3‐① 始動するもう一つの物語
熱い。痛い。熱い。痛い。
喉が渇いた。水をくれ。誰でもいい、助けてくれ。俺はここにいる。俺はここにいるんだ。生きている。
お願いだ。助けてくれ。助けてくれ――“Andromalius”。
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薄暗い病室。そこで彼女は眠っていた。
茶髪の十四歳ほどの少女、彼女の名前はカミラ・ユリハ。彼女は一度、死んだはずだった。なのに、彼女は今も脈を打ち、呼吸をしている。そして、その左目は遂に光を得た。
「ツミ――キ?」
半身を起こし、左目を凝らす。
「どこだ? 俺は確か、あの時に……」
ぞわ。とカミラは背筋を凍らせた。
(すごく、嫌なことがあった気がする)
脳裏に過るはあの炎に包まれた情景。友人の悲鳴が、恩人の悲鳴が、入り混じる地獄のような光景。そして、己自身が炎に包まれた映像。
(頭がボーっとする。俺は一体、なにを――買い出し行って、帰ってきて、そんで……チェイスに襲われて、そうだ。それでテントに引っかかっている時に……)
カミラは思い出す。最後に瞳に映っていた親友の姿を。
「ツミキ……! ツミキッ!!」
カミラは体中の管を外す。右目には大きなホースがくっついていたが、それも無理やり外した。
「そうだ、俺はあの時炎に包まれて、気を失った。ここは、病院か? どこだ、どこにいる? ツミキ……!」
体を起こし、床を裸足で踏む。
その時、右脚にかかる負担がいつもより少なく感じ、カミラは眉をひそめた。
「調子、いいな……それに、俺の体、傷一つない」
体には包帯一つ巻き付けられていない。どころか、衣類すら着てなかった。
(なんだ?)
カミラは己の右半身に手を添える。
「なんだ? 右半身が、なにか変だ」
だが外から見て、カミラの体に異変は無い。傷一つ、異常一つ、身体にはなかった。
カミラは布団を手に取り、身体に巻き付けてドアへ手を掛ける。
状況確認は後回しだ。恐らく義竜軍に保護されているだろう、ということだけはわかっていた。問題は彼だ。ツミキ・クライムが生存しているかどうかだ。
「だれか、誰かいねぇのか!?」
病院の廊下を裸足で駆け回る。今は深夜の三時、人はまったくといっていなかった。いや、時間のことを抜きにしても……
(人気が無さすぎる……それにここは、病院というより、研究所って感じだ……)
あてもなく探し回っていると、
「うっ!?」
右半身がピリッと痺れた。
(ひ、引っ張られる――)
右半身が階段のほうへカミラを引っ張る。
「そっちに、なにかあるのか?」
カミラは右半身に聞くが、当然の如く返事は無い。
「行ってみるか……」
カミラは行く場所も無かったため、右半身の誘導に従った。
(通路を渡った瞬間、風景がガラリと変わったな)
病院から連絡路を渡り、カミラが行きついたのは軍基地の格納庫だった。
――そこでようやく、彼女は人を見つけた。
「おい、お前!」
格納庫で、白銀の頭を持った一機のチェイスを改造している男にカミラは声を掛けた。
「ん?」
その男は立ち上がり、カミラの方を振り向く。
「君は、誰だい?」
グルグル眼鏡をかけた、だらしない男性。
カミラは彼に近づき、質問をする。
「サーカス団、“モーニング・フェイス”を知っているか?」
「知ってるね」
「そのメンバーはどこにいる? 俺以外にもここに運ばれた奴はいるか? ――えっと、そうじゃなくて、ツミキは! 違う、俺は、なにかこの辺りで事件は無かったか!?」
質問がまとめられないカミラに、男は笑いかけ、
「教えてあげてもいいけど、その前に僕の話を聞いてくれるかな? ――カミラ・ユリハちゃん」
カミラは名前を呼ばれて不思議がる。
「どうして俺の名前――」
『そこまでだ!!』
けたましい騒音と共に、十数名の義竜兵が格納庫へ侵入してきた。
「あぁ!? なんだお前ら!」
「あっはっは。今日は賑やかだねぇ~」
グルグル眼鏡の男性は毅然と向き合い、カミラは驚きながら振り向いた。
「見つけたぞ! 反逆者め!」
義竜兵たちはサブマシンガンを一斉に構え、カミラへ向けている。
カミラはグルグル眼鏡の男性の方を向き、
「お前、なにか悪いことしたのか?」
「いや、狙われてるの君だよ?」
「なに言ってやがる。俺はなにも悪い事してねぇよ」
カミラは胸を張って主張した後、昔を思い出し顔を青くした。
「いや、まぁ、多少は? 生きるためにパン盗んだりしたけどよぉ」
全く取るに足りない罪状を口にするカミラを見て、グルグル眼鏡の男性は思わず噴き出した。
「ぷ。――アハハハハハハッ! きっと彼らはその罪で君を銃殺しようとしてるんだよ」
「え!? ホントか!? ――わ、悪い! 弁償するから許してくれ! でも結構前のことだしよ、時効ってことになんねぇかなぁ?」
カミラはペコペコと頭を下げながら言う。
義竜兵たちは呆けながら顔を合わせ、再びカミラへ銃口を向けた。
「何の話をしている! 我々が言っているのは――」
「あーはいはい。君たち、もう銃おろしてよ。飽きてきた」
グルグル眼鏡の男性はカミラの前へ出る。
「貴様! 何の権限があって我々に命令している!! そこの女は、我々の大切な実験材料なのだぞ!!」
「いつもながら吐き気がするね、君ら研究チームの意識は。彼女は実験材料じゃない、今日この場を持って僕の直属の部下だ」
そう言って、男は胸ポケットから軍手帳を取り出し、義竜兵たちに見せる。
義竜兵は、彼の名前を見て銃をおろし、全身から冷や汗を出した。
「ナルミ……ハルトマン、貴・一級隊士殿――」
「彼女の身柄は僕が預かる。――退け。君たちに用はない」
ナルミから常人とは思えないオーラが流れる。
義竜兵たちは帽子を脱ぎ、頭を下げた。
『し、失礼いたしました!!』
そう言い残して、彼らは格納庫から外へ出て行った。
「お前、何者だ?」
カミラの問いに、ナルミは笑顔で応える。
「言ったでしょ? 僕はナルミ・ハルトマン。義竜軍の隊士。そして、君を導く者だ」




