3‐⑮ 結成! 追跡チーム!
修練所から退却し、中央病棟の病室にカミラ・ユリハは眠っていた。
隣には椅子に座り、優雅に読書をしている男がいる。カミラ・ユリハは男が紅茶の入ったマグカップを皿に乗せる音で目を覚ました。
「うっ……」
アーノルド・ミラージは読んでいた本を閉じた。
「ふん。ようやく起きたか、下民……」
カミラはガバッと起きやがり、開口一番アーノルドに問う。
「結果は、結果はどうなった!?」
「む、覚えてないのか?」
カミラはアーノルドの肩を掴み左右に揺らす。
「あの屋根の上でケンジの野郎と対峙してからの記憶がねぇ! どうなった!? 俺はなんで眠っていた!?」
「お、落ち着け下民が!」
アーノルドはカミラの腕を振り払い、襟を正しながら言う。
「貴様が気絶した理由は知らん! 試験結果については――私とエルフのペアが一着、貴様らが二着という結果になった」
二着。
その結果を聞いて、カミラは「おお!」と顔を明るくし、
「むぐっ!?」
勢いよくアーノルドに抱き着いた。
「よかったな~! お前ら合格したんだな~~」
「や、やめろ! (男同士で気持ちの悪い!)」
アーノルドはカミラの胸を押しのけ、再び襟を正す。
「ルール上、私とエルフは合格だ。だが貴様とアレンのどちらかは――」
「わかってるさ」
カミラは諦めたように笑う。
「俺とアレンなら間違いなくアレンが合格する。アイツがいなくちゃ俺はチェイスをまともに動かせなかったんだ。もし、それでも俺が選ばれたのなら――辞退する」
「それは許さん」
「あ?」
「なぜなら、辞退するのは私だからだ」
アーノルドは試験を思い出しながら語る。
「誰が見ても、あの場で私が一番劣っていた。己の力に固執し、周りが見えていなかった……」
アーノルド・ミラージはこの試験にあたって、かなり精神的に衰弱していた。
当然と言えば当然だ。この世の最大兵器であるアンドロマリウスのパーツを賊に奪還され、逃げられた。そのせいでアーレイ・カプラは崩壊し、多くの犠牲者を出した(表向きには)。その背に、キャリアにのしかかる物は予想以上に重い。
「話は聞いた。貴様、スレイク地帯のサーカス団の生き残りだったのだな?」
「――まぁな」
「貴様にとって私は仇敵だ。そんな私に頭を下げるというのはかなりの屈辱だったはず。結局、試験終了までプライドを捨てられなかった私と、唇を噛む屈辱を受け入れた貴様とでは器が違うという話だろう」
「つまんねぇこと考えてるな、お前」
カミラは布団から出て靴を履き、立ち上がる。
そして満面な笑顔を浮かべて言う。
「アーノルド、お前のプライドは何を守るためにある?」
「なにを――」
「俺のプライドは夢を守るためにある。俺は一度だってこのプライドを捨てた覚えはない。プライドを捨てられなかった? 上等じゃねぇか。そう簡単にプライドを捨てられる奴を信用できないだろ? な!」
八重歯を見せながら笑みを浮かべるカミラを見て、アーノルドの心臓がトクンと跳ねた。
アーノルドは赤くなった顔を背ける。
(ば、馬鹿者め! なにを赤くなっている!! 相手は男だぞ!!!)
