った。
「ツミキ君って不思議だよねー。どこか僕らとは違う所に居る気がする」
「うん。私と話していても、いつもどこか遠くを見てる。ちょっと、寂しいかな。もっと色々相談してくれればいいのに……」
膝を抱いて俯くテンオウにポールは言う。
「もしかしてツミキ君に惚れた?」
「うん。――え!? な、ナニイッテンノカナポールクン! 第一わた……僕は男だよ!」
「いやいや、テンオウちゃんのこと男だと思ってるの、シンちゃんぐらいしか居ないよ?」
「そうなの!?」
あちゃー。とテンオウは顔を赤くしながら頭を抱える。
テンオウはベレー帽を脱ぎ、長い髪を解放した。
「ポール君は聞いた? ツミキ君が何を求めて旅をしてたか」
「知ってるよ。アンドロマリウスを完成させて世界を変えるなんて、スケールが違うよねー」
「もし……もしもツミキ君が世界を変えたなら、きっと私の国は……」
「そうだね。ツミキ君はきっと、君の希望となる存在なんだと思う。僕にとってマリスちゃんがそうだったみたいにね……」
――――――――――――
テンオウの部屋を出た後、ツミキは監獄の繁華街を歩きながら考え事をしていた。
(このまま、この街で遊んでいたら幸せになれると、そう思っていた)
ツミキの顔つきは監獄を訪れる以前のモノへ戻っていた。
(でも違う。僕は、僕自身の幸福で満足できる人間じゃない。僕は皆が幸せじゃないと満足できないんだ)
ツミキの思う『皆』がどこまでを指すのかは本人ですらわかっていない。
だがとにかくツミキは、自分以外の誰かを救わなくては気がすまなくなっていた。その原因は頭にある欠けた何かだ。『誰か』と過ごした日々が、『誰か』に言われた『何か』が。ツミキの中で呪いのような正義感となってのしかかっている。
「ようやく自分の性を理解したか? 選ばれし少年よ」
繁華街脇にある木の影、そこから渋い声が聞こえて来た。
ツミキは足を止め、木の方を見る。木の影に立っていたのはサングラスと大きなマウンテンハットを被った40~50歳ほどに見受けられる初老の男性だった。
「あ――」
「俺か? 俺の名は“ラッキー・ボーイ”。幸運の星の元に生まれて来た風雲児さ」
ラッキー・ボーイ。そう名乗った男からはただならぬ覇気を感じる。
ツミキはその名前に聞き覚えがあった。
(確か、上の階に住んでる人……同じ建物に住んでいるのに一度も会った事無かった)
後ろに伸びた長い白髪が風に揺さぶられ、左右にたなびく。ラッキー・ボーイは口元を常にゆがめており、どこかつかみどころのない男だ。
「選ばれし少年――」
「『選ばれし少年が何を指すか』って? 深い意味はないさ」
(まだ何も聞いてないっ……!)
「ッフ。これもまた運命か……」
勝手に感慨にふけるラッキー・ボーイに対し、ツミキはちょっと引いていた。
(変な人だな……)
「少年よ。お前さんは何を欲する?」
「何をって……」
「俺にはわかるぞ、お前さんが欲するものを。それはつまり理由さ」
「理由? 理由って――」
「戦う理由、脱獄する理由。己が罪を犯しても正義を成したと思える理由だ」
「――!?」
ツミキは自分でも認知してない図星を突かれ、冷や汗を流した。
ツミキが二十日近く動かなかった最大の理由は言うなれば大義名分である。
脱獄。この場所でそれを成すには多くのリスクを伴う。自分も、そして他人も。それらを巻き込んでなお、『正義のためだ』と言い切るには謎のメールや写真だけでは足りない。
「大義名分が無ければヒーローは動けない。当然の話さ」
『大義名分が無ければヒーローは動けない』。このヘビヨラズの甘い沼に落ちて、この監獄を素晴らしいと思えば思うほど、大義名分は消えていった。だから、変な考え方をするならば、脱獄したいツミキにとってはこの監獄は真っ黒であってほしかったのだ。
「お前さんは常に探している、大義名分を。悪を裁く理由を。何の理由もなく、脱獄という罪は犯せないからだ」
看守が囚人を嬲ったり、囚人が囚人を虐めたり、囚人の暴挙を看守が黙認したり、そういったわかりやすい悪が居れば『犠牲を払っても大丈夫』と考えられる。『脱獄の際に看守を殺しても大丈夫』、『多少囚人を巻き込んでも悪い人間なら問題ない』、そう考えたかった。ツミキがこの監獄に来たばかりの最初期の反応、活気に満ちた監獄を前にして一切喜ばなかったのは己の中で小さな落胆があったからだ。
こういった本質がツミキの異常性であり、面倒な部分でもある。
だからこそサンタはアーレイ・カプラに居る時に、ツミキに理由探しの暇を、隙を与えた。理由さえあれば彼がどう動くかわかっていたからだ。ツミキはいつだって探している、悪人を倒してもいい理由を。正義を成していい理由を。自分が悪でありたくないから、悪を裁いている。自分が善であるために、悪を探している。正義の味方であるために、悪の味方を探している。
だからこそ、ツミキにとって善悪を分けることは“義務”なのだ。自分自身が善人であるための……
「このラッキー・ボーイが理由を与えてやろう。選ばれし少年よ」
「あなたは――」
「『あなたは一体何者ですか』って? 俺は俺、ラッキー・ボーイさ。元・凰燭軍幹部にして、幸運な男」
「凰燭軍!? ってことは—―」
「『シンラさんの知り合いですか』って? その通り。アイツは俺のマブダチさ。俺がお前さんを気に掛ける理由は、言わばダチを助けてくれた礼だな」
凰燭軍主治医“ラッキー・ボーイ”。
あのアンドロマリウスの襲撃から逃れた、数少ない凰燭軍幹部にして、凄腕のパイロットだ。
(この人は……この監獄に居ながらアーレイ・カプラで起きたことを知っているのか?)
「ツミキ・クライム。お前さんが善であるために、必要な悪がここには居る。それを教えてやる。――ついて来い」
「……わかりました」




