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“銀”の英雄  ~Revival of Andromalius~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第四幕 “ゲフェングニス”の罠

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4‐⑤ 三重の檻

――ここから脱獄するにはどうすればいい?



 質問に対するシンの答えは辛辣だった。



「いや、僕に聞かれても」



 シンは言葉を続ける。


「脱獄するのは簡単だよ。誰でもできる。でもね、脱獄した後で生きることは誰にもできない」


「どういうこと?」


「明日教えるよ。今日はとりあえずお風呂入って、歯を磨いて、僕と一緒に寝よう」


 ツミキはシンの言う通り、今日はとりあえずお風呂に入って、歯を磨き、()()()眠りについた。




――九月一日金曜日。




「ここは……? 玄関、かな」


 ツミキ・クライムは十一時を過ぎてすぐ、シンに連れられある場所に連れてこられていた。


 ヘビヨラズを囲うように設置された巨大な壁。その壁の唯一の抜け道であるチェイス五十機分の大きさのヘビヨラズ入り口の扉、そこにツミキとシンは居た。


 扉はうっすらと開いており、トラックの一台ぐらいなら余裕で通れそうだ。


「じゃ、脱獄しよっか」


「え?」


「あの扉をくぐれば脱獄できるよ」


 シンはツミキの右手を引っ張り、隙間へと向かう。


「えぇ!? こ、こんなに簡単にいくもんなの!?」


「だから脱獄自体は難しくないんだって!」


 扉の隙間、その光の先へツミキは足を踏み入れ、言葉を失った。


「そんな――」


「ここ、第一廃棄指定地区“カウルベルン” は採掘場から湧き出た有害ガスによって消滅した街。その有害ガスは今もヘビヨラズを除いて街を蝕んでいる」



 なにもなかった。


 見える限り荒地だ。草木すらない。地面は割れ、乾き、腐っている。暗い灰みの黄がどこまでも続いていた。


「ガスの名前は“ジャブダル”。このガスに人が触れると体の一部が鉱石化し、残った部分は溶けて崩れ落ちる。特に生物に有効なガスでね、生物以外にも干渉するけど一日は耐える」


 高密度細菌ガス“ジャブダル”。


 どれだけ栄えた場所でも更地にすることと水源だけは残す特性から神話のヘビの名を取って付けられた。他にも体の一部を鉱石化する特徴から“メドューサ”、ガスを浴びてから七歩で死ぬという逸話から“七歩蛇(シチホダ)”と呼ばれることもある。


「どうして、この監獄だけが無事なの?」


監獄(ヘビヨラズ)の中心にある施設からジャブダルが嫌がる電磁波を出して守ってるんだよ」


 監獄の正面扉からコンクリートの足場が50メートルほど続き、ぴったりと途切れている。わかりやすいラインだ。あのラインを、コンクリートの足場から一歩でも外に出れば人は鉱石となり死ぬ。


 アーレイ・カプラが水流の檻を作っていたように、この街は細菌の檻によって囚人を閉じ込めているのだ。


 だが、ヘビヨラズの檻はそれだけではない。


「シン……あ、アレはなに!?」


「ん?」


「何かいる。巨大な何かが……!」


 ツミキは遠くに見える、犬の形をした巨大な鉄の塊を指さす。

 あれこそがこの監獄の番犬。


「あれは無人兵器“機犬(バーゲスト)”だよ。機械で作られた犬、性能はチェイスの量産型(ポーン級)より少し下程度。だけど百匹ぐらいこの監獄の周りにいるからチェイスで編隊を組んでも突破は困難。機犬はガスに侵されず、自由に動き回り、目に映る敵を喰らう。監獄長に許可されてない人間が荒地に入ったら一瞬でパク、だよ」


(細菌の檻に、機犬(バーゲスト)の包囲網……)


