3‐⑫ “金”の目覚め
ケンジ・ルーパーは冷静だった。
(気になることは多くあるが、今はこの状況を何とかする)
空から美術館の天井までは四十メートル程度。無論、着地地点にはカミラとアーノルドが待ち構えている。
ケンジはアズゥの腰に付いた手榴弾を手に取り、ピンを抜いた。
(手榴弾!?)
アーノルドはいち早くケンジの行動に気づき、棒立ちするカミラ機を引っ張りながらその場を退避する。
ケンジは手榴弾を天井に向けて投げつけ、爆破。その爆風を利用し着地点をズラして美術館天井に着地する。
カミラ&アーノルドとケンジは手榴弾によって開いた大穴を挟み、対立した。
「知りたいねぇ……どうやって俺に近づいた? 見逃すはずはねぇんだがな」
「っふ。残念ですが教えられませんね」
「下水道だよ」
「おい貴様……」
「下水道? まさか下水道を通って来たって言うのか?」
ケンジは「そりゃねぇだろ……」と呟く。
(俺の心能は地下や地中、密閉空間には及ばねぇ。だから地下にある下水道は確かに範囲外。だがな、 チェイスが通れるほど下水道は広くはない。もし姿勢を変えて無理やり通れたとしてもチェイスが通ればそれなりに音が鳴るはず――)
そこまで考えてケンジはようやく理解した。
「そうか。一度チェイスを圧縮させたのか」
チェイスの圧縮。
チェイスは駒形態と実働形態の二つの形態がある。実働形態(つまりは巨大ロボットの状態)から駒形態に圧縮すると、チェイスは休憩時間に入り30分間は実働形態になれなくなる。これこそがカミラたちが一時間も何もせず、動かなかった理由である。
アーノルドは先ほどの作戦会議を思い出す。
『一度チェイスを圧縮させるだと!?』
『そうだ。俺とアーノルド……隊長が一度チェイスを圧縮し、下水道を一キロ走って美術館近くのマンホールまで行く』
『私たちは?』
『地上でケンジの陽動、そして時計塔の破壊を頼みたい。アレンが陽動の要を持っている』
『了解』
『任せて。任務は果たすわ』
『タイミングは一時間後。合図は使わない。残り三十分でアイツを捕まえてやる』
アーノルドは思い出し、笑う。
(よもやここまでうまくいくとは。下民だからと侮っていたが、この少年。頭が切れる)
「チェイスの本質は奇襲兵器だ。それを思う存分利用させてもらった」
しかしアーノルド達は知らない。
このチェイスの性質を利用した戦法を思いついた少女が、今日はじめてチェイスに乗ったという事実に。誰よりも経験の無いカミラが、誰よりもチェイスの性質を理解している、この異常性に。
「チェイスを圧縮させて生身で下水道を渡り、俺があの二人の嬢ちゃんに集中している時に下水道から脱出。美術館に移動した……それなら俺の感覚も及ばねぇ」
「わかりやすく生身で近づけばチェイスの機動力で逃げられる。時計塔でお前のとこまで登ってたらさすがにバレる。だからエルフとアレンには時計塔の破壊とお前の意識の誘導を任せた」
「俺が飛び移るとしたらここしかないとふんでの待ち伏せか。クク……上出来だ。元は取れたぜ。それで? ここからどうする」
「ッフ。決まっているでしょう?」
ウィリディスが前に出る。
アーノルドが乗るウィリディスは機動力に重点を置いた高機動チェイス。おおよそアズゥの二倍の速さで動くことができる。
アーノルドはその持ち前の機動力を活かして大穴を飛び越え、すぐさまケンジに接近した。
アーノルドとケンジの距離はわずか五メートル。ウィリディスは紅蓮の剣を構え、横に薙ぐ。だが、
「狙撃手なら接近戦は苦手――とでも考えたのか?」
「む――!?」
ケンジはあっさりとウィリディスの一撃を避け、右肩の旗目掛けてライフルの銃口を向ける。
アーノルドは間一髪で反応し、銃撃を避け、そのまま一歩後ろへ引いた。
「馬鹿な! 確かケンジ様の近接戦闘は四級兵士レベルだと――」
「ああ、一年前まではな。だけど克服した」
「――!?」
「そう驚くことか? ジジイだからもう成長するはずが無いって、そう思っているのか? ――馬鹿にするなよ」
アーノルドは間髪入れず接近し、攻撃を繰り返すが、そのいずれも空を切った。
「確かに、同世代の奴らは皆こう言う。『俺はもう歳だから』とか、『もう若くないから働けねぇ』とかな。虫唾が走るぜ」
バンッ!! とウィリディスの顔面が銃弾によって撃ち砕かれた。
「ぬぅ!?」
「俺は老いても絶対に衰えはしない。死ぬその時まで成長し続けてやる……いつだって今が、全盛期だ」
アーノルドは白狼の気迫を前に身を引いた。
(四級兵士どころか、すでに接近戦も一級隊士レベルまである! このスペック差で、まるで勝てる気がしない……一人では無理だ!!)
アーノルドは背後を振り向き、口を開く。
「力を貸せ下民!」
「言われないでもなぁ!!」
ウィリディスの背後からカミラ機が現れる。
だが、その動きはあまりにずさんだ。ケンジは軽い足運びで振動剣を躱していく。
「ひでぇ動きだ」
「今だアーノルド!」
「わかっている!!」
カミラ機がしゃがみ、頭上を紅蓮の剣が横に薙ぐ。だが――
「視えてるぜ」
紅蓮の剣はケンジには届かない。バックステップで躱されてしまった。
(これでも届かぬか!)
「あ……」
ザッ! と屋根がアズゥの右脚の負荷に耐え切れずアズゥの右脚を吸い込んだ。
(しまった!? 足が沈んで――)
ウィリディスはすぐにでも動ける態勢。だがカミラは足を沈めてしまった、完全な硬直状態。
「下手くそめ。重心を下げすぎだ」
当然、ケンジがその隙を逃すはずがない。銃口は静かにカミラ機の頭上にある旗を捕捉した。
「下民ッ!!」
ウィリディスの右手がカミラ機を突き飛ばす。
ライフルより放たれた弾丸はウィリディスの右肩を破壊した。
「ぐっ!?」
「アーノルド!?」
頭部と右肩破損、それに伴う右腕の機能停止。
右手に持っていた剣はカミラのアズゥの足元に突き刺さり、ウィリディスは無防備なままケンジ・ルーパーの前に跪く。
「お前、どうして……」
「……。」
アーノルドは目を瞑る。
その背後にはケンジが迫って来ていた。
「おい! アーノルドッ!!!!」
(ここまでか……)
銃口がウィリディスの旗を捉えた。
窮地、劣勢、逆境。
そこに立たされた時、カミラはマイナスの感情を燃やし尽くした。
「負けて――たまるかよ!!!!!」
その時、カミラの瞳の先で火花が散った。




