4‐④ 裸の少女と一通のメール
ツミキがこの監獄に来てから初めて迎える夜。
結局あの後、ツミキとシンはある程度露店を周って部屋に戻ったのだった。すでに門限である八時を過ぎているため、扉は閉まりメンバーカードを使ってもドアを開けることはできない。
「もう外に出ることはできないね」
「ちなみに時間外に外に居たらどうなるの?」
「厳罰。トート監獄長から直々に手痛い罰を受けるよ。身体的なこともそうだけど、刑期も伸びたりするんだ」
「なるほど……あ!」
ツミキは思い出す。一冊の本のことを。
「これ、返すの忘れてた……」
「そういえば今日ずっと持ってたね」
「ここの一階のトイレで、僕より小さな子供が落としていったんだ。心当たりある?」
「服装は?」
「ベレー帽被ってた」
「じゃあテンオウ君だね。向かいの部屋だよ。明日返しに行こうか」
「うん。そうする」
シンは「じゃ」と立ち上がり、風呂場の方へ歩を進めた。
「僕からシャワー浴びちゃっていい?」
「うん。いいよ」
「――それとも一緒に入る?」
「入らない」
「覗いてもいいよ」
「覗かない」
「もう! ツミキ君ノリ悪い!」
舌を出して「べー!」と言ってからシンは浴室へと入っていった。
ツミキは部屋で一人、今後どうするかを考える。
(刑期百年、どうするか。大人しくルールに従う? それとも脱獄? 前者はともかく、脱獄はリスクが大きいし、それに脱獄した所で……)
ツミキは二つの敗北を思い出していた。
一つはコモンとの真っ向勝負での敗北。己の全てが言い訳もできないレベルで叩き潰された記憶。
(アンドロマリウスのパーツを揃えるにはあの人との戦いは避けられない。ようやく今になって灰色の影に呑まれた後の記憶を思い出したけど――コモン・エイド……勝てるイメージが湧かない。あの人に勝てる人間をイメージすることができない。しかも、星守はあと二人居る。戦力差的にパーツを集めるのはほとんど不可能じゃないか?)
次にツミキはもう一つの敗北の記憶を蘇らせる。それは愚者の灰影に飲み込まれる前に訪れたあの白い空間での敗北だ。自分が殺した相手に、飲み込まれた記憶。あの時、ツミキは己の罪の重さに敗北したのだ。
(今まで僕は、自分の行動を疑ったことは無かった。けれど僕が助けて来たのは目に見える人間ばかりで目に見えない人たちを多く殺して来た……知らない間に、僕の背中に罪は重なっている。罪を償い、この監獄で、命を終えるのも一つの道か)
――『ツミキ! 俺達はいつか英雄になるんだ!』
ツミキの頭に、ポニーテールの少女との記憶が蘇る。だが……
「カミ――」
――『おれたち………なるんだ』
――『私たちは、』
「ぐっ!?」
ツミキの頭に痛みが走る。
『私とツミキ、二人で英雄になる。そう約束したでしょ?』
ツミキの頭の中に残っていたのは、白髪の女の子の笑顔だった。
「アレン、僕は……どうすればいい?」
ツミキがアレンのことを思い出していると『ピコン!』と部屋の隅に置いてあるPCが音を鳴らした。
(なんだろう……)
ツミキはPCに近づき、エンターキーを押す。すると『パスワードを入力してください』というメッセージが映し出された。
「駄目か……」
「なにツミキ君、パソコン使いたいの?」
「うわっ!?」
耳元で生暖かい息と共に声を浴びせられ、ツミキは思わず姿勢を崩した。
地面に倒れこんだツミキが見たのはバスタオルで頭を拭く裸の少女だ。何の恥じらいもなく、シン・クライムは風呂上り直行でツミキの前に現れた。少し赤く火照った柔肌から湯気が出ている。
「な、シン! 服は!?」
「持ってるよ?」
「着なよ!」
「着るよ! ――後で」
「今着て、今!」
ぶー、と項垂れながらシンは渋々脱衣所に行って、いつも通りの魔女のような服を纏った。
「照れ屋だねー。それで、パソコン使いたいんだっけ?」
「いや、たださっき音が鳴ってたから気になって……」
「良い機会だし使い方教えてあげる。刑期の年より下の細かい時間はこのパソコンで見れるし、インターネットも使えるよ」
シンはツミキにパスワードを教え、ツミキは教えられたように電子キーボードに文字列を打ち込む。ツミキの指はキーボード入力に慣れてない動きだ。
「もしかしてツミキ君、パソコンは初めて?」
「うん」
「携帯端末とかは?」
「使ったことある。と言っても、サーカス団の共用のやつなんだけど」
ツミキはパスワードを打ち込み、ネットが立ち上がるのを確認する。
「こ、これで入れたのか」
「多分、音が鳴った原因はメールだね。下の白い長方形のマーク見える? 手紙の形したやつ」
「これ? 」
「そう。それ押してみて。直接画面に触れてもいいし、マウスを使ってもいいよ」
「携帯端末でメールでのやりとりはよくしてたけど、使い勝手が大分違うな……」
ツミキが指で画面に触れると受信メールの一覧が出た。
その中で赤い印が付いているメールをシンは指さす。
「きっとこれだね。でも珍しいね、メールなんて業務連絡以外で滅多に来ないのに」
「差出人は……“人形師”?」
差出人の名前を聞いて、シンの目がほんのりと笑った。
「聞いたことない名前だ。開いてみよっか」
「わかった」
ツミキは恐る恐るメールを開く。
「写真?」
「なんだろう、すごく綺麗な街だね……ん? 写真の下に何か書いてある――」
ツミキは画面を下にスクロールさせ、とある一行の文字列を読み、思わず立ち上がった。
「――――――!!?」
驚きのあまりに唇は震え、目は泳いでいる。
「ツミキ君?」
「ねぇシン。これに返信ってできる?」
「できない。残念だけど、監獄内部以外にメールを送信することはできないんだ」
「そっか……」
メールの中身はとある写真と一行の文字だ。
ツミキは頭の中を整理する。
(ありえるのか? これは確実に僕に送られたメールだ。真偽を確かめるにせよ、ここに居たら何もできない……)
ツミキの体は震えている。だがその顔から先ほどまでの迷いは消えてなくなっていた。
「シン」
「なぁに?」
「ここから脱獄するには、どうすればいい?」
~ルールその7 外部連絡~
ヘビヨラズから外部と連絡する際は外部からの一方通行のみ許可される(監獄内から外への連絡は厳罰)。
その外からの連絡も文章や写真のみに限られ、音声が入ったモノや映像が入ったモノは遮断される(ただし動画サイトの閲覧は可能、この動画サイトも二年前より後に投稿されたやつは遮断されている)。
さらに外部からの連絡は全てトートの目が通る。
~メンバーカードに映し出される刑期について~
メンバーカードに映される刑期は年・月・日の内の一番左側だけである。
つまり百年と二か月なら『100years』。二か月と一日なら『2months』。五日なら『5days』。自室のPCで細かい日数は見ることができる。