 目の前の光景に呆然とするツミキの背後に一人の足音が近づく。



「俺は正攻法をお勧めするよ。順当に、金を集めて釈放されればいい……」



 声の主、メイバーはツミキの肩を叩き現れた。


「メイバーさん……」


「誰もが通る道さ。誰もがここを見て、スタートラインに立つ。俺もそうだった」


「ですが、僕はどうしても早く外に出ないといけないんです……」


「それも誰もが思うことだ。でもここじゃあ金を集めて釈放の一本道しかないんだ。しかし一本道の渡り方は無数に存在する。一度部屋でじっくりと考えてみろ。これからどうするべきかを――」



 ツミキは一人部屋に戻り、壁に背を預けて天井を見上げていた。





「これからどうするべき、か」





 脱獄は不可。

 もし正攻法で最短の道を行っても、十年は絶対に出ることができないだろう。


「でも、あのメール……」


 ツミキは思い出す、メールに書かれていた文字列を。

 それは言葉や単語では無かった。そこに書いてあったのは――



〔morning face@guen009.rait.jp〕



 ツミキは知っている、その文字列が指し示すものを。


(あれは“モーニングフェイス”の共用メールアドレス。念のため差出人のアドレスを見てみたら、同じアドレスが書いてあった。つまり、あのメールを送ってきたのはモーニング・フェイスの誰かである可能性が高い……)


 ツミキはグッと拳を握る。


「居たんだ、生き残りが! 僕一人じゃなかった……でも問題は、どういう理由で監獄内にあのメールを送ったということ」


 ヒントはあの写真。

 送られて来た写真には綺麗な装飾がなされた美しい街の光景が写っていた。多くの芸術品が並ぶ、その街をツミキは知らなかった。


(背景に見えたのは巨大な美術館や綺麗な噴水、塔、歯車を前面に出したデザインの建築物。あの場所に来い、ということなのだろうか……)


――気になる。


――なにかが絶対にある、あの場所に。


 ツミキは考え込み、頭から煙を噴出して「うがー!」と背筋を伸ばす。


「あー駄目だ! サンタさんならパッと答えを示すんだろうけど、僕じゃいくら考えてもわからないよ! わかったところでここからは出られないし……」


 ツミキがうつ伏せに部屋の畳に転がると、誰かが部屋のチャイムを鳴らした。


「ん?」


 ツミキは立ちあがり、玄関扉の方へ足を進める。

 ガチャ。と音を立て、ドアを開けると、そこに立っていたのは先日トイレの前ですれ違った身長の低い子供だった。


「君は……トイレですれ違った」


「向かいに住んでるテンオウ・オルコットです。あ、あの! 本、知りませんか?」


「あ!」


 ツミキは一冊の本を思い出し、部屋に取りに戻る。数秒後、ツミキは例の本をテンオウの元へ持ってきた。


「これでしょ?」


「は、はい!」


 ツミキは本を手渡し、謝罪する。


「ごめんね。ホントはすぐに返したかったんだけど」


「い、いえ! すみません。私の方こそ、本を落としちゃって……」


「あのさ。君も好きなの? “理由なき戦争”」


「え?」


 ツミキは自分を指さし、


「僕も好きなんだ。特に理由なき戦争の第六期が」


「えとえと、宗教戦争! 黄巾信徒と義竜軍の戦い。あれは異なる思想・価値観のぶつかり合いが熱い戦いでした」


「そう! 思想家が政治に干渉するのが面白くてさ――」


 ツミキとテンオウは珍しい同志に巡り合ったことに深く喜び、その後も理由なき戦争について門限まで語り合った。


 ツミキがこの監獄に来て二日目。ツミキはここで、この街の本当の檻に片足を突っ込みかけていたのかもしれない。

~ルールその8 脱獄判定~



この監獄において、『脱獄』とみなされるのは扉の外50メートル続いたコンクリートの足場を越えた荒地まで行った場合だ。コンクリートから一歩でも外に出たら脱獄と判断され、捕縛は無しでその場で死刑執行対象である。

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