3‐⑦ 彼女の名は。
無言で視線を交錯させるカミラとケンジ。
ピスケスは咳払いし、二人の間に割って入る。
「話、続けてもいいっすかね?」
「ああ。俺ぁ、先に修練場で待機してるぜ」
ケンジは受験者に背を向け、その場を去っていった。
ピスケスはケンジを見送って、ルールの説明を続行させる。
「使用チェイスは各自持参した発展型以下のモノ、無い奴は型落ちでいいならこっちで貸す。そして最後に一つ……この試験は二人一組のペアで戦ってもらう」
(ペア!?)
「ペアのどっちかがケンジ様のチェイスをタッチ出来れば、どっちも合格だ。その時点で片方が脱落しても関係ない。今回合格者は三人までだから、二ペアクリアできた場合は二番目にクリアしたペアの内片方を落とす。つまり先着二ペアまで、三ペア目は用無しだ。絶対に四人以上は取らない。それと他の受験者を負傷させるのはルール違反だが、旗取りは別に構わねぇ。目障りな奴、自分より先にゴールしそうなライバルは好きに蹴落としてくれ」
「お、おい! ペアはどうやって決めるんだ!?」
「あぁ? そんなの勝手に決めろ。コミュニケーション能力、ひいては連携力も見てるからな。それじゃ、一時間後に配置につくように。それまでは自由! ――解散!!」
ピスケスの話が終わると、受験者たちはペアを探すために一斉に動き出す。
カミラは動き出す周囲に焦りながら、あたふたと話しかけ始めるが、
「あ、お前、俺と――」
「悪いけどちょっと……」
「お前! 誰とも組んでないよな! 俺と――」
「ごめんなさい。私は他の人と……」
カミラは目立ち過ぎたのだ。人は安定を求めるモノ、大切な試験なら尚更だ。己より上の階級の者を蹴り飛ばしたり、呼び捨てにしたりする人間と組みたいとは思わないだろう。
カミラが涙目で慌てている中、アーノルド・ミラージは一人の女性と話していた。
「噂は聞いているぞ、エルフ・エイド。サポート特化のチェイスを持っているらしいな」
「私も貴方の噂を聞いている――っと、敬語の方がいいかな?」
「いや、いい。連携を取る上で敬語は邪魔にしかならない」
「ありがとう。私もそっちの方がやりやすい。今更聞くことでもないけど、私と組んでくれる?」
「無論だ。この場で私に相応しいのは貴様しかいないだろう」
アーノルド・ミラージ、エルフ・エイド。受験者の中で間違いなくトップクラスの能力を持つ二人が手を結んだ。
一方、カミラ・ユリハは……
(ど、どうしよ~! やべぇ、全員俺のこと腫れもの扱いしてやがる!? くっそ! ツミキがいれば、ツミキと組んで万事OKだったのに!!)
カミラが落ち込んでいると、後ろからツンツンとカミラの背中を細い指がつついた。
カミラが振り向くと、そこには先ほど消臭スプレーをかけた少女が立っていた。
「私と組む?」
カミラは唇を震わせ、少女に抱き着く。
「組む~! 組むぞ!! よろしくな!!」
「よ、よろしく……」
カミラは少女の肩を掴みながら、
「お前、名前は?」
カミラが聞くと少女は少しだけ溜めて言い放つ。
「アレン。アレン・マルシュ」
活発で行動力の高いカミラと寡黙で仕事人タイプのアレン、二人は正反対のタイプだったがすぐに意気投合した。
――三十分後。
第二修練場に二人は訪れる。
「すっげぇ~! ここで試験をやんのかー」
「楽しそうだね、カミラ」
「ここであのケンジとかいう奴と戦えるんだ! ワクワクするだろ!」
第二修練所は古びた街であり、その街を囲うように大きな壁が設置されている。壁には1番から50番までの入り口があり、カミラたちがいるのは最北の1番入り口だ。入り口の前には義竜軍が設置した建物がある。
「おい! おせぇぞテメェら!!」
「あ。試験官」
「もうテメェら以外は準備できてる。早くチェイスを持って、二番入り口で待機しろ」
「つっても俺、チェイス持ってねぇぞ?」
「あぁ!?」
ピスケスは深くため息をつき、ポケットからポーンの起動ツールを出し、カミラへ投げる。
「それを使え。量産型チェイス“アズゥ”だ。今回はお前以外全員チェイスを持っていたから特別型落ちじゃなくて最新鋭だ」
「おっとっと」
カミラは掌で駒をバウンドさせ、両手で包み込む。
「ありがとな! ピスケスのオッサ――」
バンッ!! とカミラの頬を銃弾が掠めた。
「ピスケスさん……」
「早く配置に付け」
十分後。カミラとアレンは第二入り口までたどり着いた。
アレンは量産型の駒を握り、その起動式を口にする。
「点けて。“メラン”」
黒光が走り、アレンを中心にチェイスは構築された。
人型チェイス、メラン。アズゥと同型のチェイスである。アズゥにほんの少し手を加えただけで、アズゥと性能に大差はない。言うなれば量産型と発展型の中間の性能だ。現存する24種の量産型に属さない新タイプの量産型モデルである。
ボディは青色ではなく黒色だ。背中には身を隠せるほどの大きな盾を背負っていて、この盾こそがアズゥとの最も大きな違いである。
「――? どうしたの、カミラ……」
アレンは見下ろす。
カミラ・ユリハは起動ツールをまじまじと見ながら、首を傾けていた。
「なぁ! これって、どうやったら動くんだ?」
「え……」
「俺はじめてなんだよ、チェイス使うの」
この試験に参加する人間はカミラを除いて最低でも四級隊士だ。すでに戦場に出て三年は過ぎている者ばかり。無論、チェイスの操作は誰もが出来る。
ゆえにアレンにとって未経験者であるカミラの存在は異端だった。だがアレンは落胆するわけでもなく、顔色一つ変えずにカミラに話しかける。
「わかった。チェイスの使い方教えるから私の言う通りにして」
「おう!」




