3‐⑤ 挨拶は飛び膝蹴りで。
体育館のような広さの会場に、カミラは足を踏み入れた。
「おい、今回の試験はかなり捻くれてるらしいぞ」
「筆記はないって聞いたけど、実技だけかな?」
「おいアレ! 貴・二級隊士のアーノルド・ミラージ様じゃないか!?」
「それにほら、二級隊士のエルフ・エイド様もいるぞ!」
ざわざわとする会場。
カミラは左右に首を振りながら会場の中を歩く。
(へぇー。サーカス団の入団試験を思い出すな……)
昔を思い出し、微笑むと、全員の耳を貫くようなマイク音が鳴り響いた。
『静かにしろテメェら!! 試験の説明はじめっぞコラァ!!!』
(ぐっ――!?)
――うるせぇ! と全員は心の声を一つにする。
ピンマイクを携えてやってきたのは金髪で黒いグラサンをかけ、青い軍服を着た男だ。手にはなぜかスナイパーライフルを持っている。
その男を受験者の一人は知っていた。
「……ぴ、ピスケス・トーエンだ! 鬼教官として有名な!」
ピスケスは、そのひそひそ話をしっかりと拾い、私語をした受験者を睨む。
「誰が鬼教官だコラ。俺のどこが鬼に見えるってんだゴラァッ!!!」
説得力の欠片も無い。
「いいから並べテメェら! あと十秒で並ばなきゃ全員失格だ!!」
ピスケスの言葉に従い受験者は慌てて並び始める。たった数秒で受験者たちは足並みをそろえた。
(うるせぇ奴だな……)
カミラは第一列の左端に並んだ。
全員が並ぶのを見ると、ピスケスは話を始めた。
「そんじゃあ、まずは自己紹介させてもらおう。俺の名前はピスケス・トーエン、一級隊士だ。好きな奴は生意気な奴、嫌いな奴は従順な奴。今回は試験監督を務めさせてもらう。そんで次、主催者の紹介だ」
右端の扉が開く。扉から一人の男が入ってきた。
グルグル模様の眼鏡をかけた男、ナルミ・ハルトマン。彼を見ると受験者たちは羨望の眼差しを彼に向けた。
とある貴族隊士は彼を見て、
(アレがナルミ・ハルトマン貴・一級隊士。上級貴族であるハルトマン家の長男にして、十歳の時に貴・二級隊士まで昇格した天才……)
目つきが鋭く尖らせた耳を持ち、赤い髪をした女性。エルフ・エイドは彼を見て、
(ようやく、憧れのナルミ様の部隊に入れる機会を得た。絶対に受かってみせる)
先ほど、カミラに消臭スプレーをかけた少女は、
(お父さんが言っていた、要注意人物……)
カミラ・ユリハは欠伸をして、
(前置きはいいから早く本題に入ってくんねぇかな)
ナルミは全員の正面まで歩いてくると、ピスケスからマイクを受け取り、話を始める。
「そんな緊張しないでよ。今日は君たちの全力が見たいんだから。それに僕程度を相手に緊張していたら、次に来る人のプレッシャーに耐えられないよ?」
ナルミの言葉に全員が疑問を浮かべる。
「それじゃ、よろしくお願いします。ケンジ・ルーパー様」
ケンジ・ルーパー。
その名を知らない義竜兵はカミラを置いて他にいない。
カミラと試験官たちを除く全員が耳を疑うが、疑いは彼が部屋に入ってきたプレッシャーによってかき消された。
白髪の老兵。その存在感は他を全く寄せ付けない。
「ケンジ・ルーパー様……世界最高の狙撃手――」
「そ、そんな――なぜ星守様が……!?」
(星守? なんだそりゃ)
ケンジは頭を掻きながら「おいおい……」とナルミを弛んだ目尻で睨む。
「ナルミィ、ハードル上げるなよ~。俺ぁタダの老兵だぜ。ビビる奴なんていねぇさ」
「またまた~。まだ全然現役じゃないですか」
「いやいや、この前なんてなぁ――」
受験者達のことなんてお構いなく、ナルミとケンジは会話に花を咲かせる。
ピスケスは額に血筋を這わせ、咳ばらいをして話を切りだす。
「これでこっち側の自己紹介は以上だ。次に、最前列の右端から名前と階級を言っていけ。――はい、まずお前!」
ピスケスは右端の義竜兵を指さす。
さされた義竜兵は「は、はい!」と表情を強張らせ、名前を口にする。
「北方エルルガント第二部隊所属、カーク・メイヴィン四級隊士です!」
『次!』
「は、はい!」
次々と名前と階級を言っていく。
順調な運びだ。今のところ流れに一つの淀みも無い。そう、ここまでは。順番が金髪の貴族隊士に回った時、この試験は歪み始めた。
「次!」
「っふ。ようやく私の出番か! 名乗りたくてウズウズしていましたぞ!!」
カミラは「相変わらずうぜぇ野郎だ」と舌を出す。
カミラ・ユリハはまだ知らなかった、彼が自分にとってどういった存在であるかを。
「――我が名は」
カミラは記憶していた。復讐すべき相手として、その名前を――
「アーノルド・ミラージ!!!」
(アー、ノルド?)
――――アーノルド?
カミラの中で蘇るあの日の文献。
自分の恩人を、親友を、全てを。破壊するミッションを実行した隊士の名前……“アーノルド・ミラージ”。
「テメェが……!」
瞬間、カミラは列から離れ、走り出していた。
歯を軋ませ、目を尖らせ、右半身は次第に変化していっている。
「おい、お前――」
ピスケスはカミラに気づき、止めようとするが、ピスケスの想定を遥かに超えるスピードでカミラは走り抜けていった。
(速い!?)
そしてカミラは地面を鳴らし、得意げに自己紹介をしているアーノルドに向かって飛んだ。
「義竜軍第三遊撃部隊所属! 貴・二級隊し――ごばぁ!!?」
全員が目を丸くした。
アーノルド。そう名乗った男は顔面に華麗な飛び膝蹴りをくらった。それはそれは見事な飛び膝蹴りを。
悠久に過ぎる時間。ナルミは目の前の出来事に噴き出し、ケンジは口元を緩ませ、ピスケスは目を疑った。
アーノルドは二メートルほど吹っ飛び、カミラは地面に着地して、アーノルドに対して中指を立てた。
「テメェこの野郎!! よくも俺のダチと恩師を殺してくれたなぁ!!? ぶち殺してやる!!!!」
少女の右半身は黄金を纏っていた。




