4‐⓪ 神と人間
……その昔、小さな戦争が起こった。
きっかけは誰も知らない、それほど小さな火種から始まった戦争だった。だが、戦争の火は次々と燃え移り、やがて世界中を業火に巻き込んだ。“理由なき戦争”、そう誰かが名付けた。
戦いは剣や槍で競う所から始まり、銃や大砲、戦車や軍艦を用いる所まで発展していく。そして果てには“チェイス”と呼ばれる機兵を作り出すまでに至った。兵器の進化に応じ、電子機器や交通機関も出来て行った。戦争無くしてこれほど文明が開化することはなかっただろう、皮肉にも、戦争は人類を育てたのだ。
この“理由なき戦争”に意味を求めるのならば、人類の進化に他ならない。競争無くしてここまで技術が進化することはなかったのは明白である。
だが技術の進化は人類全てに平等にもたらされるものではない。一人の天才が、もしくは一つの奇跡が、飛躍的に一点において英知をもたらす。千年十三期に渡る“理由なき戦争”は、たった一機の“チェイス”によって終焉を迎えた。そのチェイスの名は――
「“アンドロマリウス”――」
純白な長髪を持つ男が真っ白な部屋で虚ろに呟く。男は高身長でほどよい肉付きをしており理想的な体型だろう。痛んだ砂色の革のロングコートを着ている。
色々と目立つが、中でも一番異彩を放っているのは両目を塞ぐように巻き付けられた包帯だ。包帯に隙間は無く、彼の瞳を目視することはできない。
手には分厚く古びた本を持っており、その本には確かに“diu manual”と銘打たれていた。
真っ白な部屋にもう一人の男が訪れる。顔に仮面を付けた男だ。
「久しいな。ダキ……いや、今はアルタイルだったか?」
黒い長髪、高い身長、高貴な明らかに他とは違う軍服を身に着けた彼の名前はアルタイル。義竜軍、最高指揮官であり、三秦星の一角だ。
「時間よろしいですか? ジェイム・ジョーカー博士」
「要件はわかっている。“ツミキ・クライム”のことだろう?」
「……さすが。貴方には全てお見通しか」
「もちろんだ。なんせ私は〈神〉だからな」
白い髪の男。ジェイム・ジョーカーと呼ばれた男は何の謙虚や戸惑いなく己を神だと言い切った。
その言葉に対しアルタイルは何も反論せず、享受している。
「面白いな。お前やクラック、シンと同じ異なる時空の使者であるサンタ・クラ・スーデンとプール・サー・サルン。そしてサンタとプールが選んだ少年ツミキ・クライム。彼らの介入によって“diu manual”の歴史は着々と変わってきている」
「よろしいのですか? “diu manual”の歴史が変われば我々の目的は……」
「案ずるな。全てはアンドロマリウスの復活に収束する。そこまでは決まっているのだ。だが、アンドロマリウスに乗れるパイロット……器がいない。アンドロマリウスを構成する六つの要素――“英雄”、“愚者”、“道化”、“聖者”、“奸雄”、“鬼神”その全てに適応する人物が……」
「シンではだめなのですか?」
「結果として先の戦いで壊れたではないか。所詮、失敗作だ」
ジェイムは手に持った本を閉じる。
「ツミキ・クライム。彼なら器になりえるかもしれない。英雄の器に……」
「ならば泳がせますか?」
「いいや。試練無くして英雄は作れない。全力で殺しにかかれ、それで死ぬようならその程度の器ということだ。私は私で、好きに遊ばせてもらう」
アルタイルは仮面の隙間から気づかれないようにジェイムを睨んだ。
「“ヘビヨラズ”に彼を送り込んだのも貴方の手筈か。狙いはシンとの接触」
「いいや違う。狙いは“トート・ゲフェングニス”との衝突だ。必ず二人は対立する」
「アナタの心能がそう告げたのですか?」
「さて、どうかな」
「ツミキ・クライムがトートを殺すのなら器としての価値が上がる。トートがツミキを殺せば良質なリウム合金が手に入る。というわけか……」
「さすがだなアルタイル、その通りだ。今、ツミキ・クライムの器としての価値は三番だ。最悪、他の器候補の糧になってもらえばいい」
「三番? ならば、上二つは……」
「二番はアレン・マルシュ。そして一番は――カミラ・ユリハ」
アルタイルはその名前を聞いて静かに目を閉じた。その態度には微かな苛立ちがあった。
「そこまでか」
含みのある言い方をするアルタイルに、ジェイムは感心する。
「私は主導してない。人間どもが勝手にやったことだ。まぁ、結果として私の益となったがな。カミラ・ユリハは半身を失った後リウム合金を体に注入し、生き延びたそうだ。生命活動を終えた人間が再び脈をうったのだ、神の所業だよコレは。アンドロマリウス……本当に興味深い品物だな。未だに底が知れん」
アルタイルはジェイムに背を向け、たった一つしかない扉の方へ歩いて行く。
「アルタイル。やはりお前は私が嫌いか?」
アルタイルは問いかけられ、目を血走らせながらジェイムを睨み、言い放つ。
「当然です。私は友を二度、貴方に奪われている。貴方に対しては憎しみの感情しかない。だが、私は何よりも人類が憎い。人類を滅ぼすためなら大嫌いな相手にだって敬語を使いますよ」
『だが』。とアルタイルは白い木の扉を掴み、ミシミシとヒビを入れていく。
「次、彼女を失敗作と呼んだら――殺す」
アルタイルは勢いよく扉を閉め、部屋から出て行った。
ジェイムは一人、口元だけ笑わせて呟く。
「やはり、“にんげん”というのは面白い生き物だな」
ジェイムは三人の少年少女を頭に浮かべる。
(最後に残るのは一人でいい。器の候補がぶつかれば、残った一人に大きな成長をもたらすだろう。そのためにすべき布石はすでに打ってある。器さえ用意できれば、アンドロマリウスは本当の意味で復活を遂げるのだ……)
ジェイムは本を開き、包帯の裏側にある目を細めた。
「さて。君はそこで何を想い、何を望む? 少年……」