――勘違いである。
キョトンとするカミラと自分のときめきに動揺するアーノルドの元へ、ピスケスが訪れた。
「おー、起きたみたいだな」
「ピスケス殿!」
「二人共集合だ。ナルミが呼んでいる」
――――――――――――
二人がピスケスに連れられ、訪れたのは巨大なキャンピングカーだった。
大部屋一つ。風呂場一つ。トイレ二つ。台所一つ。小部屋七つ。その大きさは往来のキャンピングカーと比べ物にならないほど大きい。
「すっげー!」
「これは……」
「超巨大キャンピングカー。移動型のホテルって感じだな。ここが追跡チームの拠点になる」
キャンピングカーのドアが開き、折り畳み式の階段が展開される。三人は階段を上り、キャンピングカーの大部屋、リビングへ訪れた。
「あ、遅かったね三人とも」
「カミラ! アーノルド君!」
その部屋の半円型のソファに二人は居た。
ナルミ・ハルトマン、そしてエルフ・エイドだ。
「エルフ!」
「おらエルフ、一度並べ。お前も立てナルミ!」
「えー、別に座ったままでよくない?」
「よくねぇ。示しが付かねぇだろ!」
カミラ、アーノルド、エルフが並んで立ち、その正面にナルミとピスケスが立つ。
ナルミはゴホン、と咳払いし、笑顔で言い放つ。
「おめでとう。君たち三人合格だ!」
「え……」
合格。と聞いて浮かない顔の三人。
カミラが「ちょっと待てよ!」と乗り出す。
「アレンは! アイツはどうしたんだ!? 俺なんかよりアイツの方が全然――」
「彼女は辞退したよ。元々、彼女はこの試験に腕試しに来たそうだ」
「腕試し?」
「初めからこの部隊に入りたいわけじゃなかったってこと。どこからかケンジ様が参加するって話を聞いて、手合わせに来ただけ。だから別に君らに気を使って辞退を申し出たわけでもなし」
「そ、そっか」
カミラは言葉に詰まり、一歩下がった。
「よし。そんじゃ俺から一人ずつ、今回の試験においてのお前らの評価を言ってやる。まずエルフ!」
「はい!」
「今回の試験で良かった点は総じて“視野が広い”の一言に尽きる。常に全体の状況に気を配り、他のペアとの共闘に踏み切った、その判断は見事。――だが、逆に言えば他人に頼りすぎ、己で策を練ることを放棄している。せっかくの特殊矢も一つしか使えなかったあたり、まだまだ地力が足りん。精進しろ!」
「はい!!」
「次アーノルド!」
「はい」
「お前は合格した中じゃ一番ペケだ。自分に固執して周りが見えてねぇ。チームを組むための選考だという事を何一つ理解していなかった。褒める点無し、底辺からのスタートであることを自覚しろ!」
「承知しております」
「最後カミラ!」
「おう!」
「策を立て、和を保ち、こっちの意図も汲んでしっかりと活躍した。だが、序盤があまりに酷すぎる。チェイスの操縦において最後の一時だけは動けてたが、他の部分は五級隊士レベル以下だ!」
「仕方ねぇだろ。今日初めてチェイスに乗ったんだからよ」
「操縦スキルを磨――あ? お前、いま何て言った?」
ピスケスが聞き返すとカミラは八重歯を見せながら言う。
「だから、今日初めて乗ったんだよチェイスに! なのにいきなり動かせって言う方が無理だろ!」
ピスケス、アーノルド、エルフ。三人は息を呑んだ。
(ありえるのか? 神童と謳われた私でさえ、初めてチェイスに搭乗した際は真っすぐ走る事すら困難だったぞ!?)
(嘘……言うタイプじゃないよね、この娘は)
「は――はっはっは!! なるほどな。面白れぇ! 気に入ったぜ!!」
ピスケスはナルミの方を向き、
「いいぜナルミ。俺もこのチームに入る」
『えぇ!?』
「うん。そう言うと思ったよ、ピスケス」
「星守の妹に、ミラージ家の御曹司、そして――発展途上の怪物。鍛えがいがあるってもんだ。お前ら全員、俺がみっちり教育してやるよ」
鬼のように笑うピスケスに三人はブルッと体を震わせた。
「さて。じゃあ改めて」
ナルミが前に出る。
「カミラ・ユリハ、ピスケス・トーエン、アーノルド・ミラージ、エルフ・エイド。あぁ、あとこのキャンピングカーの運転手フリップ・メルク。以上五名を追跡チームに任命する。僕らの目的は賊が持ち出した“アンドロマリウスの右腕”を取り戻すことだ。災厄を止めるために、死力を尽くして奪い返す! ――準備はいい?」
『応ッ!!!』
「よし出発だ!! ――って行きたい所なんだけど。出発は明後日です。今日と明日は自由に使ってね。それじゃ解散!!」




